はてなキーワード: フィルムセンターとは
まず漫画だが、古い作品では原稿がすでに失われている物もあり、そういう事態を避けるためにもちゃんとした公立のアーカイヴが欲しい。
それと漫画は例えば手塚治虫や楳図かずおなど、単行本を出す度に頻繁に描き変えを行うような漫画家もいるし、過去の作品が復刻される際はかなりぞんざいにセリフの改変などが行われている(そもそも漫画のセリフを表現に問題があるとして改変するのは(たとえ作者が了解してやったとしても)ミケランジェロのダビデ像に後から他人が勝手に割礼を施すような行為だし、ほとんどの場合改変箇所の記述すら無い事からどれだけ漫画が軽く扱われているか分かる)。そういう版の研究・管理もきちんと系統立てて行ってほしい。国会図書館に全て保存されているわけでもないし、そういう研究・管理は大学や在野の研究者が細々と行っているものに任せっきりになってるのが現状だ。
次に映像メディアだが、我が国では黒澤明や内田吐夢のようなドメジャーの超巨匠の作品ですらフィルムが失われた事により(一部、または全部)観ることができない作品が存在するのはよく知られている。映画のフィルムは現在国立のフィルムセンターという機関が保存、研究を行っているが、予算が少なくとても苦しいらしい。
テレビ番組の場合、例えばNHKアーカイブスが知られているが、フィルムとビデオの端境期にビデオで収録された作品は、放映後多くの場合ビデオテープが別の作品で上書きされており(当時のビデオテープは高価だったので受信料を取っている手前再利用した)、視聴者や出演者が家庭用ビデオテープに録画した物などを少しずつ収集・複製・修復してアーカイヴしているのが現状だ。
以上のような原稿、フィルム、ビデオなどの収集、修復、バージョン管理等々は高度な専門知識と膨大な手間がかかるわけだが、専門の職員を大学の専門学科で教育するといったような事から考え始めると莫大な予算がかかる事が予想される。
私は現状でも文化事業(美術館や上述のフィルムセンターや各種公立図書館等々)にいくら税金がかかっているかが国民に詳しく知られたら大反発(こんなに苦しいのに漫画や映画なんかに金をかけるとは何事だ!)を食らうだろうと思っている。その上にさらに金をかけて上述のような機関を作ることが許されるのかどうか分からない。そのような機関は必要だが公立で税金をかけてやることは無いという意見もあるだろう。
第四に、討論や議論を学ばないこと。
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51481174.html
(「かつて日本の教育改革を担当したGHQの役人は、こう豪語したそうだ。」)
↑を読んで。
CIE映画とは、GHQの民間情報教育局(CIE)が日本人に対して民主主義の思想を植え付けるために製作した教育映画であり、別名・ナトコ映画とも呼ばれている。
http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2008-05/kaisetsu_3.html
以前フィルムセンターでこのCIE映画の特集があった。客席はガラガラでしたが……
解説を読むだけでも結構概要が分かるので、いくつか抜粋で引用させて頂きます。
「議事の進め方」
民主主義的な議事の進め方を紹介する作品で、表決や会計報告の方法などが示される。
新しく労働組合に加入した人への教育方法を伝授する映画で、組合員教育の必要性、その具体的な内容や方法論が平易に解説される。
「漁(すなど)る人々」
漁民たちの貧しく苦しい生活を克明に描くことを通じて、彼らが新漁業法(1949年公布)によって保証された権利を自覚するよううながす作品。
「格子なき図書館」
図書館法が1950年に施行されたことに伴い、国民に解放された新しい図書館のさまざまな機能が紹介される。
「ディスカッションの手引」
合理的で民主的な議論を進めるために、講壇式討議、バズ・セッション、ロール・プレイング法などさまざまな議論の形式の特徴を、アニメーション場面を挿入しながら解説した作品。
http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2008-05/kaisetsu_3.html
http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2008-05/kaisetsu_4.html
http://www.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2008-05/kaisetsu_5.html
以上のように討論、議論の重要性(のみならずその方法まで)や労働者の権利、労働組合や図書館の重要性とその機能などなど、それがいかに素晴らしいものかを映画という分かりやすい手段で伝えるいわば「民主主義プロパガンダ映画」といった趣です。
たまに演出が極端だったりしてとても面白いので機会があれば一見をお勧めします。
アメリカが日本に対してどういうふうに民主化を施そうとしていたのか、まだ勉強不足で私は全く知らないのですが、「オリエンタリズム」などを一緒に考えるにつけ(「彼らは自分で自分を代表することができず、だれかに代表してもらわなければならない」byマルクス)とても興味深いのでいずれちゃんと勉強してみたい。
昔、映画「カサブランカ」のラストシーンのセリフとそのシチュエーションを勘違いしていて(どうも時々そういうことがある)、有名な
「I think this is a biginning of our beauriful friendship.(これが美しい友情の始まりってやつだな。)」
というセリフを、てっきり主演の男女二人の間のセリフだと思っていたのだった。
http://homepage2.nifty.com/e-tedukuri/CASABLANCA.htm
そんなわけで、初めてカサブランカを見たとき、ラストシーンまで「一体いつ主演の二人の間に『美しい友情』が始まるのだろう…」とワクテカしながら見ていたら、飛行機は飛び立って、あれれおいおい、え、そこでそのセリフ言うんすか。ちょっと、ねえ、という感じになって唖然とした。おいおい、男女間で使われると思ってたから超かっこいいセリフだあ、と思ってたのによー。いやすいません、根がハードボイルドじゃないもので、あのラストシーンのすばらしさが理解できないのだと分かってはいるんですけど。
そしたら、今上のリンク先ページ見てたらこんな記述があって、また少し驚いた。
「カサブランカ」は戦争の混乱の中、製作されましたが、脚本は未完成、毎日メモが役者に渡され、ハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマンが結ばれるのか、別れるのか、最後まで決まっておらず、二通りのラストシーンが作られたとか。多分、今の形が正解だったと思いますが、できることならもう一方も観てみたいものです。
へえええ、そうだったんだ。確かに、主演の二人が結ばれるラストも見れるものならみてみたいなあ…。そこで件のセリフが主演の二人の間で使われてたらちょっとグッとくる。あああ、ハリウッドのどこかのフィルムセンターの倉庫にひっそりと眠っているのだろうか、理想のカサブランカ……。