2013-08-10

純粋培養高学歴社会というカルチャー

http://anond.hatelabo.jp/20130809115823

  溝、ねぇ。

  ある。あるよ絶対。ない訳がない。

  自分はかなり高学歴だけど、若い頃に大病して「純粋培養高学歴社会」にいられなかった。

これも自分人生やむなし、と受け止めてその後10数年いろんな場所社会人やってきたけど、最近やっぱり高学歴者のみで構成されてる世界に戻りたいなーとよく思う。

  どっちが上か下かじゃなくて、単純に常識感覚社会通念や…が違うんだよね。カルチャーが違う。

それって、かなりしんどい

  常に「自分の皮膚感覚自然な考え方が間違ってる可能性」を検証しながら、波風立たないように人間関係つくって維持するのって、ものすごく疲れる。

すっごい神経使ってやるんだけど、それでも何かの拍子に「は???」と思うようなポイントでキレられたりして、でも相手は相手のカルチャーでの常識が一枚岩の正義だと思ってるから「何か分からんが、また自分の知らない/見えてないナニカが相手(の常識)に沿わんかったらしい…」と落ち込んだ後、分析して取り込んで、次回から検証に組み込む。

そうやってまたブラッシュアップしてやるんだけど、いくらやっても疲労の程には満足や充実は得られないんだよなぁ。

  自分性格が悪いのかといっつも思ってたけど、ところが自分と同等の学歴(そして、元増田の書いてるような「そこに行かせてもらえ得る環境」)の人と触れ合うと、楽な上にものすごく充実して、その上普通に人間関係がつくれる。

自分普通に自然に考え付くだけの配慮の中で、何も問題なく普通にスムーズに流れて、その上感覚や考えを理解し合えて共有し合えるのって、心から感謝したくなるくらい楽だし楽しい。のびのび呼吸ができてる気分になれて、大げさでなく「生きてる」と思える。

「この方が良いよね」とか「こうしたいよね」も、「これはナシだよね」「これは酷いよね」「それは思ってもしない言わない約束だよね」も、「社会的価値観」てやつが大体同じ。かつ、「他人同士なんだから価値観が合うか合わないか、どこで合ってどこは合わないかをちゃんとすりあわせよう」という心構えも普通にお互い持ってる。持ってない人でも、こちらが「すりあわせよう」という意志表示を会話に混ぜれば乗ってくる。

  人間存在別にどれが上か下かとかは思わないんだけど、ただ自分に合う場所合わない場所ってあるんだな、というのがこの10数年で身に染みた。

もちろん、沢山の人と出会たから、それこそ「学歴関係なくすごい人」っていうのも何人もいたけど、場所っていうのは集団の母数だから

自分場合は、自分が「高学歴社会カルチャー」の純粋培養過ぎたんだと思う。

    こんなこと書いてるとまた高学歴批判が来そうだけど。それはまあ、お好きにどうぞ。自分文章力ないのも承知してるので。

生まれ育ったカルチャーって本当に影響強いし、あんまりそれに嘘つかない方が生きるの楽だな、と思うという話でした。

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