はてなキーワード: ディスカッションとは
君の返答で充分だったんじゃないの?
子供の頃の力関係で全部判断するんだ。
大学や社会で学んだディスカッションをその場で展開するのもいいと思うよ
以下はショッピングカートに入れておいたけど買わずに削除することにした作品一覧。(☆はAmazonじゃなく書店で買った本)
◆社会
第三の波 (中公文庫 M 178-3)
富の未来 上巻
レクサスとオリーブの木―グローバリゼーションの正体〈上〉
余震(アフターショック) そして中間層がいなくなる
いま〈アジア〉をどう語るか
☆困ってるひと
西洋哲学史 1―古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史 (1)
チーム・ファシリテーション 最強の組織をつくる12のステップ -
チーム・ビルディング―人と人を「つなぐ」技法 (ファシリテーション・スキルズ) - 堀 公俊
白熱教室の対話術
ご機嫌な職場
ゲームストーミング ―会議、チーム、プロジェクトを成功へと導く87のゲーム
ロジカル・ディスカッション
☆ディシジョン・メイキング―賢慮と納得の意思決定術
☆話し方入門 新装版
◆マネジメント論
なぜリーダーは「失敗」を認められないのか―現実に向き合うための8の教訓
◆人事・モチベーション論
「見せかけの勤勉」の正体
モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか
図解 きほんからわかる「モチベーション」理論 (East Press Business)
人を伸ばす力―内発と自律のすすめ
リーダーの値打ち 日本ではなぜバカだけが出世するのか? (アスキー新書)
「働きたくない」というあなたへ
日本人事 NIPPON JINJI~人事のプロから働く人たちへ。時代を生き抜くメッセージ~
会社は変われる! ドコモ1000日の挑戦
働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む
「発達の最近接領域」の理論―教授・学習過程における子どもの発達
心の仕組み~人間関係にどう関わるか〈上〉
☆わたし、公僕でがんばってました。
◆自分の演出
あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント (講談社文庫) -
対話のレッスン
演技と演出 (講談社現代新書)
見城徹 編集者魂の戦士―別冊課外授業ようこそ先輩
「しがらみ」を科学する: 高校生からの社会心理学入門 (ちくまプリマー新書)
パブリック―開かれたネットの価値を最大化せよ - ジェフ・ジャービス; 単行本
「ヒットする」のゲームデザイン ―ユーザーモデルによるマーケット主導型デザイン
◆その他
幸福優位7つの法則 仕事も人生も充実させるハーバード式最新成功理論
残念な人の仕事の中身 ~世界中の調査からわかった「組織で評価されない人」の共通点
ベスト・パートナーになるために―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール
新・絶望に効く薬
千の顔をもつ英雄〈上〉
はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫)
☆料理の四面体 (中公文庫)
結ぼれ - R.D. レイン
あるヨギの自叙伝
◆読み物
☆ダイナミックフィギュア〈上〉
☆ひとびとの跫音〈上〉 (中公文庫)
MOTHER(マザー)―The Original Story (新潮文庫)
☆空の都の神々は (ハヤカワ文庫FT)
ゼウスガーデン衰亡史
生贄のジレンマ
Carver's dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選 (中公文庫)
塩壷の匙 (新潮文庫)
☆姫椿 (文春文庫)
☆お家さん〈上〉 (新潮文庫)
ストレンジ・プラス 1 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)
聖なる血 (扶桑社ミステリー) - トマス・F. モンテルオーニ
スノウブラインド - 倉野 憲比古
少年の国―MYSTERY OF NEW RELIGION
ソドムの百二十日
悲惨物語
先日「Flashエンジニアが今後10年食べていくには?」というテーマを元に
Flash に精通した Web 技術者達のディスカッションが行われる催し物があった。
http://www.publickey1.jp/blog/11/flash10.html
この記事だけでは内容が省略しすぎているため
時間があれば是非録画の模様もみていただきたい。前半初頭は音量が小さいので注意。
こういった催し物は面白いなと、私はとても楽しく見させていただいた。
http://www.ustream.tv/recorded/19073524
http://www.ustream.tv/recorded/19074357
ディスカッションでは Flash だけではなく HTML5 についても触れている。
ディスカッションの感想をディレクションや営業を行なっている知人に聞いたり、
ネット上の反応を見てみたところ以下のような意見がいくつかあった。
「『Flash が好きな人』だけではなく HTML5 派の人との対談もあればよかった」
「Flash 派の人の話だから HTML5 が使えないという話はいまいち参考にならない」
『Flash 派』『HTML5 派』という くくりで考えてしまう人は
まだまだ多いと実感する。
パネリスト達は
過去から現在までに様々なプログラミング言語を利用し、あらゆる技術に精通している。
Flash という表示媒体/環境開発がベター(時にはベスト)だと考え、
Flash をよく扱っている、という旨を話している。
最後の締めとして
Flash よりも優れたものが登場するのであればそちらに移行するでしょう、
とも言っている。
これだけの説明があったのに
ディスカッション内で触れた HTML5 に対する否定的な話は、
『Flash 派』とやらのポジショントークだと目に写ってしまったのだ。
Java やら C やら objective-c やら perl やら php やら
サーバサイドからスマホ用ネイティブ言語を用いてのアプリ制作まで
色んな事やってます、と言っても
現在世の中には HTML5 を推し、合わせて Flash を否定する記事が結構出回っている。
技術者が話す専門的な用語の飛び交う話よりも
HTML5 vs Flash 的な読みやすい記事に耳を傾けてしまう人はいる。
Apple 製品を好む人は「ジョブズがそう選択したのだから」と
なおさらこういった記事に目を向けてしまう。
「Flash vs HTML5 の話にのせられてしまうのは、よくわかっていない人だ。」
ディスカッション内では、
ネット上の煽り記事を読み不安に思ったクライアントから連絡を受け
きちんと状況をゼロから説明するハメになってしまった、という内容があった。
似たような状況になっている人もいるのではないだろうか。
当方周辺では、
「Flash は駄目だ」「Flash でなくても HTML5 ならできるはずだ」
「HTML5 は Flash の代わりになるものだと言われている」と
クライアント、あるいは仕事先の関係会社から耳にする機会が増えてきた。
技術者の及ばないところで
ベターではない技術が選択、あるいは勧められてしまう やっかい性。
その記事は世間の目には届かない。
TV CM でバンバン流れている iPhone や iPad では Flash を見ることができない
という状況に乗じた
勘違いを正すためには、今までよりもより一層
あるいはメッセージを発信するよう心がけていかねばならないと感じる。
パネリスト達のような
Flash を扱う事が可能な技術力を持ち合わせている人にとって
Flash が終わろうが、代わりの技術が HTML5 やらその他何になろうが
大した影響はない。
『プログラミング』についての話をしてみる事にする。
「世にあらゆるプログラミング言語があるが
「何か一つ言語を習得し
『Flash の事は全く知らないがプログラミングプロフェッショナルの人』
が近くにいるならば是非上記について伺ってみてほしい。
その通りだと答えてくれるはずだ。
他の言語で作ったものを Flash のプログラミング言語に移植することも容易いのだ。
ここで上記三行の「他の言語」を「JavaScript」に置き換えてみてほしい。
HTML の DOM 操作に必要な言語は JavaScript である。
言語は、Flash ならば ActionScript、HTML5 ならば JavaScript を用いる。
画面描画は
あるいは用意されている描画用 API を ActionScript で呼び出し、
あるいは用意されている描画用 API を JavaScript で呼び出す。
Flash と似たような技術として Java Applet や Shockwave があるが、
これらも一緒で
言語を変え、その技術に合わせた描画を行う処理を記述するだけだ。
Web 技術者が何かに属していて、何かには属していないかのような区別の仕方は
的がはずれている事を なんとなく感じていただけただろうか。
仕事に対し、あるいは表現したい事に対し、ベターな選択を行うだけの事なのである。
環境や表示内容に合わせ両方を採る選択もあるだろう。
パネリストの中に ActionScript が好きだ、という人がいた。
これは別に
Flash が好き(製品のファン)だから ActionScript が好き、と言っているのではない。
ActionScript が優れたプログラミング言語だと判断しての発言なのだ。
HTML5 を選択するだけの事であり、
その別の技術を選択し、
Flash より優れた技術が登場しなければ Flash を使い続ける、
ただそれだけの事なのである。
もう少し突っ込んだ話をすると
Flash のプログラミング言語である ActionScript(ActionScript 1.0)と
HTML 表示制御を行う言語 JavaScript は 実は同じ言語仕様である。
『ECMAScript』という単語で調べてみてほしい。
「Flash と HTML5 は対立するもの」と考えていた人、
あるいは ActionScript や JavaScript を触れたことがない人にとって
「え?そうなの?」と思う人もいる事だろう。
JavaScript は大規模開発に向いていない、という話は聞いたことがないだろうか。
同様の言語仕様である ActionScript 1.0 はこの問題を解決するため
ActionScript 2.0 から ActionScript 3.0 へと進化していった。
Flash は開発がし易い、という話がよく挙げられるが
その理由の一つがこれである。
現行の JavaScript と ActionScript 1.0 は ECMAScript 3 準拠に対し、
ActionScript 3.0 は ECMAScript 4 準拠である。
言語として進化しているものを Flash は採用しているので
開発は抜群にし易い。
ECMAScript 4 準拠の JavaScript も登場する日もあったかもしれなかったのだが、
ECMAScript 4 標準化が白紙、
ECMAScript 4 は無かったことになってしまったのだ。
ActionScript 3.0 で作成したプログラムが
ちなみに JavaScript は大規模開発に向いていない、という事に対し、
最近では Google が新言語 Dart というものを開発している。
位置づけとしては ActionScript 2.0 に近いと比喩した人もいる。
ActionScript 2.0 はコンパイル時 ActionScript 1.0 に変換されて出力される。
Dart も同じく JavaScript 変換機能を持つ。
先の事は誰にもわからない。
HTML5 が成長するとは必ずしも言えない。
技術者は身を持って知っている。
表示と動作の差異、技術者はずっと苦しめられてきている。
めんどくさい。コストがかかる。
HTML5 も同じ道を辿るのでは、と言われてしまうのも仕方がない。
実際に HTML5 の各ブラウザの実装具合はバラバラである。
Flash はといえば、
今でも 10年以上前のスクリプト言語 (ActionScript 1.0 よりも前の言語)で
Flash が動作するブラウザがいつまで携帯に搭載され続けるのか、
まだ誰にもわからない。
今後も当面携帯向け Flash を作り続ける事になるのかもしれない。
携帯向け Flash は一つの容量が小さいというのが救いである。
IE6 対応 HTML サイト制作にせよ、携帯向け Flash 制作にせよ
状況に応じて何を選択するかを判断できるほどの技術力を身につける事
選択する技術に何ができて何ができないのか、
どの技術を組み合わせるとよいのか、
自ら判断できるようになった時、一人前の Web 技術者になったと言えるだろう。
一つ何かをモノにしてしまえば前述の通り移行は容易い。
それを極めるくらいまでとことん勉強してほしい。
続けていくと見えてくるはずだ。自信という名の悟りの道が。
気になった点をいくつか。
現状の HTML5 の実装具合のバラバラさに対し、
「(HTML5の)表示の差分を埋めてくれる何かが登場するかもしれない」
と言う発言があった。
言った当人も会場にいる人達も、きっとこう思っただろう。
「それってなんて Flash Player?」と。
「あれはやめたほうがいい」という発言があった。
勝手に注釈するのであればこの発言は
「Flash で作られた重たい Web を HTML5 でまた再現するつもりなの?」
という皮肉であろう。
↓
「原発についてまとめてみた」を読んでいただいた方々へ
↓
http://ja-jp.facebook.com/icoro.co.jp
Icoro
ここ一週間くらいずっと考えていたのですが、やっぱコメント欄をなくします。近いうちに。
お察しの通り原発のヤツがきめてっス。人格否定とかされると死にたくなるってのがひとつ。
コメント欄見た人がビミョーな気持ちになるんじゃないかというのがひとつ。
↓
http://www.icoro.com/201108176081.html
ここでこんな事を書くのはアレですが、
死んでも自分が悪いと認めない悪辣さ
前回はオレが若手の頃のA部長のやんちゃぶりいや豪快ぶりを紹介した。
だが、このA部長、誰もがその遊びぶりに文句を言えないぐらい、仕事の優秀さは伝説的な人だった。
オレたちの部は、A部長がやってくるまでは、他の部署と比べてけっして利益の額は多くなかった。
A部長は就任早々に独自の戦略を立案し、徹底的に実行していくことで、わずか3年程度で全社でも稼ぎ頭の部署に育て上げた。
「いいか、タケシ。仕事で大事なのは、徹底的な論理的マインドとほんの少しの気合だ」
というのが彼の口癖だった。
当時、イケイケだった日本企業の中で、論理を前面に押し出すのは、かなり異端だった。
今思えば、A部長は当時から、既にアメリカやヨーロッパのビジネススタイルだった。
オレが米国出張中のある案件の交渉でグチャグチャになってしまい、deal breakの瀬戸際のピンチだったことがある。
今のようにEmailもなく、テレックスでのやりとりが主流だった時代、超高価だった国際電話をアメリカからA部長にかけて、指示を仰いだ。
オレは要点を要領よく説明し、A部長に
「どうすれば良いか?」
と聞いたところ、一言、
「タケシ、任せた」
と言われてあっさり電話を切られた。
その時は「何と無責任な上司だ!」と思ったが、オレはそこから巻き返して、何とか形にすることが出来た。
数年してから、オレは
「バーで仕事の話をするとは、低俗極まりない。5分だけ特別だ」
「オマエの国際電話での状況説明を聞いたら、オマエにしては珍しく、論点が全て整理されていた。強気が売りのオマエに足りないのは、逃げない勇気だけだった。獅子が子を崖から落とすじゃないが、オレは上司としてオマエの退路を断ってやったわけだ」
「そうは言っても、もし失敗していたら・・・」
「商社マンは信頼の上に成り立っている職業だ。その上司のオレが部下を信頼しなくてどうする?That’s allだ。さぁ、仕事の話はここまで」
と言われ、来日している著名なオペラ歌手のコンサートの話に戻ったのは今でも鮮明に覚えている。
とにかく豪快なオヤジだったが、自分のフィロソフィーを持っていた。
オレが若いころから、彼は常々オレにMBA留学をPUSHしてくれていた。
普通は部署に穴が開くから、なかなかこういう理解をしてくれる上司はいない。
何より
「勉強して仕事が出来るなら、苦労はない。あんなのは海外かぶれの奴が行くもの」
とMBA自体、怪しいものだと言う風潮もあった。
多くの企業にとって、エース級は社内に温存して留学させず、どちらかと言えば二番手グループで苦労した奴の夏休みのご褒美みたいなものだった。
きっとヨーロッパを周遊中に、各地で世界中のエリート連中と出会う中で、重要性を感じ取ったんだろう。
「タケシ、部署のことは心配せず、そろそろ社内の制度を使ってMBAを取って来い。」
「これからの時代は、MBAが国際ビジネスのパスポートになる。何より、オマエはまだまだ頭が足りない。英語で死ぬ気でディスカッションして、世界中に仲間を持て」
と言われた。精神力だけが取り柄だったオレに、頭脳を鍛えるきっかけを与えてくれた。
「でも、オマエは文化の香りがしないから、ヨーロッパと言うタイプじゃない。アメリカのスクールだな。ヨーロッパのスクールの推薦状は書いてやらない」
と言われたのは、納得行かないんだけどさ(笑)。
それでも、あの一言はいまだにオレの人生を変えた貴重な言葉だよ。
オレがビジネススクールから戻ってしばらくすると(オレは海外特命案件をを担当し、A部長とは違う部署になった)、社内ではA部長が次の人事で役員になるという噂があった。
「いくぞ、タケシ」
「役員の件は本当ですか?」
と聞いてみた。
「相変わらず酒の席上で仕事の話とは低俗な。それも極東の一企業の社内人事の話しなんて、オマエは何をしにアメリカに行っていたんだ?」
とあっさり切られたが、
「留学してマネジメントが何か少しはかじっただろ?オレには向いてないよ。晴耕雨読なんだな」
と言って、それからまったく脈略なくフランスの歴史やら農業の話を延々と聞かされた。
そうしたらさ、ある日、いきなりA部長は早期退職してしまったんだ!
オレは海外に出ていて送別を出来なかったんだが、しばらくすると、オフィスにどこかの海でA部長がサメと泳いでいる写真が送られて来た。
一緒に入っていた手紙によると、何でも、その後、フランスで暮らしていると言うじゃないか!!!
最初はビックリしたが、あの人らしいと言うかなんと言うか、地中海のクルーザーの上で美女を囲んでいるA部長の姿が容易に想像出来て、にやけてしまった。
名誉とか出世に興味を示さず、潔いgoing my wayな男の格好良さを感じたものだ。
あんな豪快なビジネスマンは、もうあの人が最後かもしれないな。
その後、世の中は変わり、コンプライアンスだといろいろと制約条件が増え、会社がどんどん個人を管理し、性悪説にたった人事管理が行われるようになった。
いや会社だけではなく、社会全体が出る杭を容赦なく打ち付けるようになってしまった。
実に生きにくい世の中だ。
A部長のことだから、こんな時代になることを見越していたのかもしれないな(きっと、今の時代ならA部長みたいなことをしていたら、仕事が出来ても処分されていただろう・・・)。
しかし、時代がどんなにルール社会や批判社会になっても、制約されすぎた圧迫の人生を送ってはならないと、オレは思う。
社会を安全かつ効率的に動かすためのルールであって、そんな手段としてのルールによって不必要に自分を制約しすぎたり、また稚拙な批判に怯える必要はない。
A部長も、あんな生き様だから、敵は多かった。最も本人は、敵だと認識していなかったようだが。
「S部長が経営会議でA部長について批判発言をしたみたいですよ」
「S部長って、いいワインをコレクションしてるんだろ。オレをワイン会に呼んでくれないかな?」
と言う感じだった。敵すらも愛してしまうと言うか、そもそも敵と言う概念が無かったのかもしれない。
一方で皆さんはどうだろうか?上司や先輩、客先の顔色ばかり見て、何とか失敗しないようにと、縮こまっていないか?
オレはこのブログでも言い続けているが、小さい失敗でくよくよしてないで、他人の目ばっかり気にしてないで、自分勝手に大胆に全力で人生という長いレースにぶつかって良いんだ。
困難も、苦しみも全身でそれを受け止めて立ち向かえば、きっと楽しい人生になる。
だから、恐れることなく、自信をもって、人生という壮大なレースにまい進して欲しい。
もう一つA部長を見習うべきところは、自分のフィロソフィー(哲学)やプリンシプル(主義、信条)を構築するということだ。
MBA的な研修で小手先のフレームワークや技術を学ぶのはほどほどにして、20代半ばぐらいからは、自分の振る舞い、判断の基軸となる哲学、信条をしっかりと作り始めるべきだ。
これは短期間でできるものではない。
膨大な量の知識と教養を身に着けて、そして、これまでの出会いや経験から、「人はどうあるべきか?」という自分なりの人の理想像を練り上げる大掛かりな行為だ。
哲学、歴史、文学、論理学などさまざまな分野のものをフルに動因して、この機軸は作り上げられる。
もちろん答えなんてないし、生きている間、それらは揺るぐことはなくとも、より深遠なものに円熟し続けるものだ。
A部長はずっとオレら若手にこのことの重要性を、夜に飲みながら教えてくれようとしていた。
オレも部下にこういう大胆な生き方、自分の哲学、主義を持つことを伝え、後世を育てて行くべき歳になってしまった(心は永遠に若手だ!!)。
ただ、これは手取り足取り教えることはできない。A部長とオレがそうだったように、いろいろな人との会話を通じて、つかんで行くしかないんだ。
オレも、こんな豪快な奴が少ない時代だからこそ、若い皆には、何とかオレの生き様を、ブログやTwitterで積極的に伝えてきているつもりだ。
またオレの部署の若手の部下らには、夜の遊び方は十分すぎるほど教えているつもりだ。
でもオレは、A部長と今ならビジネスの手腕なら良い勝負になるかと思うが、いかんせん、芸術、文化面がまだまだ弱い(笑)。
もっともA部長は、そんな勝負すら眼中にないだろうが。
「タケシ、ビジネスなんてほどほどにして、本を読め、音楽を聴け、食を味わえ、旅をしろ。何より今夜も人と出会え」
内定蹴って一留して目指してた院試に失敗していよいよ詰んだんだが、
どうしてこんな糞野郎になったのか半生を振り返ってみる。
中学3年生の時私はいわゆる保健室登校をしていた。今考えると理由はよくわからない。
ただ、趣味がゲーム、アニメのイラストを描くことで、2chに入り浸り、
体重は60kg超えのデブ、色黒、毛深い、眉毛も整えない女は迫害されて当然だろう。
実際男子からの扱いはひどく、女子にも話しかけられず、中学時代の今でも友達と呼べる友達は2人しかいない。
よく思い出してみると、毎日家まで迎えに来てくれたり保健室に様子を見に来てくれる子もいたので、
ただの卑屈な思いこみだったんだろう。後悔している。
中学校は進学校(?)だったので3年間勉強はしていた。成績が良かったので塾は嫌いではなかった。
その間ずっと、いつか好きなだけ漫画を読みゲームをし、イラストをたくさん描く時間ができるのだろうと思っていた。
結局、保健室登校による内申の低さが祟り、第一志望の高校には入れず第二志望の公立へ行った。
高校時代は、言い方は悪いが、周囲がバカに見えること以外は楽しかった。
がコンプレックスは引きずったままだった。変わることを意識し、中学時代は無所属だったが部活に入り、化粧もした。体重はそれでもデブだが少し落ちた。
高校でも勉強は続けた。1年生の時、美大へ進学したいから予備校へ行かせてくれと親に行ったが遠まわしに却下された。
進学塾の費用は出してくれたので、そちらに精を出すことにしたのだ。畢竟、イラストはあまり描かなくなった。
共学校だったが、3年間で男子と言葉を交わした記憶は殆ど無い。
大学は、金融関係に勤めている父の影響と、単純に金持ちになりたかったので、経済学部に行きたかった。
数学は好きだができなかったのであまり勉強しなかった。そのうえ厨2病をこじらせたのか現実の人間社会に興味がわかず、
政経ではなく倫理に興味津々でセンターも倫理選択で、地理はやらなかった。
結局、途中で妥協し経済学部志望を諦め、目指していた大学の中で一番楽に入れるところを受けなんとか現役で合格した。
サークルに入った。大学の人間はさすがに素晴らしい人が多く、素晴らしすぎてついていけなかった。
「いつか時間ができたらやろうと思っていたこと」を勉強と一緒にやってきた人たちばかりだった。
絵もかけなければ楽器もできないスポーツも出来ない自分との圧倒的な違いに絶望した。まあ仕方ない。
ふてくされたわたしは、投げやりに決めた進学先に成績がからまないのをいいことに彼氏をつくって遊んでいた。
私が周囲の人間と疎遠になったところで、「悪かった、俺が間違っていた」といい自分の人間関係はそのまま。
わたしがなにか新しいことをしようとするととたんにねちねちと難癖付けてくる。
教職をとれば「教師はもっと神聖な仕事だ」就活をするといえば「女は働くもんじゃない」
じゃあ公務員試験の勉強のために予備校へ行くといえば「簡単だって親父はいってたけどな」
(彼の父は法学部出身。わたしは大学の専門がまったく試験と関係ない。)
まあそこでやる気を失うわたしも悪いのだが、初めてできた彼氏で、しかも自分のことを「好きだ」といってくれるからにはなかなか切れない。
共依存関係でずるずると引っ張り続け、4年生になり、就活も勉強もほとんどできないままほぼ大学受験の貯金で受けた試験で内定をもらった。
しかし、わたしがしたいのはそんな仕事じゃなかった。海外に長期滞在するチャンスが欲しかった。
仕事をするからには、自分の仕事を通じて社会の課題を解決したかった。
「おにぎり食べたい」と書き残して死んでいく人を放っておくような国をかえたかった。
それでわたしは専門を変えて大学院を受けることに決めた。
親に頼み込んで、留年させてもらった。これからは頑張ると決めていた。
にもかかわらず、彼と別れられなかった。他にも男性との間でトラブルを起こした。
通院することになり、紆余曲折を経て結局完全に別れたのが今年の6月。
なにかやらねばならないと思っても、もはや、頑張るということを完全に忘れていた。
勉強の仕方も、忘れていた。到達すべきレベルも、やらなければいけないことも、わからなかった。
とりあえず英語の試験の勉強をした。貯金があったので、合格者平均くらいは、とれた。
けれども、その後机の前に座ってみても増えるのはらくがきばかり。
そもそも問題意識が低いから目的を達成するための手段としての勉強に身が入らないのだろうと思い、
問題意識の根底にある原体験の不足を補うためにボランティアに参加してみることにした。
東北支援と、NPO系のもの。いかないよりはいってよかったとおもう。そこそこに感動もした。
というのは、人は変わるということを目の当たりにしたから。しかし怠惰さは残った。
よくこういう文章でみる、「ここで俺は覚醒した。狂ったように勉強した。」みたいな一文が頭にちらつくが、なぜかそうならなかった。
そうしようと思って机に12時間むかってみても、そうならない。没我という状態はついぞあらわれなかった。
それでも最後の4週間、それまでの4年間に比べれば勉強したと思う。結果は駄目だった。
能力が、ないのだとおもう。
頭の回転はそんなに悪いとは思っていない。ディスカッションの進行や即興でのプレゼンはほめられる。
でも、決定的に打たれ弱くて、入念に、継続して何かにむけて努力することがどうしてかできなくなってしまった。
意志の力の決定的な不足。親に申し訳なくて、泣いた。
これからどうすればいいのか正直わからないでいる。やりたいことはあるが、そのために学士入学したところで、仕事にありつける可能性がさらに狭まるのは必至だ。
これなら頑張れると今は思っていても、こんな経過を振り返っては、親どころか自分すら説得できない。
いっそ仕事で満足するのを諦めれば良いのかもしれない。仕事以外に人生の楽しみを見出しそれに傾注するのも幸せかもしれない。
しかし、自分の中で仕事をステータスと捉える側面が未だあって、そのせいで現在すでに、働いている友人たちと連絡が取りづらい。
http://anond.hatelabo.jp/20110902215943
空気が苦手な俺がおまえにレクチャーしてやる。空気を読む為に必要な知識は一つ。
空気が漂っている時、俺やおまえ以外の奴らは、その場の会話/会議/ディスカッションその他のコミュニケーションによって、問題の解決/真実/解決手段その他の回答を導こうとは、全く思っていない事だ。
一般的に考えれば、コミュニケーションは理解を深める為の手段だろう。情報を持ち寄って交換するとか、新しいアイデアの発見とか、何か生産的な行為であるべきだ。
しかし一度空気が漂ってしまえば、そうではなくなる。空気が読めるかどうか、が試されるだけだ。
空気とは何か。それはユリウス・カエサルが教えてくれる。「人間は自分が信じたいことを喜んで信じるものだ」
それ以外の信じたくない新しい提案は相手にとって聞く価値が無いのだ。
そうなんだよね、そこが焦点だよね。
生態系が云々、害獣駆除効果は云々、みたいな話なら、俺のいうプランで実験的に行えばそれでいいと思うんだ。
うまくいけばよし、いかなくてもすぐにもとに戻せる、みたいな感じでできるから。
それに、どっちになったって、学術的にはおもしろい。
だから、増田さんのいうとおり、最後の難関が、というか、不確定要素になってしまうのが、人への身体的、経済的被害なんだよね。
どの程度の人口密度の地域にどの程度の個体数ならいいのか、とか、どの地域なら問題なくできるのか、とか、そういう調査がすごく重要になるよね。
または、どうせGPSタグつけなきゃいかんと思ってるし、それを元にオオカミ注意報みたいなのを放送する、とかもひとつだよね。
まあ、いろいろ問題はあるけど、綿密な調査と対策を練れば、オオカミ放逐のできる地域もあると思うんだ。
わかんないけど。
つまり、俺がいいたいのは、生態系が云々みたいな話は、予算さえつけば問題が起き得ないように解決できるんだから、
もうちょっとクリアしがたい問題について話し合えばいいじゃん、って思うってこと。
そして、オオカミ放逐、可能であったら面白いし、いい実験だと思うよー。
外来種による生態系破壊危惧派にとっても、繁殖力のない個体のみを放す実験によって、外来種がどう遷移していくのかってデータもとれるかもだしね。
反対するのは簡単だけど、安易な賛成と同様に、安易な反対も大事なものを得る可能性をつぶすと思うんだよねえ。
みんながあげてる問題点って、ほんとうに解決しがたいかを考えてほしいかな、って思う。
で、どんどんディスカッションしれ。
http://anond.hatelabo.jp/20110529233312 からの続きになります。
また、同じ順番の中で、本質的に順位の上下があったり、どこかの順位の人と別の順位の人が入れ替わることもないと言うイメージです。
※たとえば、受験生の間でカリスマとあがめ奉られているような方がいたとして、その方の仰ることが合格者より正しいかというと・・・かなり微妙なのではないでしょうか。
まず、試験委員の先生と採点者の方が、試験のことを教えてくれるはずがありません。
となると、受験生が教えを請うべき相手は、講師の先生か合格者のいずれかとなります。
そして、興味のあること、得意なことばかりをやりたがるようになります。
ですが、残念ながら、試験範囲を決めるのは受験生ではなく、試験委員の先生です。
たとえば私がミニマックス理論だけではなく、マキシマックス理論という(講義では取り上げられていない)手法をどれだけ上手に使いこなせたとしても、本試験では一点もプラスされません。
試験対策としてマキシマックス理論を勉強すべきかどうかを決めるのは試験委員の先生であって、二番目の採点者が何も教えてくれないのですから、講師の先生かその次の合格者の方にアドバイスを求めるしかない。
受験生が自分で勝手にマキシマックス理論を極めるぜ!と意気込んでも時間の無駄です。
何を勉強して、何を勉強すべきではないか。それを受験生自身が勝手に決めるのは危険です。講師の先生に個別に判断を仰ぐのが、現状最も安全な方法です。
少なくとも合格者であれば、深く掘り下げて勉強すべきポイントと、さらっと流すポイント、一切手をつけるべきではないポイントはご存じのはずです(そうでなければ試験をパスできないからです)。
合格者未満の人間は、勉強に費やした時間がどうあれ、「合格したか否か」という点で、合格者の方とは決定的な違いがあって、この違いを乗り越えるためには自分自身も合格者になる以外方法はありません。
ここで問題となるのは、個別論点をピンポイントで取り上げる勉強会のリスク項目です。
二番目のリスクについては、個々人で気付くことができるのでさほどインパクトはありません。
最初のリスクは、講師の先生か、少なくとも合格者の方に判断を仰ぐ必要があります。
最後のリスクは、参加者の間で不公平感を生むと言う意味でもっとも回避すべきリスクと言えます。グループ学習は、特定の参加者に不満が残るような形が一番悪いパターンと言えます。
というわけで、今回のように学習進度が不明な人を巻き込む勉強会では、ざっくばらんなディスカッションを中心にすることがもっとも高い効用を生むと考えられます。
ですが。
初対面の人間とスムーズにディスカッションできるというのは、とんでもなくコミュニケーションスキルの高い人です。
そもそも参加者全員がそのような人であることを前提にするのは合理的ではありません。
ならば、どのように対処すべきか。
一つのアイデアとして、「体験を共有する」という方法があります。
具体的には、前回の案の中では運営管理の問題に取り組むという方向性を提示していますが、問題を解く→答え合わせをする、という体験を共有することで、コミュニケーションを取りやすくするということです。狙いは、限られた時間の中で費用対効果を考慮しつつ「アイスブレーキング」を図ることです。
勉強会を通じて行いたいのは、おおむね以下のようなイメージです。
勉強の思いっきり先に進んでいる人に、その人なりのやり方や工夫を聞いてみるというのも有効かと思います。
最終的には、そのやり方や工夫を自分の中で咀嚼して、講師の先生や合格者の方のアドバイスを元に自分にあった形にアレンジしなければならないのですが。
(1)日曜日、各自で横浜、池袋にて参加候補者から意見の吸い上げを行う。
(2)月曜日、八重洲で各自が吸い上げてきた意見をまとめつつ、八重洲メンバーと話し合って最終的なプランを固める。
土曜日の時点では、私の考えとして以下のような内容を説明しています。
(3)予定時間3時間の内、最初の30分位を使って問題を解く。その後30分位を使って答え合わせと知識補充のディスカッションをする。
(4)最初に解く問題は、参加候補者の中でたぶん得意にしている人は少ないであろう、運営管理を取り上げるのはどうか?
追加で、土曜日の打ち合わせ以後に私が思いついたプランを以下に述べます。
(5)参加者、参加はできないけれど関心のある勉強仲間に声をかけて、事前にヒアリングを行う。
(6)ヒアリングの内容は、「(他の参加者に聞いてみたい)質問」、「参考資料(書籍、HP)」、「その他」など。
(7)フリーディスカッションの時間を設定し、ヒアリングの結果を整理して発表。参加者は、その場で質問に答えられる人が答えたり、参考資料などの情報共有を行う。
(8)フリーディスカッションの内容は、議事録にして各自が勉強仲間に提供する。
私がヒアリングしてきた池袋の勉強仲間からの意見、反応は以下のような感じ。
(9)当日何をやるかわからない→目下意見集約中、火曜日ころには詳細連絡すると回答した。
※なお、具体的な科目名としては、財務の勉強には興味がある。中小は暗記科目なのであまり勉強会でやる意味はない気がする、という意見もありました。
(10)最近、モチベーションの維持が難しいと感じている。いい気分転換の機会になるかもしれない。
(11)他のクラスの人は相当勉強が進んでいるのではないか、ついていけるか不安だ→学習進度については各参加者バラツキがあると思うので、そこまでハードな勉強会にはならないと思う、と回答した。
(12)一方、不参加を表明した勉強仲間からは、今目の前にある勉強でいっぱいいっぱいになっていてヨソに行く余裕はちょっとない、という反応もあった。
(13)また、当日は講義と日程が重なるので、科目免除でないメンバーの参加は厳しい(逆に、科目免除のメンバーについては前向きな回答を得ています)。
「地球温暖化防止には原子力発電を」--グリーンピースの創設者らが提言
有力ベンチャーキャピタル、Accel Partnersのゼネラルパートナーを務めるPeter Wagner氏は、原子力を動力とする自動車が10年後にはサンフランシスコの街を走っていると予測している。
原子力で動くといっても、Wagner氏が考えているのは間接的な利用形態だ。自動車に原子炉が設置されるわけではない--サンフランシスコで開催中の「Venture Capital Investing Conference」のパネルディスカッションでも、同氏はそう説明している。むしろ、石油の価格が高騰を続け、地球温暖化が日に日に悪化する現状を考えると、エネルギー源としての原子力について、米国民も容認に向かうはずだ、というのが同氏の見解だ。
Wagner氏が考えているのは、原子力発電により送電網に電力を供給し、この電力を使って各ドライバーが電気自動車を通常のコンセントから充電するというシナリオだ。また、ガレージの屋根にソーラーパネルを取り付け、これを使って充電することもおそらく可能だろうという。
「規模およびコストを考えたとき、(化石燃料消費の)上昇を押しとどめられる存在は原子力をおいてほかにない。原子力の復活は、当然の論理的帰結だ」(Wagner氏)
電気自動車は、実際に道路を走行しているものはまだほとんどないものの、少数ながら支持者を増やしつつある。なかには、ほぼ電気だけで走るプラグインハイブリッド車を趣味で造っている人たちもいる。また、新興企業のTesla Motorsは、オール電気のスポーツカーを7月に発売する計画だ。
とはいえ、原子力は政治の世界ではいまだに敬遠されている。また、一部の科学者は、地球温暖化対策として原子力を用いるべきではないとの考えだ。たとえば、憂慮する科学者同盟(Union of Concerned Scientists)は3つの問題点を指摘している。1つは核廃棄物の問題、2つ目は壊滅的な被害をもたらす大事故の危険性、そして3つ目は原子力発電所がテロリストの標的にされる危険性だ。それでも、最近になって原子力への注目はにわかに高まっている。環境保護団体Greenpeaceの創設メンバー、Patrick Moore氏も原子力に目を向ける1人だ。同氏はGreenpeaceを離れたのち、環境保護団体のGreenspiritを設立し、原子力発電を支持する姿勢を打ち出している。
その主張がさまざまな議論を呼んできたMoore氏は2005年4月、米国議会の小委員会で次のように証言している。「Greenpeaceも含めて、環境保護活動家の大多数は過激な方向に走り、周りが見えなくなっているように思う。その結果、米国の増え続けるエネルギー需要を満たし、エネルギー源を確保していく手段として原子力を利用すればそのメリットは非常に大きいことは明白なのに、この点を見落としてしまっている。米国が常に増大するエネルギー需要を満たそうとするなら、この国の原子力産業は活力を取り戻す必要があるし、成長の余地を与えられなくてはいけない」
※5年前の記事です。
スターティングポイントとして、3/19-21にアイディアソン/ハッカソンが開催された「Hack For Japan」
この「Hack For Japan」は、Googleを中心とする企業主体で進められていると思う人も多いでしょう。
でも、それは違っていて、Googleの及川さんが、まず被災者支援に何かできないかと立ち上がって、個人的な人脈で、賛同者を集めて開催に漕ぎ着けたものでした。
開催に漕ぎ着けるエピソードは、以下をご覧ください。
では、「Hack For Japan」は、何を目指して開催されているのか?
2011/3/21午前に、京都会場で行われた Google及川さんのTechTalk https://sites.google.com/site/hackforjapan/techtalk/takoratta_in_kyoto の前半部分を書き起こしてみました。
我々が目指しているものは、まずマッチングであると。マッチングとは日本語で何と言えばいいのかというと、要するに「出会い系」だよ。
と言うと、(Googleの)山崎さんの方から「出会い系」というのはネガティブであるから、止めてくれと言われたので、名前考えないといけないんだけど。
何のマッチングであるかと言うと、先ほど皆さんからの自己紹介の中にあったんですけど、被災地の方が本当に困っている(それを解決する?)ということを作れる人。
もう、一つのマッチングというのは、今回ここにもあるようにスキルセットのマッチングです。
[編者注:たぶん、京都会場で用意された職種別の名札のことだと思われる]
みなさん…よく知っている…もう一度平和な日本に戻したいという気持ちがあると思うんですけど、自分これしかできない、これしかできない(という状況)
でも、みんなが集まると何かできます。
今回、ここにエンジニアじゃない、デザイナーじゃないという方も、あえて声をかけて来ていただいています。
恐らく、プロジェクトが始まると、こういったデータが欲しい、Webで探しましょう(という場面が出て来るでしょう)
(そのとき、)そのデータというのが、Webサービスでフレンドリーじゃない形で当然出てくると思います。
本来なら、綺麗にスクリプトを書いて起こすべきかも知れません。
今、まず動くものを作るためには、手でそのデータを起こしてしまいましょう。
あとは、被災地。ここは、やはり阪神大震災がありましたから、恐らく、その経験をした人がおられると思います。
そのときの経験から、こういったサービスがどうあるべきか、どういった使い勝手がいいかということを、お願いしたいと思います。
話を戻しますと、今回の「Hack For Japan」というのは、こういったもう一つのスキルセットのマッチング、思いがある人同士を結び付けるプロジェクトをつくる(場だということ)
あとは、類似のプロジェクトがあった場合に、協業できないかというところのマッチングです。
最後に、もう一つあって、作ったものを確実に被災地に届ける、被災している方々に使っていただけるようにする、というところも考えたいなと思います。
要は、作った時点で、自己満足で終わらせてしまってはいけない。
先ほども、お話がありましたように、被災地の状況もどんどん変わってきている。
なので、我々はやはりオンラインから取れる、もしくはテレビ・新聞・ニュースから取れるものが全てじゃないかもしれない。
如何に、その部分を…本当に必要なものを、時期ごとに出していくということが必要となる。
それを確実に届けるというスキームを「Hack For Japan」では考えていきたい。
火曜日、水曜日から見ていくと、同様のことをやっている団体、活動している団体があります。
結果として、どこかに統合されるかも知れませんし、棲み分けをしていくかも知れません。
何らかの形で変わっていきますけど、まず、こういったイベントを呼びかけることで、賛同者を募り、
いろいろ試みをしてみることによって、我々も学ぶことがたくさんあると思います。
サイトを見てもらうと分かると思うんですけど、穴だらけで本当に(デザインに関しては)素人が作ってますんで、この後、変えていきます。
ですけど、何か場を作ることによって、できることがあると思います。
それと、もう一つ、かなりツイートしていて、こんなにツイートしたら、どんどんリムーブされるんじゃないかと(思ったけど)返ってフォローが増えたんです。
けど、我々の仕事が悪かったんですが、「Googleが」ということが言われているんですけど、これ(Hack For Japan)は「Googleのもの」ではありません。
今回、賛同していただいている団体・企業・個人・皆さまを含めて支えていく団体です。
で、どういった形で(やっていくかは?)その後、考えていきましょう。
基本、Googleが表にあって、Googleがドライブしていっているつもりはないです。
たまたま、機動力があり、ツールが揃っていて、人が動けたのがGoogleだったために、今回、サイトもGoogle Siteを使ってますし、Google Moderatorで皆さんのアイデアを投票していただいています。
Google Waveという、本当にアレ、死んでなくて良かった(会場爆笑)
Google Waveというツールを使って、皆さん、ディスカッションしていただいて、という形で(やってもらっています)
(Google所属の)自分たちが使い慣れた形で、かつ、Googleのサービスというのは「プラットフォーム・ニュートラル」です。
一つのブラウザやベンダーに絞られる形でなく、やはり(Googleは)Webが中心の企業ですから、いろんな…環境から使えるようになっている。
ということで、今の段階で、ベストマッチというふうに、動ける人間が判断して、たまたま、そういったツールを使っているだけですから。
今後、ご協力いただいているアマゾンさん…マイクロソフトさん、セールスフォースさんのツールをどんどん使っていくのもあります。
もう一度、繰り返しますけど、悪魔でも今回、Googleがかなり前に出ていると見られるかも知れませんけど、
それは初期に、機動力、?力、動けたのが、たまたま(Google所属の)我々であったと、という風に考えていただきたいと思います。
※その後、「クラウド時代のソフトウェア開発」の話に移りました。
以上
知り合いに無い内定の人がいた。(二人とも今は内定持ち)ちなみに同じ学校で同じ学部学科で一般受験。
A.いかにもスポーツマン、ハキハキ、さわやかタイプ、学業は普通というか要領のいいタイプ、
高校ではインターハイいってるし学内でも競技会トップ、非認定サークル所属。
B.よく言えば大人しい(暗い)、ゆっくり話す、人見知りする/されるタイプ、学業は比較的よい(なんでも頑張るタイプ)で学校認定のサークルに入っている。
(ちなみに学校認定になると部室が与えられ、活動費も補助が出る。ただ公認になると学校側からお金のチェックが入るので面倒。)
このAとBの二人が内定が出なかったという現実は同じだけど、過程がかなり違う。
Aは営業職、BはSE志望で書類・筆記は問題なく通過。ここまで状況は一緒。
Aの場合は一次面接なんか雑談していれば通ってしまう、2次以降はそれなりに準備するけどほぼ全て通過。でも最終面接で落とされる。
(特にAの場合は大手のインターンシップに受かり、インターンシップ後の入社の意思確認程度とされる最終面接で落ちている)
Bの場合は一次面接に通らない。たまにグループディスカッションやディペートで通る時もあるけど個人対面接官になるとだめ。
だから、数だけ言うとBの方が沢山会社を受けていることになる。
Aいわく「Bは人間的に欠陥があるのではないか?フツーにしてたら一次でおとされないでしょ」
BはAからこれを聞き、非常に落ち込んで学校の就職課を訪問した。
学校主催のセミナーに参加しなかったのかなど(Bの落ち度ではないか)と聞かれたが、
Bには第一印象が悪い自覚があったので申し込んだが抽選に外れたと素直に言ったそうだ。
就職課で話を定期的にして自分の精神状態は悪いと思ったBは2週間程度全く就職活動はせず、卒業研究に打ち込んだ。
そうしているうちにやはり試験会場で知り合った落ち込んでいる子と移動時間に世間話をしたりして、
「全部の人から嫌われている訳ではないと」やっとリラックスした状態で面接に挑むことができ、内定に至った。
偶然2社ともに面接者に身障者がいた(管理職クラス)ので人を受け入れる間口が広い会社だったのでは?
とBは言っていた。
Aはいけどもいけども最終面接で落とされ、これも落ち込んでいた。
そこで業界内でもBtoBで専門的にやっている所よりは、BtoCも展開している規模や知名度の大きい会社にアプローチした。
Aは大手メインの秋採用や通年採用にも応募したがBtoBの会社ではなく、やはりBtoCの部門のある会社で選考が進んだという。
結局、Aは納得のいかないのものの当初内定のとれた会社に行くことにした。(本人が納得していないだけで知名度も規模もある会社)
うちも完全に放置の研究室だが、みんなちゃんと研究しているし、レベルは高い。
むしろ、放置されてるから自由に研究できていいわーという雰囲気もある。
どうしてそういう違いができるんだろうね。
指導力がない放置ラボ → 学生が育たない → 同様の後輩が入る → 先輩として指導できないし姿勢も見せれない → ラボのレベルは低いまま →
ラボの評判はさがる → ブラックラボと知らない学生しか来なくなる → 学生が育たない → ループ
こういう構図なんだろうか?
てことは、自由最高バリバリやってやるぜ! って優秀な学生が同時期に二人ほど入れば、雰囲気はがらっと変わるんだろうな。
ブラックラボって知らずに行っても、いい先輩がひとりふたりいればある程度のことはできるんだけど、ひとりもいなかったのが不運だったなと思う。
通常はそんなラボをベースにポスドクひとり加えたようなもんなんじゃないかな?
やる気を出したときに誰も質問に答えてくれないし、何も教えてくれない、ってのじゃ、やっぱりきついよね。
俺も研究はばりばりやってるけど、苦しいときに先生らが何も助けてくれなくてきつかったことあったわ。
誰も助けてなんてくれないみたい。
幸い、まわりが優秀だからなんとかなってる感じ。
こういうラボってディスカッションがないんだから、「研究室」じゃなくて「サロン」だと思う。
ひとりで好きなことしてる人たちが、同じ場にいてるだけなんだから。
さっきからこういうこと言ってるやつってほんとに教育現場わかってるんだろうか?
コンプレックスや優越感、または一般的な他人事としての知識、そういうのだけで話してるように聞こえる。
やっぱりそうなのか。
「理系、能力至上主義」と「文系、コネ至上主義」の学歴論だからそもそも前提がかみ合ってないのかな。
増田さんの言ってる通りだと、医者が一番ディスカッションスキルが高くて、農学部出身は低い、ということになる。
人を見る目がない人ほど、付属物で評価しようとするんじゃないのかな。
確かに、真面目に勉強して、中央都市の大学に通える環境で、それを本人も望んでるという前提が全員に当てはまるならかなり学歴の問題になるけど。
実際そうじゃないでしょ?
例えば岡山とかだと、東大と京大以外行くならなんで岡大に行かないんやって言われるような土地柄だしね。
関東は、埼玉や群馬だって東京の大学に通えるのかもしれないけど、地方じゃ地元嗜好かなり強いよ。
それに、学校のお勉強は嫌いだったけど、研究活動になってから才能を発揮して優秀な研究者になるやつはごまんといる。
院に行ってから伸びるやつね。
じゃあ逆に、学歴高いやつがどれだけレベル高いディスカッションできる? って言ったら、わかるでしょ?
とはいえたいていの人間は高校のときに受験偏差値をたよりにしてくるし、東大合格者(下手すれば早稲田慶應レベルでも)が出れば学校掲げて大喜びするとこだってある。
というか受験偏差値気にしないなんてのは余程のことがない(気にしなくても関係ないほどの進学校)限りは学校の評価や親からの期待もあって結局受験偏差値は指標になるし、じっさいそれですべてを見てる人の方が圧倒的だということは、いまだに前世紀の日東駒専やらMARCHやらの大学グルーピングが機能していることからも伺えよう。
何番目の帝大だろうとそこらへんは頂点にほど近く、そういうところには有能な人材ばかりが集まってくるのだ。ディスカススキルが高い奴も多く集まるというモノ。
帝大でダメならそれ未満は言わずもがな、これが基本。
まあそんな東工大な僕もディスカッションしてる相手が女性でおっぱい大きかったらそんなことよりナンパしたいぐらいなんですがね、いかんせん顔が