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2011-12-08

もし大阪市長弁護士が『シムシティ4』をプレイしたら

#この文章は「シムシティ4」をプレイしたことある人向けですプレイしたことない人は、攻略サイトなどを見てから読むとより分かりやすいでしょう。

プレイする都市シナリオ
このミッションを橋下流でプレイすると…

シムシティ4起債も不可能となりいよいよ収入不足でフローマイナスになると「上院立候補のため市長退任」というゲームオーバーがある。国政転出ってなんかリアルでもありそうな話だw

#なお、この文章はネタです。橋下氏を批判する意図はありません。

2011-10-18

電子音楽の下位ジャンル定義

テクノハウストランスエレクトロエレクトロニカアンビエントビッグビートポストロック電子音楽も、今となってはジャズロック並みに広範囲なジャンルになった。ただ、他のジャンルに比べると定義結構曖昧で、結構誤用されていることが多い。ジャンル論争はあまり意味も意義もないけど、チラ裏的に定義してみる。

ちなみに書いている人は元テクノ少年テクノ中年シロウトなので、もっと詳しい人で「違う、そうじゃない」と思った人は、トラックバックなんかいただけるとありがたい。

テクノ

電子音楽全てを包括する呼び方。ヘヴィ・メタルパンクオルタナティブを包括するのがロックフリージャズスウィングジャズハードバップを包括するのがジャズなように、エレクトロニカアンビエントトランスも全部「テクノ」に含まれる、音楽の大ジャンルの一つである

よくある批判(?)として「中田ヤスタカテクノじゃない」「小室哲哉テクノじゃない」と言われるが、あれも立派なテクノ(嫌いな人も多いだろうけど)。石野卓球は昔タモリ番組で、ユーロビート日本独自のテクノだと解説していた。現代的な意味で「テクノ」として扱われるのは、ホアン・アトキンスデリック・メイケビンサンダースの創設した「デトロイトテクノから派生したもののみとする意見もあるが、そうなるとややこしくなるのと、世の中で「テクノ」と呼ばれているものが排除されてしまうので、あまりこの定義意味が無いと思う。

ハウス

デトロイトテクノと同じ時期にシカゴで生まれたダンスミュージックリズムマシンシンセを使い、フロアでかけるという意味ではデトロイトテクノと同じだが、キャッチーメロディピアノ音が特徴。ダフト・パンクやここ数年の中田ヤスタカテクノの下位ジャンルとして扱うか、一つの独立ジャンルとして扱うかは人によって異なる。

デトロイトテクノ

上記に上げたようにホアン・アトキンスデリック・メイケビンサンダースデトロイトで創設したジャンルトランスに比べるとメロディラインが曖昧で、ストリングスやパッドを多用している。基本的にヴォーカルはない。テクノというと「白人ヨーロッパ」のイメージを持つ人がいるが、元々デトロイト黒人が始めた音楽である

トランス

ハウステクノの混合…と言うとややこしいが、うねるようなシンセパッドの旋律と4つ打ちと叙情的なメロディアラインが特徴。100%踊るための音楽。時期や地域によって更に細分化された下位ジャンルがある。日本ではチャラいイメージがある。

ミニマル

音楽のいちジャンルと言うよりも音楽の一手法。同じ旋律をパターン化し繰り返す、音の動きを最小限に絞ったもの久石譲のsummerとか坂本龍一戦場のメリークリスマスなんかがそう。

アンビエント

これもテクノのいちジャンルと言うよりも、音楽の一手法と捉えたほうが良い。直訳すると「環境音楽」でカフェサロン美術館でかかっているような音楽。或いはクラブチルアウト(落ち着かせる)させるための音楽。静かで緩やか。ブライアン・イーノ細野晴臣、初期のエイフェックス・ツインなど。イージーリスニングと混同される場合もあるが、イージーリスニングと違い明確なメロディラインが無いのも特徴。

エレクトロ

ハウスデトロイトテクノよりもやや後に発生したジャンルハウステクノファンクという形で成立。ポップでキャッチーメロディで賑やかな感じ。

エレクトロニカ

たった2文字加わるだけで全然違うジャンル。どちらかと言うとデトロイトテクノアンビエントから派生ジャンルキャッチーメロディラインがなく、音数が少なくシンプルな感じ。ヴォーカルがなくポップな部分が無いので初心者にはやや難解。アンビエントと違いビートはある。踊れない曲も多い。ただ、アメリカでは日本で言う「テクノ」的な扱いとなっている。

ビッグビート

ロック+ヒップホップ+テクノ(ドラムンベースも加わる)。ドラムの代わりにリズムマシンを使い、ベースの代わりにシンセベースを使い、テクノっぽくてヴォーカルがある、踊れるようにしたロックと思えば良い。日本ではデジタルロックと呼ばれる(最近じゃ呼ばないか)。ケミカル・ブラザーズアンダーワールドプロディジーなんかがこれ。ロックの一ジャンルにするか、テクノの一ジャンルにするか人によって分かれる。

ドラムンベース

ブレイクビーツを170BPM前後の高速で繰り替えずリズムパターンに、低いベース音を合わせた音楽トランスハウスなどがバスドラ4つ打ち(ドンドンドンドンと単純なリズム)にたいして、複雑なリズムパターンが特徴。

テクノポップ

テクノ歌謡シンセポップとも呼ぶ。電子楽器を使ったポップミュージックキャッチーメロディラインとヴォーカル1980年代小中学生流行ったように、ポップで親しみやすいことが重要。そういう意味ではエレクトロに割と近い。YMOクラフトワークPerfume現在の「テクノ」とは違うとされるが、石野卓球ケン・イシイデリック・メイなんかは影響を公言している。

ポストロック

これこそ未だによく分からんジャンルポストロックポストポストモダンポストと考えると分かりやすい。

まとめ

こうして見ると、「踊れる」「踊れない」と、「分かりやすい」「難しい」の軸で分布図が作れる。

           踊れる
            ↑
         ドラムンベース
            |   トランス ユーロビート
           デトロイトテクノ ハウス 
            |      エレクトロ
    ドリルベース |       
            |ビッグビート
難解←ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー→平易
            |
  エレクトロニカ   |      テクノポップ
      アンビエント|
            |
            |
            |      テクノ歌謡
ポストロック      ↓
           踊れない

あとこのジャンルミュージシャンは他ジャンルからの影響を受けやすかったり、時期によってまるっきり違うタイプの曲を作ったりするので、「○◯はビッグビートで、◯◯はハウスで…」といったものがない。

というわけで、電子音楽のサブジャンルの再定義をするつもりで、ジャンルで聴くのは無意味という結論に達してしまった。ジャンルと言うよりも手法といったほうが正しいのかもしれない。

余談だけど音楽ジャンル以上に、リスナーイメージのほうが日本では大きいような気がする。

ハウス:オシャレ

トランス:チャラい

エレクトロニカオタク

こんな感じ。

追記

id:miruna じゃあお前が書けよ。この一言に尽きる。最初から『もっと詳しい人で「違う、そうじゃない」と思った人は、トラックバックなんかいただけるとありがたい。』って書いてるんだから、たった100字のブコメ評論家ごっこしてんじゃねえよ。ジャンルを問わずこういうクソヲタクがその分野を滅ぼす。

id:temtan ごめん、おれハードコアとか苦手とかなんだ。頼むから網羅したのを書いてくれないか

id:yukibarashi 冨田勲以前とかまで遡るには俺の知識が足りなさすぎる。どちらかと言うと現代音楽史の領域に入ってしまう。

あと「ミニマルテクノじゃない」というブコメを頂いてますが、その一例として戦メリとsummerをあげました。

2011-10-08

http://anond.hatelabo.jp/20111008032457

そういうデート女の子は好きだよ。

映画美術館にすればもっと安くあがるし、たまには増田の部屋で鍋をつついてもいいじゃない。

割り勘前提の増田と付き合ってきたって事は、彼女は本気でデートは奢られて当然って思ってるわけじゃないと思うんだよね。

「奢らせて」って言われて「自分の分くらいは自分で払いますよ」って言うくらいがいいんだよ。きっと。

当り前のように「じゃ、一万円ね」って請求されたら困るの。

だって、全額奢るつもりで女の子デートに誘っても、相手の女が財布を出すそぶりも見せなかったら嫌でしょ?

その程度の事だよ。

しばらく奢ってあげれば「今回は私に出させて」って女のほうから言ってくるよ。



それに、それまでのようなデートで全額奢るとなると、借金するしかないって事は

貯金なんてまるで出来てないんでしょ?

そんなかつかつの経済状態で、身の丈に合わない贅沢をしてる男は誰だって嫌だよ。

もっと堅実なデートを心がけましょう。

2011-10-03

http://anond.hatelabo.jp/20111003163547

たとえば散歩ルートの中に美術館図書館が入ってたらどうだ?

昼飯を挟んでるかもしれないしな

だとしたら早過ぎる。

10km3時間って普通の速さだぞ。

http://anond.hatelabo.jp/20111003155106

お前は読解力云々ではなく想像力が足りんのだよ

たとえば散歩ルートの中に美術館図書館が入ってたらどうだ?

昼飯を挟んでるかもしれないしな

というか歩く速さなんざ速かろうが遅かろうがどうでもいいわw誰得だよw

2011-09-18

作品が美術館イメージアーカイヴに収蔵された。

やったぜ。

2011-09-03

結婚したいけどできない高齢独身と出かけた

要するに「恩師」になるんだろうなぁ、という人と出かけた話。私の2周り上。

とても乗り気じゃなかったんだけど、まぁお世話になった人だし・・・と誘いを断れなかった。

久しぶりに最悪な一日だったのでここにはき出してみる。


何度か連絡取っていたんだけど、先日ちょっとしたことからまた連絡を取るようになった。

事務的連絡が主だったはずなのに、だんだん日常の話が混ざってくる。

しかしとても一方的で、句読点や読点があまりない。とても読みづらいメール

こちらが返信しなくても続々来る。少し恐怖を感じた。

  • 日時の決め方

「○月×日はどう?」→「その日はちょっと・・・。予定を調整しないとモゴモゴ」→「○月△日□時、A駅B口で会いましょう」→面倒なのでそれでOKした

  • 当日

私は駅の改札の少しずれたところにいたんだけど、相手は改札真っ正面にいた。

おはようございます」と挨拶すると、「ヤッハーーーーー!!!増田さん!!!」とハイテンション

それはまるで田舎に行った時のじーちゃんの反応。死んだじーちゃんを思い出した。

展示会場まで歩く。展示はとてもよくて、まるまる2時間かかってしまった。

まり興味はなかったけれど、仕事柄行っておいて損はなかった。

  • 展示見終わった後

「ご飯でもしようか」ということになり、「そうですね~」と、とりあえず歩くことに。

しかし古い町並みを歩くだけで、ご飯の場所を探しているのか心配になる。

15分ほど歩き、古びた喫茶店のようなところで「一休みしよう!」ということに。

ご飯あるんだし、と思い、飲み物だけにするが、相手はがっつりセットもの注文。

前に「仕事する上で参考になる本を教えて欲しい」とチラッと言ったことがあったが

(「悩みがあるの?アドバイス欲しい?」とうるさかったので)

お薦めの本だけど」と話す内容は、仕事と無関係。それを延々熱弁。

そして家族の話や、仕事の話をする。しかし以前とほぼ同じ内容なのでつまらない。

お腹すいたなーと思った頃、「行こうか」と。

やっとご飯かー と思うもつかの間。「中途半端時間だね」ときた。え?何に中途半端?と思ったけれど、流す。

実はこの日、体調がよくなかった。なのであまり歩きたくなかった。靴だってパンプスだったし。なので既にフラフラ

その後1時間歩き回る。どうでもいい話と共に。

美術館、好き?」ときかれ、「美術館は興味がありません」とハッキリ言った。もう歩きたくない。

しかし、たどり着いた先は美術館。なぜ??しかヌード系もあった。

結局2時間歩き回った。もうぐったりだ。時間はいつの間にか夕方になっていた。

お腹空いたね」と、目に入ったお店に入る。もちろん飲み屋

ビール乾杯おしぼりで顔はモチロン禿げ上がった頭も拭き拭き。何かの人形みたいだ。

相手ぐびぐび飲む。私、体調悪くてあまり進まないのに、「なんで飲まないの?なんで??」とせかす。

なんとか1杯飲むと、「俺次これ飲む~♪」と上機嫌に追加オーダー。私にもしきりにお酒を勧めるので、仕方なく飲む。

料理はするのか、とか、休みは何しているのかとか、とにかくプライベートな話題が多かった。

適当に濁したが気分は良くなかった。一体なんでそんなことをきくのか理解できなかった。

食べ終わり、会計になった。生憎丁度良い札をお互い持っておらず、結果的に割り勘。5000円。

「次行かない?」と言われたので、疲れ切っていたこともありお断り。

すると、店の外で解散。駅は見えないし私は土地勘が全くない場所。それは相手も知っているはずなのに。

仕方がないので携帯GPSを使ってどうにか帰宅。駅まで30分近く歩いた。

余りにも勝手すぎる一日に腹が立ち、お礼のメールは送らなかった。

  • 後日

「先日は楽しかったね~~」みたいなメール。ああそうですか。

「次は映画行かない?おすすめある?」ときたので「映画館は苦手です。疎いのでおすすめもありません」と適当なことを返信。

すると「では調べるので一寸待ってね」とのこと。

「あーだこーだでしばらく会えません」と返信すると「了解」とたった一言の返信。

その後、メールが来ることはなくなった。


以前、「僕と付き合わない?アハハ」と言われ、冗談だと思っていたけれど、あれは冗談じゃなかったのか。

父親と大して変わらない年齢の人と付き合うなんて私にはありえないこと。

なんだかとてもガッカリした。恩師がこんな人とは思わなかった。

温泉行かない? とか、とにかく色々言われたけれど、冗談だろうな~と思っていたのに。



上手く言えないけれど、この人は一生独身だろうな、と思った。

恩師だけれど、これからの付き合いは少し考えることにする。

それにしても、恋愛経験が少ない(と思う)とか、女慣れしてない(ように思う)人って、

なんで予告なく長時間長距離歩かせるんだろうか。

最初から言ってくれれば体調や靴や服装を考えるのに。

2011-08-17

権威が認めたもの芸術

権威が認めたもの芸術」って指摘して怒る人は、一体何を芸術としたいのかなあ。大体、みんな美術館にあるような「芸術」で心揺さぶられたことなんか、ほとんどないはずです。我々の心を揺さぶったのは、大量複製されたアニメマンガだったわけで。


↑これらを見て、村上隆の「日本には現代美術マーケットがない」というセリフや7~8年前に読んだ↓を思い出した。

現代美術なり、現代音楽なり、現代批評なり、頭に「現代」とつくヨーロッパ由来のハイカルチャーは、日本では、自前のマーケットを持たないまま、権威によってしか人材調達ができなくなっている。あまりにその制度が硬直しているから、制度のなかでキャリアを持っている人間が、その硬直を打ち破っていかないとどうしようもない。

擁護するはずの村上隆こそがカオスラウンジに激怒した理由が何となくわかる。

http://anond.hatelabo.jp/20110815155139

その子さん 派遣から早く帰宅した。

メールがあって、お昼ごちそうさま ありがとう だって うれしいね

しかも週末デートの予定もガッツリ決めた。

まず、美術館映画、そして、食事してそのままホテル ムフフ

またエッチします。

2011-08-13

re:なぜ現代アートには糾弾が相次ぎ、美味しんぼコラは受け入れられる

http://anond.hatelabo.jp/20110813025031 に対する私見。ブログに書く程でもないんで此処に。


元増田が疑問に思っているように「おいしんぼ」を加工して遊ぶという行為カオスラウンジは似ているようにも、見える。

じゃあ何が違うのかっていうと「使った元ネタ」の出自が何かって話なんだと思うよ。


カオスラウンジコラージュと、おいしんぼのコラージュで決定的に違うのは、カオスラウンジコラージュ元ネタ二次創作であり、おいしんぼが商業作品である、という点。

これだけ。


ちょっと前に村上隆自分のやってる事を翻訳だ、って言ったのをきっかけに揉めたのを覚えている人もいると思うけど、これに当てはめて考えるとわかりやすいんじゃないかな。

村上隆翻訳事件については http://togetter.com/li/46166 http://mojix.org/2010/09/03/murakami-mukatsuku http://tsunoga.blog32.fc2.com/blog-entry-298.html らへんを読んでくれ)


「おまえら」は商業作品をコラージュしたり二次創作したり、という「翻訳」をして、それを「おまえら」の世界で楽しんでいる。

それに対して「カオスラウンジ」は二次創作コラージュするという行為を通してアートに「翻訳」した。ついでにいうなら「翻訳」をきっかけに金儲けもしたw

そういう事なんじゃないかな、と思ってる。


アートっていうのは「権威」によって「これはアートだ」と認められる事だ、と思う。

その権威が何処かの美術館に飾られる事なのか、なんたらビエンナーレ入賞することなのか、村上隆美術手帖に絶賛されることなのか、何処かのオークションで何億って価格落札される事なのかはともかくとして「これは、アートだ」と認められさえすれば、便器にサインをしただけの簡単なお仕事ですアートになるよっていうのが20世紀初頭からアートシーンを支配している「空気」だよね。

カオスラウンジは、だから「そういう空気」が支配している世界二次創作コラージュするという「翻訳」をして、その「翻訳をした内容(と行為)」がアートとして認められた。


でも「おまえら」からすれば「自分たちの愛が穢された!」って事になるんだろう。

いつも自分たちが商業作品を二次創作という形で「翻訳」して楽しんでいる事と全く同質なのにね。


カオスラウンジがやってる行為MADの違いが何処にあるのか説明出来る人はいないんじゃないかな。

元増田の疑問は、まさにそこにあると思う。

二次創作を更に二次創作するサークルもいると聞くが、それは「おまえら」の世界の中で完結する行為から許容されうる範囲の事なんだろう。(揉める事もあるって聞くけどね)


上手く表現出来る気がしない(だから増田に逃げたというのもあるんだが)のだけれど「お互い、人の財産を奪う事の罪悪感は低いんだけど、自分たちの財産が奪われる事には敏感だよね」って事に尽きるのではないかな。(財産、という言葉は適切ではないように思うけれど、他に上手い言葉が思いつかない)


個人的には、カオスラウンジの「作品」を見ても手段も内容もたいした事ないなあ、と思う。

じゃあ何がアートとして評価されたんだろうと自分なりに篩に掛けて残ったのは「二次創作コラージュする」という行為(水浸しもだけど)であって、それだけは既存アートシーンには(おそらく)存在なかったと思うからだ(思いついたけど誰もやらなかっただけなんだよ、という「批判」はあるとは思うけど)


そんなわけでカオスラウンジの皆さんの今後の活動を生暖かく見守っていきたい次第でございます

一回「やらかした」事というのは、それが何であれ、二度と繰り返せないのがアート世界であるにも拘らず、バッシング覚悟で二次創作コラージュするという「翻訳」をしなければカオスラウンジという集団のアートとしての価値は無価値であると言っても過言ではないだろうから

自分の敵は自分っていうか、針のむしろを用意したのは自分自身なんだし。10年代日本アートシーンの騎手としてがんばってくだしい。


モヤモヤ

社交辞令現実になってしまう。

二回りも違うあの人と出かけたくない。

とてもお世話になった人なのだけれど、

職場だけでいいじゃない・・・。

百歩引いても帰りがけに少し飲むくらいで。


私は独身。相手も独身

この前、二人で飲みに行く機会があったのだけど、

「よかったら僕とお付き合いしませんか?あはは

反応に困った。冗談でもそんなこと言わないで欲しかった。



美術館博物館面白いよね、という話をしていたら、

今度良かったら一緒に、という方向になったので、

予定と好みが合えば、なんて答えたんだけれども

翌日、近況を報告する長ったらしいメールの文末に、

「××に行きましょう。○月×日△時にドコドコ駅で」と来た。

急だなオイ と思ってやんわり断ったつもりが、

別日程を提案されるというズレっぷり



行くことになったけれど気が重すぎる

2011-07-31

コミケで見つける(予定の)気になるタイトルの本

半年くらいまえに、「コミケで見つけた気になるタイトルの本」ってネタがちょっと前に盛り上がったのを思い出したので、今年の夏(C80)にある面白そうなタイトルを紹介しつつ。

「おもしろそうだから買いに行こうかね」、なんておもってる奇特コミケ経験者さんのためのガイドでも書いてみようかと。

個人的なアンテナにひっかかったタイトルはこんなかんじ。

(【~~~】は、ジャンル


8月12日

ゲーム(その他)】
レトロゲーム恋愛小説
バルーンファイト」「忍者じゃじゃ丸くん」なんかをテーマに書いてるらしい。
「つぶれたゲームセンターMAP 中央線沿線編」
 
ゲーム(電源不要)】
「深い海のポニョ クトゥルフ神話TRPGリプレイ
 
なのは完売高度な情報戦オリジナルカードゲーム)」
本家の「まどか完売」がなくなってしまったのが皮肉だけれど

8月13日

同人ソフト
「持ち込みカラオケシステム じょいはっく」
同人ソフト」といいながらハードウェアな本も並ぶのがすてき
「History of BMS 1998-2011」
 
人工衛星作ります
 

8月14日

評論情報
「昨今のIBMメインフレーム
 
「はんだ合金
 
眼鏡歴史
 
「可換理論のためのtensor積」
 
日本植物たち」
4800種、11000枚の植物写真を収めたDVD
イグノーベル賞ファンブック」
受賞者にメールで取材したてりも
監視員、警備員から見た美術館の内側」
 
鳥居本」
 
「前代未聞! 割り箸レビュー本」
 
鉄道旅行メカミリタリー
「あの夢の国にも廃線はあった」
 
「農機 写真と解説」
 
コロプラ 47都道府県748地域 リアル土産完全制覇ガイド
 
旧日本軍地下要塞調査報告書」
 
工場夜景
 
廃墟と星空」
 
「パチゾイド大図鑑
 
ギャルゲー
「出来ちゃった 妹に俺の子が その場合対処法(法律的に)」
 

入手のために(コミケ初心者用おまけ)

カタログを手に入れる

いつどこでどんな本が売られているのか、すべてを把握するためには、カタログを読むことが、ほぼ唯一の手段ですカタログがなくても入場はできますが、会場内は、「目当ての本を探しながらあてもなく歩く」ことをが許されるような環境ではありません。諸注意や心構えなども書かれているので、できれば一冊購入し、目を通しておきましょう。

どこで売られているかからないひとは、コミケ公式から、取り扱い店を探すなり通販するなり。

いつ行くかを決める

同人誌ジャンルによって、3日間のうちのどの日に、会場のどのあたりで売られるかが決まっています。上のリストを見てのとおり、こういう本を探すなら、本番はたいてい3日目です。金曜土曜に行っても買えないので、気をつけましょう。

どこに行くかを決める

カタログの巻頭には、切り離し可能なサークル配置図があります通称、「宝の地図」)。サークルの場所は、「ア-20」みたいな書式の「スペースNO」で表されます。行きたいサークルは、事前にスペースNOをチェックし、配置図に書き込んでおきましょう。ついでに、「このあたりはこのジャンル」みたいな、おおざっぱな色分けをやっておくと、現地で「もう少しあちこち回りたいな」と思ったときに便利ですカタログをまるまる持って行ってもかまいませんが、重いですよ?(現地には、カタログ等の冊子専用ゴミ箱もあるにはある)

当日の装備を決める

重装備だの糧食だの水分だの寝袋だのが必要だ、みたいな話を聞いたことがあるかもしれませんが、それは早朝から並ぶ必要があるモノをどうしても手に入れたいひとだけの話です。ここのリストにあるような本は、そんな慌てなくても、たいていは売り切れません。きっと。

ゆっくり行くぶんには、常識的なお出かけと同じていどの荷物で問題ありません。自動販売機がすぐに全滅するので、飲料くらいはあったほうがいいかもしれません。コンビニもあるので、そうそう困ったことにはならないと思いますが。それと、宝の地図だけは忘れずに。

会場へ向かう

改めて書きますが、このリストにあるような本は、そうそう売り切れたりしません。12時くらいにビッグサイトにたどり着くようにすれば、スムーズに入場して、ゆっくり探し物ができると思います

もっとも、そもそもの発行部数が極端に少なかったりもするので、売り切れるときはさくっと売り切れてしまますが。そのときは素直に諦めてください。

また、サークルによっては、好きな時間に来場し、好きな時間に帰っていってしまうこともありますタイミングが合わず出会えなかったときも素直に諦めてください。次回にその経験を生かしましょう。

本を入手する

サークルNOと配置図を手がかりに、目当てのサークルまで行きましょう。これが、地味に難易度が高かったりしますが。「ここのサークルNOは○○ですよ」みたいな掲示をしてくれているサークルもありますが、そうじゃないところが多数なので、ぶっちゃけ迷います。ところどころに貼られているサークルNOの文字と宝の地図を見比べながら、人の波に耐えてがんばってください。

無事に着けたら、「これください」でも「新刊一部」でも「既刊新刊ぜんぶ一部ずつ」でも、お好きなように。おつかれさまでした、これで目的ひとつは達成されました。次の目的地に向けて、また人の波に突入してください。

帰る

帰るまでがコミケです。気を抜かないように。りんかい線ゆりかもめダダ混みなので、体調には気をつけてください。個人的には水上バスゆっくり座れる可能性が高くてオススメ日の出桟橋から浜松町までの徒歩がダルいですが。

2011-07-29

http://anond.hatelabo.jp/20110728113727

自分の心と体なのに思うようにコントロールできなくて

苦しい時ってありますよね。

私の場合、そんな時は美術館とか静かな場所で良いもの

にふれると少し気分が落ち着いたりします。

人気のなくて空いていそうな展覧会とかおすすめですよ。

2011-06-30

http://anond.hatelabo.jp/20110629131758

求めている話と違うかもしれないが

俺の彼女も似たような境遇だった

同じ歳の彼女就職先の少ない実家のある県からこちらへきて就職

職場恋人になった

3年くらい付き合って結婚についてなんとなく話してみたら

直ぐではないが、いずれは実家に戻らなければいけない事

両親は土地持ちで、結婚相手は婿養子でなければいけない事を告げられた

結婚する意志がある真剣な付き合いをしている」と言う気持ちを伝えたかったけど

じゃ、実際に婿養子になる覚悟があるかと問われたら

まだ20代の俺にはうんとうなづく事はできなかった

訳も分からずこだわりとプライドがあった

彼女も事前に覚悟してたらしく

別れようかと告げた、

その時はそれにもうなづけなかったけど、やはりなんとなく自然恋人から信頼できる友人に代わった

彼女とはそれから親友として付き合って

数年後、どうしてもやりたい仕事がある、と言って

彼女職場を去った

しばらくして決まった彼女就職先は、実家のある県内だった

就職先もないような土地では遊ぶ場所もなく

俺と彼女は月に一度程度会った

最初は俺の方に彼女が来ていたが

時間負担を減らしたくて段々中間地点で会うようになった

映画じゃなくて紅葉を見に行ったり

ショッピングじゃなくて郊外美術館に行ったり

街中とは違う過ごし方を続けていくうちに

やっぱり彼女しかダメなんだと気づいた


それから更に数年後、改めて結婚を申し込んだ

勿論、苗字を変えてもいい、と

40手前になるまで俺は踏ん切りがつかなかったが

彼女も結局俺以外に結婚したい相手は見つからなかった

彼女の両親はとても喜んで

結婚するつもりがないと思ってた俺の両親も喜んでくれた

20代の頃とはちょっと環境も変わっていて

婿養子に入る条件は変わらないけど

すぐに彼女実家住みにはしなくても良くなっていた


振り返ってみると、えらく遠回りしたようだったけど

単なる恋人という情熱の延長上にある結婚ではなく

親友として過ごした数年で、生涯一緒に居たい相手だと思い知らされた気がする


男は若ければ若いほど、馬鹿です

でも、馬鹿もそのうち歳を取るわけで

そんな昔話を少ししてみました

2011-06-27

本棚

割と本気で、楽しいことだけして生きていきたいと思ってる。

気の合う人とお酒を飲んだり、映画を見たり、スポーツをしたり、

平日の美術館だって行きたいし、フリーマーケットはとてもワクワクする。

社会人として疑われそうだから人には言わないけど、私は何より遊ぶのが好きだ。

毎日笑っていられたら幸せ。周りの人が笑ってくれたら、なおさら。


ひとつ不思議なことがある。

私が一人の部屋で立ち返る時、手に取る本はいだって悲劇なのだ。

撃たれたきつね。遠くへ消えた王子様。言葉の代わりに花に託した、叶うわけのない恋。

あるいは、二度と会うことのない美しい少女残像

楽しいことだけしていたいのに、どうして悲しい物語を求めてしまうんだろう。

なんど読んでも結末が変わるわけがないのに、悔しくてたまらないのに。

2011-06-06

ヤングセレブ不倫してる幼なじみそいつを好きな自分の話

初恋の相手でもある幼なじみ不倫してるっていうかなりダメージかい話を誰かにしたくて、でもどこにも吐き出す場所がなかったからここに書かせてください。

あとで消すかもしれんけど、ちょっとだけでも楽になりたい。


俺は経済学部を出て、卒業新卒地元でそこそこ名のある企業就職するという堅実で無難人生を送ってるところ。

一方幼なじみは、関東の美大に進学して、一年くらいあっちのアパレルで働いてた。でもパワハラにあって辞め、地元に戻ってきて今は地元で働いてる感じ。


俺はつまんない人生を選んでいるわけだけど、高校の頃は実は少しメディア芸術に興味があった。でも美大に行くなんてと、保守的な親が猛反対。

幼なじみはもともと美大に行くつもりで、親にも応援されてて受験に成功して晴れて美大生。俺は、二人とも美大行けたらいいねとか励まし合ってたのにと落ち込んだ。

大学時代は、幼なじみmixi日記を見るたび、すげえ華やかなことが書いてあって、正直うつになった。

有名アーティスト学校にきて講義したとか、朝まで教授と語って飲んだとか、六本木クロッシングがどうとか、なんかの展示会の作品に協力したとか、友達個展がどうのとか。

なんて言うんだろう。リアルハチクロっていうか、the 美大リア充みたいな?

逆に俺はホントやる気失ってて、授業も出ないでだらだらバイトとくだらないサークルとかで、人間関係は上手くいかんし、20越えても童貞だったし、やっとできた彼女ともすぐ別れるし引きこもるし金ないし気胸になるしみたいな感じ。


それでも不思議なもんで、なぜか卒業できて就職が決まった。まあ、運がよく、リーマンショック前だったってだけだろうけど。

地元に帰ってから幼なじみが華やかな東京にいて、結構有名なアパレルブランドで働いてるのみてうらやましかったりした

でもある日を境に幼なじみmixi日記が途絶え、彼女地元に帰ってきた。幼なじみの弟と俺の兄弟が仲良かったから、東京メンタルを病んで会社を辞め、しばらく自宅療養してるという状況を聞いた。


そのあと、同窓会で再会。幼なじみと久々にメールするようになった。

「そういえば途中でメアド変えたでしょー!教えてよー!ショックなんだけど—」と言われて、「あー、いや、ごめん、一回携帯壊れたんだよね」とかごましたけど、実際はメアド変えたのに教えられなかった。夢を叶えてた彼女がまぶしくて辛くて。

「そういえばまだナムジュンパイク好きなの?」と言われ、あ、覚えててくれたんだ、と胸が熱くなったりした


それからは再び片思い地元中学出身者で再び集まるようになってたから、飲みに行くようになった。誕生日祝ってくれたり、美術館行ったり、アートの話聞いたり。

一度だけ二人で定時後に、待ち合わせて遊園地に行った。俺は19,800円くらいのスーツで、向こうは装苑モデルみたいなハイファッション。ちぐはぐな感じがして笑った。

平日のアフターシックスだけあって、園内はガラガラ。市内の人口が減っていることを思いだして、どっかさみしかった。

絶叫系で騒いだりとか、ジェットコースター記念撮影とか、チュロス食べながら移動とか、そういうことをした

あー、高校の時できなかったことをしてるなあ、とどこか冷静に見てた。

最後ふたりで観覧車に乗りたかったんだけど、ちょっと気がひけて言えなかった。


その後、俺は告白すべきか、しないべきかで非常に悩んだ。今更すぎるというのもあるし、きつい仕事とか重圧とかそういうものから逃避して子供の頃のきれいな思い出を追いかけてるだけなんじゃないかとも思った。

それと、向こうは今ニートみたいなものだし、支えて行けるのかとか、メンタル病んで帰ってきたわけだし大丈夫かとか、もしホントに付き合って結婚するとなったら保守的な親がいい顔しないだろうなとかどうでもいいことまで。


どうしようかと悩んでいると、その子にいきなり「私、実はもっかいアパレルで働いてみようかと思うんだよね」と言われた。

それは俺にとって、いい知らせだった。まずは落ち込んでいた彼女が前向きになってくれた、という純粋な嬉しさがあった。病む前の彼女は働くのが本当に好きで、楽しそうにしていたから。

俺はもちろん後押しした。「上手く行くと思うよ!なんかあったらそれはそのときだよ!俺は味方だしがんばって」と言い、背中を押した彼女は嬉しそうにして、「分かった。じゃあ、ツテもあるし、履歴書出してみる。」と言い、頬をそめて「ありがとう、よかった、××に相談して」と言った。おそらくこれ、俺は一生忘れないと思う。


そして。

彼女はとあるセレクトショップの、地元デパートにある店舗で働き始めた。給料が安い安いと不平を行っていたが、それ以外は割と上手く行っているようで、すぐに正社員に昇格。

俺は相変わらず仕事も上手く行かないし人間関係ボロボロのひどい毎日

幼なじみが働き始めたせいで、休みが合わなくなって会うことが少なくなったが、相変わらずカルチャーの話をしたり、メールしたりという関係は変わらなかった。楽しそうな彼女を見るのは救いだった。


しかしある日彼女mixi日記に異変があった。

とあるブランドデザイナーと付き合うようになり、幸せだ、だけど時々むなしくなるという内容の日記

俺はショックを受けた。なにそれ、知らないよ、そもそもなぜこの地方デザイナー

俺は、彼女と仲のいい、別の女の子事情を聞いてみた。

そいつの話によると、幼なじみは各地方を回って自分ブランド期間限定フェア(?)をやってる30半ばくらいのデザイナーに口説かれ、関係を持ったということ。

しかもそのデザイナーは既婚者。


俺は嫉妬に狂って、すぐそのデザイナーとやらの名前をググった。

ブランドは、すごく有名と言うわけではないけれど、コレクションとか出たり大手デパートでもちょいちょい取り扱われているような感じ。芸能人にも愛用者が数名いるみたい(本当かは知らない)。

そいつブログを読むと、バカっぽい軽い文体でモデルと飲んだだの太っただのとくだらないことが書いてある。しかしあとは出身校で講義したとか、ウェブ上に大した情報はなかった。念のため2chのファ板も見たが、デザイナー情報はなし。ブランド名もそんなに話題になってる感じでもないから、どういう奴なのかは分からない。


俺はどうしていいかからず、彼女にもそのことを聞けずにいた。

すると、彼女友達の子がいろいろ教えてくれるようになった。

デザイナーは既婚者で、妻と別れるつもりが全然ないらしい。あの子もかなり悩んでる」とのこと。


そのデザイナーは、幼なじみとは地方フェアの打ち上げかなにかで知り合ったという。特別にブランドワンピースだかなんだかを渡し、似合うと思うから貰ってくれと言ったらしい

そして、よかったらこの服を着て俺とデートしましょうと言い、彼女を誘ったらしい

その後何度デートをし、そういう関係になった後、俺、実は結婚してるんだ、と告白したしい


そんな漫画みたいな話、にわかには信じられないけれど、どうも現実しい

どうみても自分には田舎女の子が遊ばれているとしか思えんし、周りもそういう目で見てる。

でも幼なじみはまた美大にいた頃みたいに生き生きしてる。遠恋だし、不倫だけど、彼はつまんない日々に、ちょっとしたサプライズをくれると言っている。

こんなことは言いたくないが、俺にはちょっと彼女の気持ちがわかる。俺も故郷で、鬱屈したまらん何も代わり映えしない暮らしを送っているからだ。

しか幼なじみが俺に新鮮な感情をくれていた。それと同じだ。幼なじみにとってそのデザイナーは、ちょっとした日常をくれる存在で、それは俺には出来ない。悔しい。どうしようもない。

もしこうなる前に告白していれば、とか、俺があのとき両親の反対を押切って美大に行ってたらとか、いろいろなIFの話を考えては眠れなくなる日々だ。

最近は、幼なじみtwitter一喜一憂してて、その波が激しすぎてただただ不安になる。彼女の口からまたお金貯めて上京したい、とか聞くたび、頼むからこの子を連れて行かないでくれと祈ったりしている。


俺はもうどうしたらいいか分からん。どうしたらいい?

2011-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20110526194145

すばらしい

まず、基本的な考え方として、日本人芸術には向かない。(個を立たせる自己実現の発露。オナニーとして蔑まれるべき存在。)

もちろんこれは非芸術世界キチガイにも言えることで、ああいうのは反社会分子として処分するのが適切。

もし芸術が評価されたいなら社会認識の枠組み(それは人間性につながる)から書き換える必要があり、それは不可能

ゆえに日本芸術が第一線になることは恒久的に不可能

生涯芸術後進国

個人的にはオペラシティとか上野美術館とか全部ぶっ潰して日本芸術終焉を打ち立ててほしいぐらい。

ついでに個人の思想信条の自由などを憲法条文から削除して個の暴走ストップさせてほしいね。

そういう意味では大阪の不条例とか賛成。キチガイ教師は淘汰させるに限る。



まあ場所はどうあれキチガイは評価に値しない、見かけたら投石対象ってことですよ。

2011-04-12

湯涌温泉花咲くいろは招致は正解?だったのだろうか(成功or失敗?)

花咲くいろは聖地となった湯涌温泉に先日行ってきた。個人的には非常に印象が良い温泉街であったが、この温泉街が抱え持つんじゃないだろうかという悩みも分かったような気がしたため、あくまで一観光客の暴論ではあるが書き留めることにした


まず、湯涌温泉街に入ってすぐ抱いた印象は、ここが上品な「静かさ」を持つ温泉街であり、こうした選好を持つ個人客向けにぴったりな温泉街だろうなというものだった(一例とすれば、温泉街にありがちな射的や場末的バーがない)。これは私個人とすれば、この温泉街に希少な強みのように思え、この「静かさ」を壊しかねないアニメファンの流入をなぜ許そうと思ったのか?ということが非常に気がかりであった。

詳しく言えば、うらぶれていない「静かさ」というものを湯涌はブランド価値として認識しているのだろうか?そもそもそれを、ブランドとして認識しているのか?次に認識しているとしたらなぜいろは招致を行ったのか?そのリスク管理をきちんと計算しているのか?というのが気がかりであった。


さて、観光業もまた普通産業と同じように、投資のリターンを得る産業である。簡単に言えば、高山鉄道を作ったり、そこに歴史ロマンがあるのだというアピールをしないアルプスは単なる険しい山だ。観光地PR宣伝文句自体が、宣伝文句と同じブランド意識を作るのであり、ブランドイメージは絶え間ないPR戦略によって形作られる。では、湯涌が長年投資してきたブランドイメージとは何か?

湯涌温泉観光協会によれば、湯涌温泉ブランドというのは、「名湯がある静かな温泉街」であろう。湯涌温泉は、このブランドイメージのために投資を続けてきたのであり、それは後述するように恐らく成功しているといっていい。

問題は、こうしたブランド花いろ招致が傷つけるのだろうか?という点にある。しかし、これは表層的な次元の話なのでもう少し深い次元についての話をしてから述べたい。つまり、そもそもなぜ、「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージから通常、広告を打つべ20代以上女性層、30代以上男性層ではない層に宣伝したのかという話である。「名湯がある静かな温泉街」というブランド自体に湯涌温泉側が価値を見いだせなくなっているのではないか?これが極めて重大な深い次元での問題である


湯涌温泉経済状況ははっきり言って分からない。以下、本項では一般的な温泉街へのイメージであるやや経済的に苦境に立っている温泉街というイメージを湯涌に勝手ながら当てはめる(潤ってたらすいません)。つまり、「名湯がある静かな温泉街」では競合他社が数多く存在し、このため他にもう一つアピール材料が欲しいともがく湯涌温泉、そもそも「名湯がある静かな温泉街」というブランドに魅力があるのか怪しんでいる湯涌温泉というイメージである

繰り返しになるが、一観光客として湯涌温泉の魅力として感じたのは、「静か」であることであり、団体旅行客向けと一瞬で分かるような老朽化した大型ホテルがないという2点だった。湯についてはその効能が他の温泉と何が違うのかよく分からなかった。ただし、白鷺の湯の盛況ぶりを考えれば地元の人々に非常に愛されていることが分かり良いお湯なのだろうということは分かった。「名湯がある静かな温泉街」というのは、概ね成功しているようである※1。


であるが、やはり「名湯がある静かな温泉街」のみではメインターゲットである宿泊客は集客できないという判断があったのだろう。そこで、湯涌には「名湯がある静かな温泉街」以外のアピール材料として、それは夢二館と江戸村を設定しているようであるしかし、夢二のアピールはそれが単独温泉街を支えられるほどの魅力かはあやふやなものであろう(東京美術館があり、生まれ故郷宣伝し、他の温泉街でも夢二アピールする場所があり、そのなかでなぜ湯涌が選好されるのかは分からない)。江戸村は総花的な江戸時代博物館となってしまっており、金沢の奥座敷というブランド宣伝と違ったファミリー向けの平凡な教育施設となっている。夢二館と江戸村も既存宿泊客(リピーター)に害をなすような施設ではないため加点要素は少ないが減点要素はないのは幸いとはいえる。とはいえ、とどめをさすようで気が引けるが、web上にある湯涌温泉MAP(事前の予習に非常にお世話になった)を見ていただきたい。右端には大正ロマンの街散策と書いてある一方、左端には武家・街やゾーンがアピールされている。これでは何を見ればいいのか分からない。湯涌の自己意識の分裂ぶりが明瞭に映し出されていると言っていい(もちろん、江戸時代から明治大正につながる構成になっていれば文句ないのだが江戸住宅と夢二に大した関係はない)。

結局のところ、現在湯涌温泉の獲得している資源とは、「静か」であることと「うらぶれていないこと」である。「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージは一応確保していると思われるが、メインターゲットである宿泊客をひきつけることに成功していないのではないだろうか。白鷺の湯目的で来るような人間の訪問時間を増やそうという目的があるだろう夢二館、江戸村は、しかし、一泊させることにはつながっていない。どっちとも見ても温泉に入って日帰りで帰れてしまう。いろは聖地巡礼も同じである(それでも、日帰りでくるような客層はファミリーであるため、「名湯がある静かな温泉街」というブランドは大して傷つくことがなく、メインターゲットである宿泊客に不快感を与えることはおこらなかったはずである)。

勝手な憶測だが湯涌温泉とは、メインターゲットである宿泊客が減少する中、これを「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージのみでは防げないとして、新たなアピール材料を探しているが既存の施設(夢二館、江戸村)では十分に成功していないという温泉街なのではないだろうか?そこにアピール材料としての新候補としてやってきたのが花咲くいろはである


では、ようやく元に戻る。さて、この「名湯がある静かな温泉街」というブランド花いろ招致は傷つけるのだろうか?はっきり言うが、現状のままならば傷つけるに決まっている。4月9日の配布イベントだが、あれを宿泊客が目撃したらどう思うだろうか?あるいは爆音をならしながらバイク聖地巡礼をする人間について宿泊客はどう思うのか?しかし、これは湯涌温泉としては当然予想できたことである。問題なのはブランド価値を傷つけるリスクを負ってまで花いろを招致したことに、どのような意図があるのかということである

1つは、メインターゲット自体を変えたいということが考えられる。つまり、宿泊から日帰り客に客層をシフトさせたいという意図が考えられる。「静か」というブランド価値がもうないと判断しているという可能性がある。もう1つは、花いろ招致は、今までと同じような単なるPRの一つに過ぎないと湯涌温泉が考えており、それがブランド価値を減ずるものと分かっていないという可能性がある。あるいは、ブランド価値を減ずることは分かっていも、新規客層の増加のメリットの方が大きい(騒ぎも半年もすれば収まる)と判断している可能性がある。

第一の可能性の場合、今のところ湯涌温泉に落としそうなお金は個人につき1000円以内だろうということが予想され、この単価引き上げが急務だろう。サイダーは温泉側にとっては最悪な商品になりかねないことを肝に銘ずるべきである。1本200円のあれ(店だと189円でした)は瓶そのものもお土産としての価値があるため、食べ物+グッズという選択肢を見事に消してしまえている。いろはにおいてはグッズ問題は解決するはずだが、日帰り客にシフトさせたいのならば単価引き上げは急務だ。白鷺の湯の規模的に日帰り客を狙うことはあまり考えていないように思える(あたらしや、やました戸田屋では日帰り客を狙った展開を考えているようである。このアピールはもっと強調してもいいだろうが、現時点では諸刃の刃認識されているのか扱いがいまいち見えない)

第二の可能性の場合はかなり末期的であるしか言いようがないので考えないことにする。

最も考えられそうなのは、第三の可能性、一時的にブランド価値を減ずることは分かっていも、新規客層の増加のメリットの方が大きいという判断である花いろの良いところは視聴層が10代、20代と非常に若いため潜在的顧客を長く保てるという点にある。このため長期的に見ても、花いろ招致はプラス面を強く持つだろうことは予想できる。しかし、それでもだ。既存客にダメージを与えるマイナス面にはやはり注目すべきであり、この管理もまた重要はないだろうか。マイナス面についてはもっと慎重に考えるべきではないだろうか。長年投資してきた「名湯がある静かな温泉街」というのは意外に貴重である可能性が十分あり、現状のリピーターを奪ってしま可能性は深刻なものと受け止めるべきである

では、湯涌温泉花いろについてどう対処すべきなのだろうか。答えはシンプルであり、少しでも不快な事態が起これば、PAワークスにすぐ苦情を申し立てたり、出来ればファン向けに何らかの注意を呼びかけるべきであるバイクについては深いところまで入れるべきではないだろう。イベントについては他箇所に譲る、あるいは、逆に大々的なものにしてしまいファンではない他の客を一笑に付させてしまうのが良いと思われる。湯涌温泉に分かっていただきたいのは、作品を愛するアニオタの敵は、その作品世界観を壊そうとするアニオタであり、激しい同族嫌悪が我々の特徴であるということである。そして、このアニメは作品を愛するファンを数多く生み出すことが予想できるのだから過剰反応と思われない程度には警告を発し続けるべきである(出来るだけマナーを守るファンとそうでないファンを分断させるような方法で)。


さて、長くなったが、まとめると、

花咲くいろは朝ドラ昼ドラ的なものをアニメ移植させ新しい科学反応を試すという冒険作であり、いわゆるアニメとは違ったアニメになるだろう(信者的目線では)。しかし、それはアニメを見ればの話であり、アニメを見ない層からはいわゆる深夜アニメしかない。

湯涌温泉が長年投資してきたブランドとは、「名湯がある静かな温泉街」であるが、名湯はアピールしきれておらず、「静かな」は花いろ信者の来訪によって傷つけられる可能性がある。

花いろ効果は②のマイナス面を打ち消して余りあるものになると思われるが、それでもマイナス面については慎重に考慮すべきである。苦情を言ったところで、それはファン間の内ゲバになるだけで、ついてくるファンは数多くいる。

④そもそもこうしたブランド価値を傷つけかねないPR誘致を行った原因についてはきちんと整理するべきであり、湯涌温泉ブランド戦略について徹底的な議論を重ねるべきである

⑤とりあえず、日帰り客は大してお金を落としていないので、客単価を引き上げる行動をするべきである



以上の事を、先日感じました。物事にはプラス面とマイナス面があるのは当然なことですが、今回の場合、そのマイナス面が湯涌温泉投資し続けてきた資源を傷つけかねない(元々観光地で生計を立てていたというところが鷲宮等と決定的に違う)のが気がかりです花いろ誘致は大正解だと思いますが、慎重に取り扱ってほしいなと。ま、アニオタ専用温泉かに開き直るのもいいのかもしれないけど、個人的にはそうなったら行きたくないので。






※1

個人的には、この路線の徹底的な深化が議論に上がったかどうかが非常に気になってしまう。先ほど述べたように、湯がどれほど良い湯なのか一見でも分かるようにアピールし尽くせていないのは問題である。本当にいいお湯ならば、どういう比較優位があるのか等アピールし尽くすべきであろう。湯が本当に良く静かならば、高価格路線(現在の湯涌は中価格)でも全く問題ないはずだが、この可能はなかったのだろうか。あるいは、金沢駅から立地が近く、それでいて静かな温泉というのは相当貴重なはずであり、立地の優位を生かして個別・ファミリー別に送迎するなど中価格ながら高品質サービス提供するのも手であったはずである

2011-03-07

計画都市

すべての街に交響楽団はいらない。

すべての街に美術館はいらない。

すべての街に大学はいらない。

すべての街に動物園水族館はいらない。

すべての街に田畑はいらない。

整理しよう。

あるべきものをあるべきところに。

それがシワケ。

あぶれたものは捨てよう。

スマートに。

2011-03-06

彼氏草食系じゃなかった。

昨日、何回目かの映画デートした

その子とは映画見に行ったり、美術館に行ったりしていて、

二人きりで遊ぶことが多い。

電話はあまりないけど、メール毎日しているし、

私はその子とのことを彼氏だと思っている。

私は社会人二年目で彼はま大学一年だけど(四月に二年)、

別にお小遣いをあげたりはしていないし対等な関係だ(たまにおごってあげるけど)。

ところがまあ、何回デートしても遊んでいる以上の発展はないわけだ。

一回、映画を見た後に「あそこのシーンえろかったねえ」って振ってみたら、

発情するんじゃないかと思って言ったら、「うんそうだねえ」って流されたorz

はあ、これが草食系男子か・・・と実感。

でもでも。

昨日、帰りがちょうど帰宅ラッシュと被さって、車内がかなり混んでいた。

ばらばらにならないようにしていたら変に密着しちゃって、

かい合わせてくっつく形になった。

こんなにくっついたの初めてだよ~ってドキドキしてたら

彼もドキドキしてたようでお腹に硬いものがあたった。

草食系じゃないんじゃん!エロいこと好きなんじゃん!!

って思ってドキドキしてたら、

「じゃあね、また。バイバイ」って普通に帰ってった。

やっぱり草食系なのかなあ。

2011-01-09

http://anond.hatelabo.jp/20110109182334

失礼ですが、彼女、うんぬんなんて話は一言も言ってませんよ。

どこから、そんな話が出て来たのですか?

もし、そのような話を私がしているのであれば、その文章を引用して教えてください。

お願い申し上げます

 


そして、普通のお店では、シャカシャカシャッター音、フラッシュ撮影してても

なにも言えないのが普通です。それが、お店のお客様に対する心ですよ。

それをいちいち、言うのが嫌なお店は、店内撮影禁止とみっともないのに

張り紙しているんですよ。そのお店の心が分かりますか?

バブルははじけたんですよ。お店の方が立場が、お客様より弱いんですよ。

撮影していることを注意しても止めてくれない方が多いから、どうしようもないですよ。

警察呼んでも犯罪扱いになりませんからね。それこそ、警察呼んだら他のお客様に迷惑ですよね。

注意してお客様逆切れして、他のお客様に迷惑をかける行為に及んだらと思うとなにもいえないですよ。

これは、美術館でも同じですよ。だから美術館には撮影禁止って書いてあるですよ。

 

現に、高級店であろうと、料理が来る度に、シャッター音、フラッシュ撮影しているお客様います。

なにも言ってくれませんよ。それが現実なんですよ。だから、私は、提案しているんです

銀座のエノテーカーピンキオーリでも、ベージュ東京でも注意はされません。

最近ベージュ東京では、店内撮影禁止というみっともない張り紙をしている噂です

非常に情けないです。

 


私は、単に、もっと、他のお客様に気を配って、撮影するなら撮影してくださいと。

提案しているだけです

分かりますか?理解出来ますか、私の言わんとしている事が。

2010-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20101214005128

増田

じゃあいいじゃん、って思う。きちんと年齢制限をかけましょう、という話だよね。それのどこがここまで大きな問題になるのかよくわからない。

それならR指定という制度にも同じように反対しないといけないんじゃなかろうか、と思う。

日本ではR18指定は事実上発禁に近い扱いになる。厳密に言うと、狭い日本でのリアル書店の都合とかコンビニとかの都合があって、商業的にほぼ死ねる、という意味なんだけど実態としてはそういうことになる。

かろうじて「抜き用」ことに特化したR18エロ作品は専門店ネットといった細々とした流通がないこともないのだけど、逆に言うと「抜き用」でない作品は完全に流通手段が断たれる。現実にはエロも含めてR18流通はあまりに現実的じゃないので同人化でアングラ流通、というのが流れだよね。

加えて、そもそもR18にするほどのものなのかという問題もある。何故なら、R18にする法益青少年健全育成ということにはなっているのだけれど、健全という言葉そのものが元々恣意的な言葉だもの。

今回の適用範囲は色々定められてるけど、そもそも論で言えば現在漫画流通ではあの範囲に入るものは既に全て自主的にR18になっている。じゃあ規制してもいいじゃんと思うかもしれないけど、これ逆だよね。

よくネタに上がる雑誌チャンピオンREDいちごがある。俺は話を聞いて一度チラ見しただけだから外してるかもしれないけど、俺がざっと見た限り今回の適用範囲を拡大解釈せずに考えれば該当しないと思った。でも、大前提として、議論の真っ最中に問題になったチャンピオンREDいちごは「該当する」というか「該当させる」んだよね?てことは少なくとも俺から見れば「既に」条文読んだ通りでない基準で運用されていることになる。

この条例に反対するなら、「なぜ青少年を主な対象とした雑誌エロいことを描く必要があるのか」ということに対して合理的な説明ができないと説得力が弱いんだけど、そこを説明してる人はいない。

いや、自由がデフォルトであって、自由でない状態の方に合理的な説明がいるはずなんだが、それすら分からん人向けに説明した方がいいの?

うーんとね、性表現暴力表現表現技法としては古来より定番のものであって、これを規制するとはっきり言ってあらゆる表現が大幅に狭まるよ。最も原始的な衝動の一つだからね。「これ施行されたら古典の名作は片っ端から漫画化禁止だよな」なんて冗談たいに言われてるけど、そりゃ当然だ。

本来なら性表現に限らずどんな表現技法にもこれが使えないことで狭まる表現というものはある。ウンコの詳細な描写があってこそ素晴らしいという作品が存在し得ないと誰が言えるのか。言える奴は馬鹿だよ。これは冗談ネタはなく大真面目な話。それが芸術における表現の自由ってもの。

表現なんて全くなくても素晴らしい作品は書ける!!って言い張る人はそりゃいるだろう。うん、そりゃ性表現なしで書ける素晴らしい作品は世の中に存在するだろう。そして一方で素晴らしい作品が確実に減るということだけは断言できるね。それが半分なのか1/10なのかは知らない。

そもそも表現規制することが問題だ、っていうのもあるんだろうけど、一昔前にバトルロワイアル映画R-15になって世を騒がせたけど、その後表現規制に繋がった?バトルロワイアルが見られなかったから成長に重大な問題が生じた人がいる?

まあ一般向け邦画やんちゃはしにくくなったってのはあるだろうねぇ。逆に比較的小規模な映画やんちゃして政治家の介入を招いたら勲章たいなとこもあるけど、それなりの予算でやる映画じゃ火中の栗だわ。どちらにせよ「規制を恐れずに使える表現は減った」とは言える

バトロワが見られなかったら~というのはどういう意図分からんけど、原作はなかなか良い作品だったし映画もまあまあの出来だったし、むしろ青少年に見せてこそ考えさせられる作品なので、見たいけど見られないというのは自分の頭で考える機会を一つ失うことになるね。とても残念なことだと思う

もっと極端なことを言えば、江戸時代春画が禁止されたけど、その後も表現規制が続いた?日本人に何か重大な問題が生じた?

春画が本格的に禁止されたのは明治時代からだよ。江戸時代はむしろ春画ご法度はなかった。

その後の表現規制?今でも春画猥褻物陳列罪規制対象で美術館にも置けませんが?

日本人に何か重大な問題?江戸時代に発展した浮世絵という今や世界的にも名高く知られた芸術技法が完膚なきまでに滅び去りましたが?

春画なんてアホな表現規制のせいで芸術が一分野丸ごと滅び去った典型としてしょっちゅう例に挙げられる代物じゃないか

結局はな規制するべきなのか/してはならないのか、という双方の意見の根拠が曖昧なままだからここまで混乱するんだと思う。ただ、子どもの育成に定説がないように、どうすればいいのかなんて永遠にからないんだと思う(ましてや「健全な育成」なんてね)

厳密に適用するなら、むしろ未成年書店自体に入れないようにして全域デフォルト18禁。読んでいい本は親の判断して買う、とでもするか?子供にどんな本を与えるかは親の裁量であることは現行制度でも大前提なので、突き詰めるとこういうことになるな。うん、まあ、日本の文化死滅するな。

個人的には逆。今や情報が何でも手に入るご時世、18禁という考え方自体が既にもう古いと思う。その気になれば超過激な同人ネットで手に入るんだから、あらゆるコンテンツが世の中に存在する前提で、それとどう付き合うか親と子供がちゃんと話し合っていくべきだろう。そもそも論としては別にエロが氾濫したところで犯罪が増えるわけでもないのは既に分かってるんだから、これって親の道徳方針に合うかどうかだけの問題だよ。

親が話し合わないならどうするか?そりゃ何でもOKでいいでしょ。そんなの余所様が決めることかよ。政府ママママじゃねえ。

ちょっと極論に聞こえるかもしれないけど長期的にはそうなっていかざるを得ないしそうなるのが健全だと思う。

 

ただそういう理想論はともかく、狂信的な道徳観念を持ってる人たちは、それを余所様の子供を含む日本人全体に押し付けたいと思ってるからね。

彼らの健全定義が毎日日蓮宗仏壇に拝むことだったり毎週日曜に礼拝に行くことにまで進んじゃっても驚かないよ。そこまで露骨なことを口にするかどうかはともかくとして、真面目な話として「(実犯罪と無関係な)道徳健全性」の定義は「特定の宗教価値観への合致」であることは多い。

現に今の日本でも彼らは公教育での宗教教育なんて言葉を本気で平気で口にするし、現に今まさにこの議論の中で健全定義の中に平気で同性愛の排除を入れてるじゃないか冗談抜きで規制がそういう方向に行った国も少なくない。それってイスラム教国とかじゃねえのかwwwって話じゃないよ?韓国とかそういう「普通の」国だよ?

 

なんなんだろうね。日本は自由を自らの手で勝ち取ったことがないから自由から逃走することに慣れちゃってるんだろうか。

2010-11-19

http://anond.hatelabo.jp/20101118221052

元増田です。

何か書きたいけど、うまく言葉に出来なくて申し訳ない。

以下、落ち無しの駄文です。



気持ちがあっても出来なかったり、逆に気持ちはないけど出来てしまったり

世の中不思議とそんな状況で回っています。

プログラムが楽しくなくても、趣味私生活で楽しんでたり幸せだったらそれはそれでおkじゃね?」とか思ってみたり。


自分プログラムをまともに作れなかったり、就職難に喘いだりしてます。

正直苦しいし、他の人から見たらどうでも良いことで凹むことも多いです。

けど、彼女と一緒いると幸せを感じたり、家族と楽しく過ごす日々も多いです。

楽しい映画をみるとワクワクするし、フラッと美術館に行くと自分の知らない世界すぎてただただ驚嘆します。


不安や虚無感に襲われることも多くあるけど、それが他の日々の出来事が幸せになるためのスパイスになってるんじゃないかなと。





やっぱり駄文でした(´・ω・`)ゴメンナサイ

えーと、とにかく自分は今やりたいことを頑張ってやってみます。

増田さんも日々を楽しんで下さい><

2010-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20101104191010

第三段階を詳しく分解すると

お茶する(含むランチ)→デートスポット的なところへ行く(美術館遊園地イベントなど)

という感じになるので、ご飯食べただけで告白したんだとしたら、時期尚早だったんじゃないかね。

先走ると大体失敗するし、非モテほど先走る傾向があると思う。

2010-10-29

情報化社会における「学芸員」もしくは 「DJ」的存在重要性について

:::前説:::

ここ最近ネット界隈の著明な人の発言において「キュレーション」の重要性が語られるのをよく目にします。

それを読むたびに、とても共感していたのですがふと気がついたら、昔に自分メモして考えていた事と同じだと気づきました。

以下の文章を書いたのは2009年11月23日。ふふふ、これって俺が前から考えてた事じゃん!って自己満足もきっと入っていると思いますが、

自分で読み返してもあらためて、考える所があったので、始めてはてな匿名ダイアリーに投下してみます。

みなさんの、考えるきっかけになりましたら幸いです。


情報化社会インターネット社会)における「学芸員」もしくは「DJ(ディスクジョッキー)」的存在重要性について

情報化社会と言われて久しい今日社会状況において

近年のインターネットの普及に伴って、

個人が触れることの出来る情報の総量は指数関数的増加の一途を辿っている。

この事は「世界フラット化」あるいは「情報格差の是正」という言葉で語られる事もあり、

基本的にはそれぞれの個人レベル存在にとっては歓迎すべき事である。

しかしながら、現状のインターネットにおける

システム、あるいはインターフェイスが、

真の意味での情報化社会の完成された形態であるとは言えないのではないか。

それはつまりインターネットというシステムが本来持っている

潜在的なパフォーマンスを完全に活かしきれていないという事である。

インターネットを生かし切れない具体的な一例としては、

情報過多」とい事が、まずあげられる。

社会存在する情報量が多すぎる為に、本来必要とする(ユーザーにとって価値のある)

 情報を見分ける事が難しくなっている事。

この事柄の解決策として飛躍的な進歩を遂げたのが

いわゆる「検索システム」である。

初期のYahoo!によるカテゴライズ検索から

現在検索システムの主流といってよいGoogleの独自のアルゴリズムによる検索システムである。

特にGoogleによる検索システムの登場はインターネットの活用という面において

非常に大きな恩恵ユーザーに対して与える結果となった。

その優秀なアルゴリズムによって、ユーザーが求める情報に対する

検索の精度・効率は飛躍的に向上したのである。

ではこのGoogleによる検索システムの登場によって、

インターネットの潜在的なパフォーマンスは完全に引き出されたのだろうか?

答えは『否』である。では現状で足りていない要素とは一体何であろうか?

まず検索システムが持っている基本的な特性として

ユーザーの能動的な行動」を必要とする点があげられる。


能動的でないユーザーに対してより効率的に情報提供する方法はないか?

(これまでのマスメディアによる一方的な手段でなく)


☆そこで必要になってくるのではないかと思われる新たな情報収集・提供システムの候補が、

学芸員』あるいは『DJ』的位置づけの存在、あるいはシステムである。

学芸員とは美術館などにおける専門的職員の事で欧米などでは

キュレーター」などとも呼ばれる。

学芸員に求められる役割は第一に、

各分野における専門知識をもって対象の管理監督を行う事であり、

第二に持ちえた専門知識を元に普及・教育に努める事である。

情報化社会での役割として考える場合、特に重要になってくるのは、

第二の役割の「専門知識を基にした情報の普及・教育」という点である。

つまりある事柄における専門家とそれ以外の人々を橋渡しする役割である。

例えば美術館での学芸員の役割を考えた場合

まず美術自体を実践する「美術家」「芸術家」が存在する。

彼らは美術における専門家であると同時に美術自体の実践者、生産者でもある。

一方で美術館に訪れる「非・美術実践者」は

それぞれの職業や専門分野、あるいは生活を行っており、

当然その生活時間の全てを美術にあてている訳ではない。

それゆえ、生活時間のほぼ全てを美術にあてている専門家(つまり美術家芸術家

生産物情報)を100%理解する事は不可能である。

しかしながら、専門家(この場合美術家)が生産したモノや情報の持つ

価値を享受する為にはある程度の専門知識を必要とする。

その際に必要となるのが両者の中間に位置する「学芸員」である。

学芸員美術専門家ではあるが、実践者・生産者ではない。

しかしながら、その専門知識を持って、美術の専門知識を持たない人間に対して、

本来の情報を分析・咀嚼して、専門家でなくとも理解できる(その価値を享受できる)

形にして提供するという非常に重要な役割を持っている。

「非・美術専門家」達はその気になれば(能動的意思を持てば)、

自ら専門書や、インターネットを使用して専門知識を得ることも可能であるが、

能動的意思の有無や、時間的制約からそれを完全に実行するのは難しい。

そこで学芸員(中間的位置づけのシステム)を間に挟む事により、

より効率的に、より短時間で対象の情報を得、理解し、その情報やモノの価値を享受する事が可能になるのだ。


この学芸員的な役割・システムこそ、

現在情報過多なインターネット社会において

必要とされている事ではないだろうか。



これからの広告(あるいは別の名称)的手法というものは、

従来の考え方とはまったく別のシステムに変わっていくであろう。

(あるいは変わるべきである)

つまり従来の広告システムとは、販売主体が多大な広告販促費用を計上し、

マスメディア等を介して「企業の一方的な利益に順ずる形」で

消費者ユーザー市民 に商品の情報提供強要してきた。

デメリット

企業広告費に多大な費用を計上する必要がある

企業利益に繋がる偏った情報社会に溢れさせる。


この従来の「広告」という考え方自体を

「完全な情報の共有」というシステムに組み込んでしまえば、

わざわざ広告という費用マーケティングを考える必要はなくなるのではないか?

つまり、ユーザーが求める情報を完全にフラットに、効率よく提供・共有するシステムがあれば、

企業はいかに価値のある製品をつくるか?という本来の役割だけに集中できるのではないだろうか?

そもそもある集団の利益の為に押し付けられ、時に改変された情報流通させる、

広告」という概念自体がスマートでないし、旧時代的な、非・フラットな考え方ではないだろうか?

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