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はてなキーワード: こじつけとは

2009-10-10

http://anond.hatelabo.jp/20091010041035

イルカの知能うんぬんだって、脳の体積からくるこじつけですよ

あと、人道的屠殺というのは、動物愛護の観点よりも、

自動化による生産性向上と、屠殺従事者の精神衛生上の対処から

発展したものであることをお忘れなく

人間にかぎらず、いきものは別の生命植物を含む)を

食べつないで生きてるもので、他の生命犠牲なしには

生きていないんです

大事なのは何を殺して食べるか、とかではなく

自分の生きる糧となってくれた生命感謝して、

自分の命を大事に生きることでしょうよ

2009-10-04

http://anond.hatelabo.jp/20091004122108

ある法則によって振り回されたっていうのはこじつけなのでは?

そもそもどういう法則かも知らないが。

2009-09-28

http://anond.hatelabo.jp/20090928103148

本は「消費」されないと出版社側としても困るわけで、市民が本に金を使うことが図書文化を維持する方法でしかないのなら、増田が怒るよりも現状放置した方が効果的

酷ぇこじつけだな、こりゃ。

マナーとして本を汚さないのは当たり前”って冒頭につけても台無しじゃないか。

モンスターxxって、こういう根っこが生むんだな。

だめだこりゃ

2009-09-22

今朝見た、怪人と公衆便所の夢

少し気になる夢を見たので、自分なりに考察してみました。

舞台は、以前自分も住んでいた、実家マンション。両親などの人は部屋の中にいないが、体長2メートル以上の、灰色をした、頭がスキンヘッドの怪人が横になっている。首から上が、亀のように肩の中に引っ込んだり、出たりしている。

怖れて自分は逃げ出した。玄関からではなく、二階のベランダ側から、手摺などに掴りながら降りる格好だった。なぜか、このときは全裸だった。

人の目も気になるし、マンションベランダ側から側面へ回ると、狭く小さな公衆便所と思しき部屋に入った。中はプラスチック製で、いかにも汚い。しかし自分のものではないが、割ときちんとしたスラックスシャツが置いてある。スラックスにはベルトも通してある。

これ幸いと着込んでいると、外から男が小さな窓から覗き込みながら、出てくるようにと呼びかける。

何とはなしの微妙な罪悪感、責められているような気分を味わいながら、まるで連行されているかのように、外の道路その男と歩くところで夢は終わった。》

悪夢というほどではないのだけれど、後味の悪さが残る夢でした。

最近ソープランド通いをちょこちょことしていることと関係がありそうです。独身だし、全面的に悪いことと思ってはいません。具体的に何かと言われると考え込んでしまいますが、こういう所でなければ習得しえないこと、知りえないことも少しはありそうです。

しかしやはり、マイナスの側面も感じざるを得ず、ただ無邪気に楽しむことはできません、その辺の葛藤が現れているのかなと思いました。

冒頭の巨人は、性器を連想させます。取り扱うことの困難な、「性欲」という怪物が化体するとこんな感じになりそうです。

そして、無防備で恥ずかしい裸ということ。ソープ通いなどというものは世間体が悪いもので、あまり大っぴらにできるものではありません。しかし同時に、裸であること、即ち素直であることと言い換えると、「裸でいたい」という願望もあるのかも知れません。実際、ソープランドの部屋の中では妙に素直な気持ちになり、見栄を張ったりするのはつまらないものだという気分になります。他愛の無い話をしていると、安らぎの感覚を得ます。そして、自分の貧弱でちょっとお腹がぽっこりと出た姿も、包み隠さず晒すことになります。

怪人から逃げて公衆便所に逃げ込むと、安心感と同時に、不快な汚さというのもありました。ソープ嬢に対する最大の蔑称は「公衆便所」だと思うのですが、言葉を手がかりにした連想が夢の中で働いていたような気がします。自分は特に、清潔な雰囲気を持った女性を好むのですが、そうであればあるほど、また、次第に打ち解けてくるほどに、ちらりと意識せざるを得ないのです。

そして、外から男に引っ張りだされること。小さな部屋に篭ったままでいないで、服を身に付け、外の世界に出ろと促がされているようです。ソープランドにいくら通ったところで、それは未来に繋がる行いではありません。

…ただ、こじつけかも知れませんが、夢全体の流れからプラスの側面も読み取れるかと思います。得体の知れない怪人から逃げ、外を歩けるような服を得ることができたのは、狭く小さな、公衆便所の中なのです。急いで身なりを整えさせ、笑顔で手を振って客を帰すソープ嬢に、少しは感謝の気持ちがあります。

2009-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20090906095751

>郵政に関する見解の迷走。結局のところ麻生は郵政をどうするべきだと考えていたのかいまだに不明

分社せずに一体でやるべきだったという考えのはず。自分が知らない=麻生見解を示してないというのはこじつけ

定額給付金の位置づけの迷走。また減税方式でない理由の説明が無い

所得の把握が大変だから作業の楽な一律給付にしただけ。国会でも説明されてる。自分が知ろうとしてないだけなのに説明がなかったことにするのはどうかと。

高速道路1000円は面白いくらい失敗。これだけ壮大に実験して貰って人の振り見て我が振り直さない民主党もどうかと思うくらい壮大に失敗

民主党公約はもともと渋滞具合を考慮して無料化を決めることになってるので我が振りなおさないってのはいったい何をさしてるのかわからない。これも民主マニフェストもろくに読んでないから我が振りなおしてないと思い込んでるだけでは?

少子化については実質無策で臨む。人口減は移民カバー。もっともこれは麻生の方針というより自民の方針というべきか

自民政権下でも保育所増設や児童手手の増額派行われてるんだけど。少子化で国ができる支援なんてこれくらいしかないでしょ。後は民主のように額をもっと増やすくらい。

2009-09-04

http://anond.hatelabo.jp/20090904091347

その記事の続きに

 ただ、終盤になって当落線上での攻防から抜け出し、議席獲得を有力にした選挙区の数を自民民主両党で比較すると、民主党の12選挙区に対し、自民党は2選挙区にとどまった。自民党の各地での懸命な巻き返しは、まだ確実な議席獲得には結びついていない状況だ。反対に、同党では接戦区での攻防から脱落する選挙区は13選挙区に上る。この中には閣僚経験者も含まれ、地力の有無が明暗を分けていると見られる。

と書いているように自民が接戦を落としたのも相当ある。トータルで予想通りになると言うことは自民が逆転した区と同じくらい民主が逆転した区があるはずなんだから前者だけ取り上げてマスコミ報道自民レスキューされたと言うのはこじつけだろ。

2009-09-03

http://anond.hatelabo.jp/20090903094006

また、辛勝率+1%未満の候補は誰かを救ったというより、自分自身がマスコミ民主大勝報道レスキューされているため、それにレスキューされた候補は二重にラッキーだ。

実際の結果はマスコミの予想通りだったわけでアンダードッグバンドワゴン前者のほうが強かったと言うことはないだろうからマスコミレスキューされたと言うのはこじつけでは?

町村信孝中川秀直といった清和会の超大物候補がたったの814票だの626票だので命を繋いだのを、自分1人の投票もしくは不投票行動で日本の歴史を変えた当該選挙区の人たちはどう思っているのだろう。

当該選挙区のものだが、民主の比例下位が当選するくらいなら自民大物が残るのは別に気にならない。あと彼らが今回当選したからと言って歴史が変わるとも思えない。弱小野党ではほとんど影響力なんか出しようがないはず。

2009-08-10

サマーウォーズを「家族の濃密さが苦手」って言うのが流行ってる

っぽいのでちょっと書きたくなった。

えーと、そういうのは既に通り過ぎてようよ。つうか細田監督ももうそこは通り過ぎてるよ。

そりゃみんな苦手だよ。得意な人なんかいねーだろ。ましてやヤクザな商売の典型みたいなアニメ屋なんぞになろうって人ならなおさらそれは分かってるだろ。だから一番若い嫁をこき使ったりして必死にバランスをとって、安易な家族礼賛=ナショナリズムの回路や「家族の崩壊と再生」みたいな願望含みのお涙頂戴を回避してんじゃん。

だから社会人になって冷静に考えてさ、

アレ? うちのクソ親父って実は大した仕事してるんじゃね?」

「あのエロ叔父さんって、そんなことしてるの?」

っていう感覚、あるでしょ。そういう違和感がこの映画のコアにあると思う。ズブズブの愛憎をちょいと離れてクランクランとして対象化して見たときの、絶妙のバランスというかキャラ立ちぶりのおもしろさ。じっさい細田監督はついこないだ結婚したわけだけど、そのことで広がった親族のおもしろさに気付いた、ってタマフルで言ってた。リアルを振り返っても、機能するからこそ法事だ結婚だと何かと理由をこじつけてはメンテしてるんだ。

バランス。たとえばあの映画は、10代は才能で勝負し、20代〜30代はプロフェッショナリズムというか職能で勝負、40代以上はため込んだ資産で勝負、という構図があって。一見いちばん表舞台で活躍した3人も、一人で万能のHEROじゃなくて、それぞれの世代からの贈与があってはじめて成立してる。こちとらNO MORE HEROESクソッタレ

っていうかさ。そういう疎外された人にしか感情移入できないなら、もっと侘介に感情移入しろよ。カズマは単にハザマの世代で同年代の親戚が少なくて一人遊びしてるだけで、べつに疎外されてない。「東大出てるリア充だし……」とか言いたいの?

あとなんか細田監督史抜きでこの映画を初めて見る非オタク向け映画評としては、自分が書くよりウィークエンドシャッフル宇多丸細田対談が決定版な気がしてきたので起こし中。ただ自分の起こし性能の悪さを忘れていて泣きそう。できたら増田にUpします。

2009-08-06

http://anond.hatelabo.jp/20090806142550

一致してないのはおかしくないんだって。

元増田SMとかスカトロAV見てる奴はみんな実践してるとでも思ってるクチか?

リアル経験を積もうよ。

腐女子BLを通して百合好きになる→ビアンに転じるということなのでしょうか?

まさか、これをこじつけたいがためにおかしな話に持ってってるのか!?

苦しいなぁ。

ないから!(笑)

2009-07-23

http://anond.hatelabo.jp/20090723233729

基本スペック自体大分違うと思うけど。不細工で貧乏で友達もいない俺のような人間もいればその逆もいるのが世の中。はっきり言ってそういう思い込みは現実逃避だよ。なんだかんだいって情報弱者なら経済弱者にもなる。敵学歴なら低収入になる。100%なるわけじゃないとかいって相関関係を否定するのはこじつけなんだよ。

2009-07-22

http://anond.hatelabo.jp/20090722221655

>・GDPの半分は財政支出による借金借金をしないと日本経済規模はカナダと同程度。世界第2の経済大国なんて大嘘

財政赤字はGDP比数%で50%には遠く及ばない。ソースだあんならすぐ出せ。後ほかの国も財政赤字はあるわけで日本だけやってるわけでもない。

>・日本の直間接税は既に40%を超えてて実は先進国のなかでもっとも高い。五公五民の江戸時代並みw

日本の税負担率は先進国最低水準。直間比率≠国民負担率。

>・利権保護された電気・ガス・水道などの料金も世界一高い。天下り役人に二重三重搾取されている

停電とかはほかの国より少ないし水も衛生的なので当たり前。

>・税収の全てが公務員給与に消える

年金医療公共事業もある。妄想膨らませすぎ。国税収入地方公務員国家公務員の総人件費が同じだからこじつけてるんだろう。

>・その上毎年20兆円もの金が天下り先の維持に使われているので、税金だけでは足りず国民借金してまで役人に貢がされている奴隷状態

天下り先に流れてる金のすべてが役人賃金になってるわけではない。

>・実は自民党より民主党の方が選挙で得票数が多い。民意を無視して自民党政権の座に居座り続けている。

もうすぐ政権交代するだろ。

>・ノーパンしゃぶしゃぶ天下り官僚日銀総裁

それは前の総裁

>・毎年30兆円ものアメリカ国債を買わされてる。しかも絶対に売る事はできない約束

今もってる量が100兆円。毎年そんなに買ってたら日本が全部買い占めてることになる。2004年ごろ一年で30兆円買ったことがあるだけ。それ以来介入してない。

2009-07-09

http://anond.hatelabo.jp/20090709015929

その二人組の芸人は、「タオル」の際の回答のフリップに「ぬれる」と一言だけ書いてたんだよね。

それを司会の爆笑問題が「何だそれ?」と突っ込み、二人がしどろもどろになりながら「いやほら、この辺を押すと水がジュワーって・・・」と下手くそなジェスチャーでこじつけてたんだわ。だから「団扇」の正解が流れた時に「あれ?」と思ったわけ。

その後、誰も回答出来なかった「鮫」をドンピシャで当ててるから、とても奇妙に思ったんだ。

2009-06-29

Ⅱ、物語の面白さについて (須江岳史)

http://anond.hatelabo.jp/20090629223650の続き

Ⅱ、物語の面白さについて

1、はじまり

 小説とは、物語を読者に伝えるために文字で書かれた文章だ。書き手が小説を書く動機はおそらく大きく分けて四種類あるだろう。物語の面白さを伝えたいという動機、物語という糖衣に包んで何らかのテーマを伝えたいという動機、物語を伝えるための表現方法の工夫を見てもらいたいという動機、小説を書くことによりカネや名誉を得たいという動機だ。テーマを伝えるためにはそれを包むための物語が必要だし、表現方法を見せるためにも、表現される物語が必要になる。そして、面白い物語でなければカネや名誉を得ることは出来ない。

 物語そのものの作り方については、特に語る必要はないだろう。これを読んでいる方の大多数は日本で生まれ育ち、テレビという媒体によって物語構造経験的に知っているはずだ。

 物語にはどのような面白さがあるかについて見ていこう。

2、生理的なものに関する面白さ 


以下の広告文を見て欲しい。これらはダ・ヴィンチ2006年5月号から採取した。

削除

これらの広告文から想像できる物語は、結構面白そうだと思えないだろうか。少なくとも、本屋でこういった文面が目に飛び込んできたら、手に取りたくはならないだろうか。むしろ、そういう小説が面白いからこそ、こういう広告文をライタ―は考えるのだ。「暴力や性などのように、人間生理的なものに根ざしているものが面白いのだ」、とキンチュという学者も1980年に言ったらしい。生理的なものに根ざしているということは、きっと「すごくトイレに行きたい!」というような話も面白い部類にはいるのだろう。それを確かめるためにもとの文献に当たろうと思った。Poeticsという雑誌の9号にその論文が載っているらしいのだが、しょっぱい図書館には7号までしか置いていなかった。だから上の括弧内の言葉は、孫引きだ。本当はやっちゃいけない。

生死や性と言うとハリウッド映画のようなバタバタと煩い小説が思い浮かぶかもしれないが、静かな小説だってこの面白さを持つ。重松清の『舞姫通信』はアクションシ―ンなんて全くない静かな小説だけれども、主人公の周りでは自殺がたくさん起こる。市川拓司作品群だって恋愛ヒロインの死が物語の主軸となっている。

3、不安の解消による面白さ 


 物語は大体、始まりに主人公にとって悪いことがあって、それが改善されることで終わる。内田の言う〈欠損―補充〉の物語構造といっても良い。こういった〈欠損―補充〉の構造を持った物語は、主人公の感情を推測しやすかったり後々に読者が内容を思い出しやすかったりするらしい。これについてはいろんな人がいろんなことを言ってる。「物語葛藤から生まれる」、「物語は欠如から生まれる」、「物語は主人公の目的意識から生まれる」等々。だからこれ以上、このことについては触れない。

4、どんでん返し


どんでん返しと言ったら、『……だと思いこんでいたにもかかわらず、実は……だったぁ!!』という、物語クライマックスで頻発する奇怪な現象だ。歴史は古く、2300年以上も前に、アリストテレースがこれについてゴチャゴチャ言ってる。

基本的には、『主人公は目的達成に関わるものが或るものだと仮定して行動する。その仮定が正しくなかったことを知るや否や、知る前にとった行動が本来の意味とは別の意味を持ってしまう』というものだ。そうじゃないのも沢山あるけど。

 作り方は簡単。

ⅰ)主人公はaという存在(人でも物でも良い)を求めている。

ⅱ)aと共通項を持つαを発見し、αに対して何らかのアプロ―チを取る。

ⅲ)αは、あたかもaであるかのような反応を示す。

ⅳ)何らかの要因(約束を守るとか破るとか色々)によってαがaでないことに気づく。

ⅴ)それまでの主人公の行動が本来の意味とは別の意味を持ってしまう。


 ⅰからⅴのaとかαに好きな言葉を入れれば、即席でどんでん返しを作ることが出来る。

 市川拓司の『いま、会いにゆきます』を例にとってみよう。

ⅰ)主人公の巧は、死後の世界からもどって来る妻、澪を待っている。

ⅱ)ある日、工場跡で、巧は記憶を失った澪を見つける。彼女過去の思い出を話したり彼女と愛しあったりする。

ⅲ)澪は、生前の彼女がそうであったように巧のことを愛してくれる。

ⅳ)澪が再び消えた後、彼女が残した手紙によって、巧は澪が蘇ったのではなく過去からタイムスリップしてきたのだと知る。

ⅴ)それによって二人が愛しあったことの意味合いが少々変わってくる。


 一見とても複雑で、私のような凡夫には到底思いつくことが出来ない、と思われる人もいるかもしれないが、そんなことはない。「実はタイムスリップだった」というところを思考の出発点にして、「戻ってきたと思ったら、実はタイムスリップだった」、「妻が戻ってきたと思ったら、実はタイムスリップだった」、「死んだ妻が戻ってきたと思ったら、実はタイムスリップだった」とアイディアを広げていき、そしてそのアイディアを盛り込むのに相応しい物語の全体像を考えてやれば良い。

5、ズレ 


 読者の持っている常識または読者の予想からズレのある状況を描くことで、読者の気をひきつけることができる。シャンクの言う「スキ―マに一致する期待を破ったり逸脱する場合」の面白さになるのだろう。

期待を破るという点では、どんでん返しも同じである。どんでん返しはズレの中の一つと僕は考える。

 ズレは『……にもかかわらず……』の形で表される。『にもかかわらず』の前の言葉が、読者に或る事象や状況を想像させる。『にもかかわらず』の後の言葉が、想像した事象や状況とはズレた事象や状況を表す。

 いくつか例を挙げよう。

①、能力がないにもかかわらず、行為を行なう。

 例:武器を持っていないにもかかわらず、敵に挑む。

②、立場がふさわしくないにもかかわらず行為を行なう。

 例:医師免許を持っていないにもかかわらず、手術を行う。

③、不本意であるにもかかわらず、止むを得ない理由により或る行為を行なう。

 例:仲間を助けたいが、地球未来のために見殺しにする。

④、以前はpであったにもかかわらず、今はqである。

 例:以前は暴力団員であったにもかかわらず今は警官である。

⑤、本来はpのために存在するにもかかわらず、qとして利用する。

 例:ボブ・ディランの曲を流すラジカセをコインロッカ―の中に放置する。

 ①~③は人物の行動に関連したもの、④、⑤はものの存在に関連したものだ。飽くまで例を挙げただけで、全てのズレを網羅しているわけではない。

 ズレで注意しなければいけないのが、あまりにもズレが大きすぎると読者が小説についていけなくなったり、期待を裏切られた衝撃で読むことを止めてしまう危険があることである。読者がそのようなことを起こすことのないよう、ズレが起こる前にある程度読者にズレを予想をさせて、ズレを少なくしなければならない。

 ①・②のズレを少なくする方法の一つとして、それを行う登場人物に前もって「或る状況に陥ったとき、この行動をとる」と宣言させれば良い。そもそも我々が暮らしている現実世界においても、能力や立場が行動を実行に移す足かせになっても、動機さえあれば動き出すことがある。①・②のズレは、ズレが大きくなりすぎるようなことが少ない。

 ③のズレを無理なく(読者が拒絶することない程度に)作るには、或る目的を成し遂げるためには無理にでも何かをやらなければならない状況を主人公に与えればよいのではないだろうか。

 例えば、三谷幸喜監督の『有頂天ホテル』であれば、主人公が別れた妻に良い恰好をするために自分が受賞したわけでもない賞の受賞コメントをする。

 ④の場合は、状況が大きく変わるための理由付けをしてやれば良い。その最も簡単な方法は約束をすることである。状況が悪いほうに転じる場合には約束を破れば良いし、逆に好転する場合には、約束を守っていれば良い。

 ⑤について考える。例えば「aをbに~する」というようなズレのある状況を作りたい。そのときには、

ⅰ)aを元として含む集合Aもしくはbを元として含む集合Bを提示する。もしくは、aは集合Aに元として含まれることやbは集合Bに元として含まれることをこじつける。

ⅱ)「Aをbに~する」、「aをBに~する」、「AをBに~する」のいずれかを物語の中で提示する。但し、宣言された行為にはズレはない。

ⅰとⅱを任意の順番で行ったうえで「aをbに~する」というような行為を行えば自然ではないだろうか。

伊坂幸太郎の「アヒルと鴨のコインロッカ―」を例に採ろう。この小説では、終盤でドルジという登場人物がボブ・ディランの曲を流したままのラジカセをコインロッカ―の中に放置するという、常識的にあまり考えられない行動をする。しかしそれは「善いことも悪いことも、やったことは全部自分に戻ってくる」と言うドルジに対してドルジ恋人である琴美が「それならさ、神様には見て見ぬふりをしてもらえばいいって。緊急事態だから。神様にはどこか見えない場所に閉じこもってもらえばさ」と言い、また、別の場面ではドルジの友人の河崎がディランの歌について「あれが神様の声だ」と言ったからだ。

6、伏線とその回収

小説の序盤や中盤にあった状況や事象を小説の終盤に再び置くことで読者に一種知的発見をさせ、はっと驚かせる効果がある。これも、いくつか例を挙げよう。

⑥、約束―報い

 順境から逆境、または逆境から順境と言ったような状況の大きな変化に用いられる。報いが起こる以前に行われた約束を守っていた(破っていた)ことが原因となって、主人公の立場が大きく変わってしまう。

 例えば、綿谷りさの『インスト―ル』であれば、主人公はネット上の文字のやり取りでは「自分キャラクター化している傾向が強い」ような人は「しょっぱなからH会話をしたら憤慨してしまう」ため、そのような人とはそのような会話をしないように誓うが、結局そのような会話をしてしまい、会話の相手を憤慨させてしまい、窮地に立たされる。④のズレを作るのにも使うことが出来る。

⑦、状況→反応A―状況→反応B

 物語の序盤や中盤に立たされた状況に、物語の終盤で再び立たされる。序盤や中盤で採った行動と異なった行動を、終盤で採る。主人公の成長を表すのに使われる。

 例えば乙一の『しあわせは子猫のかたち』であれば、主人公は物語の序盤と終盤で同じ一人暮らしという状況に立たされるが、序盤では「陽の光は嫌いなのでカ―テンを閉め」たが、同居することになった雪村サキとのふれあいを通じて終盤では自発的に「カ―テンを開き、窓をあけて風を入れ」るようになる。④のズレを作るのに使うことが出来る。

⑧、意味づけ―再現

 ある現象・行為に対して意味づけをし、それが物語終盤で再現される。

 例えば伊坂幸太郎の『陽気なギャングが地球を回す』では、「人生を楽しんでいる人が寄っていくと赤ん坊が泣き止む」と、登場人物たちが冗談で言う。小説の最後で主人公達が銀行強盗に入ったとき、赤ん坊が泣き止む。⑤のタイプのズレを、⑧の伏線タイプに含むことが出来るだろう。

⑨、事象/状況―事象/状況

 物語序盤で現れた事象/状況が物語終盤でリフレインさせることにより、はっと驚かせる。

 伊坂幸太郎の『重力ピエロ』は、最初の行と最後の行が「春が二階から落ちてきた。」となっている。

 伏線は悲壮感の軽減するのとズレを少なくするために使える。

『しあわせは子猫のかたち』であれば主人公の成長により雪村サキが消えた悲壮感が軽減されるし、伊坂幸太郎の『アヒルと鴨のコインロッカー』であれば、ドルジが辛い過去を語った後でレッサーパンダ盗む子供たちが再び表れ、場面が明るい印象になる。

約束意味づけはそれ自体がズレのある状況の理由となるため、ズレた状況の蓋然性が増す。

7、仮想物語

 素晴らしい小説に出会えたとき、人はその後の展開を想像し、読み終わった後も空想の中でふわふわと浮かんでいるような感覚を味わえるものだ。もしかすると、逆をとって、そのような小説は素晴らしい小説だといえるんじゃないだろうか(『逆は必ずしも真ならず』ってのは知ってるけれども)。

想像というのは一般に、確定していないことを想像する場合と、すでに確定した状態についての反実仮想とがある。物語の中での前者の確定していないことを想像する場合は、未だ語られていないこと、たとえば登場人物の未来や知られざる過去などを想像する。後者のすでに確定した状態についての反実仮想は、過去において登場人物がとった行動をもしとらなければ物語がどう展開していたかを想像するというものである。

 物語における想像の主体は読者と登場人物である。読者が自発的に想像する場合と、登場人物がした想像を読者が受け取る場合とがある。

〈自発―未確定〉

〈自発―反実仮想〉

〈受容―未確定〉

〈受容―反実仮想〉

の四つに分けられる。本当は想像を提供するのは登場人物の他にも物語の語り手も含まれるのだが、語り手が読者に意見押し付けるような小説最近の主流ではないのでここでは無視する。

読者が自発的にが想像をするときには、ある程度の制約が必要である。たとえば舞台の上に割り箸が一膳転がっていても漠然としていて想像仕様がないが、舞台袖から現れたコメディアンがそれを拾い上げると、何か芸をするのだと想像ができる。読者が自発的に想像する場合は、制約を使う。物語世界を飛び出して現実世界想像を膨らませる場合もある。

 登場人物の想像を受け取る場合は、制約は必要ない。登場人物が発想したことを、読者が自分の考えとして取り入れたりありえないものとして棄却したりする。すでに読者にとっては確定した内容について、そうとは知らず登場人物が想像を巡らす場合もある。

⑩、〈自発―未確定〉

 このパターンの場合の制約は読者の持つ物語の鋳型である。読者の持っている物語の鋳型と今読んでいる小説の文から与えられた情報から、今後の展開を予想するのだ。想像によって複数の物語が出来上がってワクワクする。

 一般的に読者は、登場人物が道徳とか願望とか義務とか知識とかの欠損を埋めるという物語の鋳型を持つ。登場人物の悪事は罰せられ、道徳の範囲内で主人公の願望は叶えられるように物語は動き、願望を果たす範囲内で義務は遂行され、ミステリーの場合は犯人は誰であるかという知識の欠落が結末までに必ず解決されるものと予想する。

 読書経験によっても物語の鋳型は作られる。連作物の場合、最終回でないにもかかわらず最終的な目的成就されることは無いし、週刊少年ジャンプに載っている漫画の場合、恋愛成就するような展開はなかなかありえないだろうし、花とゆめで連載されている漫画の場合であれば逆に恋愛が絡まない話の方が難しいだろう。

 主人公に選択肢が与えられたときも、選択肢という制約によって想像が発生する。ただ、物語の鋳型によって実現の可能性がないものとみなされ、想像から棄却されるような選択肢はあまり有効ではない。だが、ありえないとみなされる選択肢は反実仮想としての面白さになるため、選択肢が全くないよりは実現の可能性の少ない選択肢でもあったほうが物語の面白さは高い。

⑪、〈自発―反実仮想〉

 過去において提示された選択肢について、もしあの選択肢を選んでいれば主人公は別の状況に立たされていたのに、という想像を読者は巡らす。面白さに及ぼす効果は⑬と似通っている。ただ⑬とは違い、登場人物がそれについて想像言及をしない場合である。

 O・ヘンリの『賢者の贈り物』を見てみよう。デラは髪の毛を売るか売らないかという選択に立たされる。夫が髪飾りを買ってくれるが、デラは髪を売ってしまったため、その髪飾りを使うことができない。過去における選択肢という制約により、髪の毛を切らなかった状況を読者は想像できるのだ。

⑫、〈受容―未確定〉

 登場人物が自分の計画・推測・願望を語り、それが実現するかしないかを読者が想像する。複数の人物が自分の計画・推測・願望を語る場合、それ選択肢の形になり、読者はそのうちの全部か一部を採択するか、どれも採択しないかを選ぶ。⑩の場合との違いは、⑩の場合は読者の能力によって想像の幅が決まるのに対して、⑫の場合であると登場人物の側から想像を提供することである。

 アレックスシアラーの『13ヵ月と13週と13日と満月の夜』の主人公は、友人のメレディスが祖母を虐待しているのではと想像し、読者はそれを信じたり信じなかったりする。

⑬、〈受容―反実仮想〉

 過去において提示された選択肢について、もしあの選択肢を選んでいれば登場人物は別の状況に立たされていたのに、という想像を作中の人物が巡らし、それが読者に採りいれられたり取り入れられなかったりする。

 東野圭吾の『手紙』はこの連続だ。主人公の兄が金を盗み取るという行動を採択したために、主人公はメジャーデビューするバンドボーカルになる機会や逆玉に乗るチャンスを失ってしまう。後々になって、そのことについて主人公の周りの登場人物がそのことについて言及し、現実にならなかった状況を想像する。

⑭、登場人物による誤った想像

 登場人物が事実とは異なる想像をすることで、事実想像のズレを生み出すことが出来る。

 森絵都永遠の出口』では、主人公の母親が主人公の振る舞いについて相談する手紙の内容が、主人公の思惑と全く噛み合わず、面白さを生む。

⑮、現実世界についての想像

 登場人物が死後の世界についてとか、この世の成り立ちとか、この世界が本当はどうなっているかとかについてを説明し、読者はそれが本当かどうかと空想をめぐらせる。死んだあと人間はア―カブイ星に行くとか、この世の最強の動物はクマであるとか、この世界は三年前に一人の少女によって作られたとかの、登場人物による様々なアイディアを、読者は採択したり棄却したり別のアイディアを考えたりして楽しむ。もし現実に、物語の中の状況に自分が立たされたらと想像する読者もいる。

⑩・⑫は先を予想する面白さ、⑪、⑬、⑭、⑮は今読んでいるペ―ジの面白さと言える。

⑩・⑫は、物語の展開によっては「……と予想していたにもかかわらず、本当は……という展開だった」というズレに使える。週刊少年ジャンプギャグマンガの登場人物には普通、まともな恋人ができるわけがない。ラブレターを渡されると思ったら茶封筒に入ったただの手紙だったり、恋人になった人が広末涼子に似たとても可愛らしい女性だと思ったら実際はマウンテンゴリラだったりするのがギャグマンガの常だ。そういった鋳型を破壊したとき、読者の予想を裏切った面白さが生まれる。

森絵都小説の会話が、まさに予想を裏切りによる面白さ(例えば、愛の告白をするのかと思ったら、突然晩御飯のメニューを訊いたりする)を持っていると思うのだが、それはまた別の話。

8、まとめ

 

 以上でまとめた面白さはそれぞれ完全に独立したものではなく、複数にタイプに跨って存在している。どんでん返しはズレの範疇に入るし、反実仮想や登場人物による誤った想像もまたズレに入れられる。不安の解消による面白さは、それが成し遂げられる以前(物語の序盤や中盤)では、解消されるという予想として存在する。だが本稿では、それぞれの面白さを二、三の大きな分類に還元することよりも、思考のツールとして使いやすい程度に細分化することを目指した。

 以上で述べてきた物語の面白さに関するツールが実際に役に立つかや他にどのようなツールがあるのかを検討するべきなのだろうが、あとは知らないです。ここまで読んだ人は、本当にとてつもなくえらい。えらすぎです。

 この書きなぐりの文章を鵜呑みにせずに、否定するべきところは否定して、無視するべきところは無視して(そうすると、この文章に書いたことは何も残らないかもしれない)、自分なりのスタイル確立してください。

ここに書かれていることは正しいことではなくて、僕が話を書く上で寄りかかっている杖に過ぎません。くじいた足を引きずりながら歩いていたら、運よく見つけた棒が、ここに書かれている方法です。それが、折れやすい棒なのか頑丈な棒なのかは、僕自身にもわかっていません。

 「阿呆なことを妄想している暇があるなら原稿千枚書いて来い若造」のような感想を抱く方もいると思います。それは当然のことで、文学者でもない、文学部でもない、当時ただの経済学科生が色々な本を読みながら、自分なりのスタイルを掴むために書いたものです(今現在自分は、これとは少し違う方法で話を書いています)。

 そのような感想を抱くということは、言語化できる根拠があるはずなので、是非、それを文字にしてみんなに見せてください。それが、必ず小説未来に繋がります。

2009-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20090612170305

生きてることの意味は、一人で生きてても見つけることはできないんだよね。

生きてることの意味は、人とのつながりの中で見いだすことができると思うよ。

でもまぁつきつめちゃうと生きてることに本質的には意味なんて無くて、

生きてる意味がほしいなら、自分が生きている意味はこれだ、と

自分こじつけでも何でもいいから決めちゃうしかないんだよね。

生きていることの意味は、どっかに落ちてる物でも、誰かがくれる物でもないよ。

たぶん。

2009-05-26

ブーケトスの件

本人に了承もなく、名前呼ばれて前に出されるなんて、聞いた事もなかった。

自分が出たことがあるのは2種類

キャッキャウフフ婚活女+ナニヨ欲しいモンは欲しいのよ!って既婚女性が我もと前へ(既婚、未婚共、”ノリ参加”苦手な人は参加しない)

・事前に根回し、受け取る人が当人同士で決まってる

当該エントリ女性には同情するけど、性格悪いorKYな知人がいるだけでブーケトス=人権侵害ってのは無理矢理なこじつけだし

そもそも、「祝ってあげたいだけなのに」なんて性善説はイマドキ無理。

結婚式って、主役の憂さ晴らしな虐め空間になってる事だってある。

怖ぇよ、結婚式

http://anond.hatelabo.jp/20090526095409

2009-05-15

iPhoneDSタッチパネルから考える設計思想の違いと市場の行方

両者がどこまで自覚的かは分からないし、単なる私のこじつけなのかも知れないという説明を言い訳として。

iPhoneタッチパネルは指で操作するのを想定している。DSの場合は、タッチペン使用するのを想定している。

タッチパネルの実現方法が違うらしいが)

しかし、同じタッチパネルという方法論を使用しながらも、コンセプトは真逆ではないだろうか。

片や、指で直接動かすというダイレクトな操作法、片や、タッチペンでチクチク精密に操作する方法。

このハードのコンセプトの違いは、アプリケーションにも現れていて、iPhoneは、気楽におおらかな気持ちで楽しむアプリが多い。そもそも、プロアマの境界が曖昧で、大量の独立した制作者が作った大量の安価アプリの中では一発のアイディア性やネタ性が重視される。ヒットアプリシンプルなものが多い。DSの場合は、”A列車で行こうDS”が話題になっているように、DSと(PCゲームから発祥した)経営ゲームの相性の良さを見直されつつある。また、日本では、あまり洋ゲーは売れないとされているが、EAの”シムシティDS”は小ヒットした。

マスコミはいつもの通り、”ゲーム機iPhone」大ヒット 近い将来「DS」「PSP」抜く?”の様な記事で煽っているが、実際はどうなんだろうか?iPhone/iPod Touch陣営が、ハード価格を下げて、同じような価格帯になった場合だ。少し思い出すのが、特にアジア圏で、それほど作り込んでないソフトでも安価ゲームがヒットしていて、高価な日本ゲームシェアがそれほど高くないという話。iPhone/iPod Touch陣営が有利なような気もしてくる。

ただ、iPhone/iPod Touch陣営の一極集中もまた無いのではないか。簡単に言えば、「iPhoneで、ゲーマーがやり込めるようなゲームがあるのか?」という話だ。iPhone/iPod Touch陣営は、アップル設計したインターフェースアプリ市場の問題でゲーマーがやり込めるようなゲームが”構造上”作れないのではないか。iPhone/iPod Touchが急速に普及した場合、日本市場で起こったように、ライトユーザー層から、ゲーマー層への市場の揺り戻しが起こるのではないか。

・・・もっとも、日本で、ケータイアプリ(これも精密な操作には向いてないハード設計アプリ)と携帯ゲームマシンゲームが共存しているように、お互いが共存し合うというのが一番ありそうで、堅実で面白くない結論か。しかし、PSP2はどういう戦略を採るのか?6月初めのE3楽しみだ。

・・・ゲハでやれ?失礼しました。

2009-05-09

「全体最適はナチ」とか言ってる前に嫌韓流を本気でDisれよ

はてサ偽善者どもに告ぐ。

お前らは、福耳氏やJSF氏や玄倉川氏など、次々に気にくわない人間因縁をつけて恫喝するというチンピラまがいのことをやっていて、そのくせ自分たちは人権平和を愛する良識の闘士たちであるつもりらしい。

よろしい。そう思いたければそう思って結構だ。迷惑をかけられた側はいい面の皮だが、百万歩譲ってこれもお前らの正義感が多少行き過ぎた上での若気の至りだと思ってやることにしよう。

だが、それならばお前らは当然、もっと明白な不正義に対して声を上げるべきはずなんだが、それをちゃんとやっているのか甚だ疑問だ。

たとえば、「嫌韓流4」とかいうのが性懲りもなく最近出版されたが、お前らなんで何も言わんのだ?目次を抜粋するぞ。

◆第1話在日韓国人の“日本侵略”」在日の“日本乗っ取り”はすでに最終段階

◆第2話「強制連行神話の最期」「特権」と「金」を引き出す詐欺の小道具

◆第3話「“朝鮮進駐軍”と日本戦後史」日本中で暴れ回った“戦勝国民”朝鮮人の大罪

◆第4話「コリア・タウンと在日利権在日集落現在と不法占拠問題

◆第5話「永遠に日本に居座る在日」「特別永住資格」という「在日特権

◆第6話「暴かれた『在日特権』」特権待遇を詐取する自称“聖なる被害者

◆第7話「外国人参政権人権擁護法日本を滅ぼす「政治介入」と「言論弾圧」の武器

◆第8話「“性犯罪大国”韓国」“強姦民族”の起源と哀しき属国

◆第9話「日本人が知らない世界嫌韓流」“醜い韓国人”を蔓延らせた日本の罪と責任

◆第10話「在日全員送還への道」「在日問題」の最終的解決とは

http://www.shinyusha.co.jp/kenkanryu/contents.htm

これほどわかりやすい「ナチ」があるか?全体最適よりよっぽどナチだろうが。歴史捏造した上で相手の民族性を疑似科学に基づいて貶め、そして「追放」を「最終的解決」として叫ぶ。こいつらは明らかにナチ意図的に踏襲している。

これこそお前らの敵じゃないのか。こういうカスを粉砕するためにこそお前らは知識を溜め込み、理屈を捏ねくり回し、無辜の一般人を相手に試し斬りを繰り返して来たんじゃないのか。

そういうわかりやすい敵に対して、お前らはなんで沈黙を貫いてるんだよ?

こんなチンカスどもに対して、具体的な行動もできないのか。いつものお得意のネットクダ巻きすらできないのか。

いい加減にしろよはてサども。

お前らはこういうカスどもをDisるためにネットで沸き上がってるんじゃないのか。

こういうカスどもすらまともに「粉砕」できずに、お前ら存在意義あるのか?

インテリを自認するなら、さっさと自分たちが酷使様の裏返しでないことを行動で証明してみやがれ。

おっと、「そういうお前は何をしたんだ」とか言って話題逸らすなよ。俺は個人の次元ではそれなりに何らかの行動を取っているが、それをお前らに報告して検証してもらう義務などない。あくまで俺ははてサブクマその他で人格攻撃を受けた一被害者として、お前らを許せるに値するかどうかそれを見極めようとしている。

もしここでお前らが再度俺の人格攻撃に走るなら、単にお前らが軽蔑にしか値しないカスどもであることが証明されるだけなのであしからず思っておけよ。

追記

b:id:letterdust それって「ナチ」なのか?人種差別は良くないし見たらDISるけど、「ナチ」と呼ぶのは言葉の使い方が自由すぎないか?

あれだけ偉そうに説教してくれた人がこれだけ「国語の成績が悪い」とはね。説明を加えた挙げ句「最終的解決」とわざわざキーワードまで強調してやったのに。「ユダヤ人問題の最終的解決」をググレカス。その程度のこともわからずに「トリアージホロコースト」呼ばわりしてたのかよ。

b:id:buyobuyo 「気に食わない人間」のリストに俺が入っていないところがお前の党派性をあらわしているように思うがどうか?

はてサの「気に食わない人間」のリストに、どうしてはてサそのものであるお前が入ると考えるのだ。それがまずおかしいだろう。

b:id:gokinozaurusu 逆にまだ話し合える対象だから、だと思ってるんじゃないのかな。じゃなくて嫌韓流と地続きだと思ってたら絶望する。

ここではid:gokinozaurusuではなく、「逆にまだ話し合える対象だから、だと思ってる」に星をつけてるid:PledgeCrewに文句がある。お前はトリアージの一件で散々id:fuku33やid:Sokalianの言うことを聞かずに愚弄の限りを尽くした癖に、自分が批判されるとそうやって日和るのか。ふざけるな。だったら普段お仲間たちと「ハシズム」だのなんだのと言って噴き上がってるのは何なのだ。橋下は「話し合える対象」かそうじゃないのかどっちなんだ。

そもそも、「ナチ知識人馬鹿にして無視していたら気がついたら権力握っていた」だののご高説垂れながら「在特会」を攻撃して遊んでるのはどこの誰なんだよ。お前らのそういう態度が、お前らの「在特会」批判が真剣でなかったことを暴露してるんだよ。

b:id:Cuz-orz 人権 別段サヨクではないけど、それはナチというか…歴史修正主義嫌韓流全体最適とは違うような。そして結構disられてると思う

いや、「全体最適」じゃなくて「ナチ」が問題なんですけど。ナチでも何でもない「全体最適」をナチこじつけ罵倒するのなら、どうして意識的にナチを模倣した「嫌韓流」にはなにもしないのだということですよ。

2009-05-06

http://anond.hatelabo.jp/20090505230306

同じ位の年の女子だけど、その友人の非常識さが信じられない。

その選択をしたのは自分だし、元増田がデキ婚という選択を選ぶのを邪魔する権利はないでしょ?

なんてガキなんだろう。

私の周りにだって同じ体験をしている子はいるけれど、

正直その思い出は一生付きまとっていくだろうけど、それを超えなきゃそのお友達だって幸せにならないし、

幸せになるためには彼女自身が頑張ればいいこと。

頑張るだけのパワーが無いから、勝手こじつけて嫉妬して元増田に当たるのなんてお門違い。

私の周りの同じ経験してる子は、自分自身の力で這い上がって今幸せに静かに研究員やりながら暮らしてるよ。

本当に幸せそうだよ。

元増田の友達はカミングアウトした私ってかわいそうとか思ってそう。

そこで思考が停止したまま十年近く経ってそう。


もう頭の中が20代で固定されて成長できないかわいそうなタイプだから

自分に対する影響も考えて仲良くするのはやめたら?増田に書くくらいなんだし。

あと、やっぱりこの年齢でデキ婚は,出来なきゃ結婚出来なかった風情が漂って

ちょっと悲しいものがあるからお勧めしない。

こき下ろしたけど、お友達がそんな辛かった時期の事を少しでも忘れて幸せになれるといいね。

2009-04-29

http://anond.hatelabo.jp/20090429071011

選挙中に何か災害があるのは豚流感に限ったことでもない。そんなことでいちいち民主批判するのはこじつけだろ。

2009-04-26

http://anond.hatelabo.jp/20090426203729

まーねぇ。

ごく単純化して言ってしまえば、甘やかされた子どもが、独善的な正義の味方ごっこ

をして悦に入ってるようなもんだからね。子どもならまだ可愛いんだけどさ。

いい年した大人が、幼稚で肥大しきったエゴ自意識でぱんぱんに膨れ上がって、自らを

無条件に「正義の側」にしてくれるアイテム(いわく、左翼思想反戦思想フェミニズム

その他諸々)を独りよがりに振りまわすことに必死な図、そしてその歪な論理で「正義の側」

に立って他人を罵倒することを思う存分楽しむ図、というのは、ぶっちゃけ滑稽なだけ

なんだけれども、当の本人だけはそのことに気がつけないんだろうねぇ。

そんなんだから、自分にもなにか非があってそれを指摘されたり批判されると過剰反応して

逆切れすんだろね。ま、切れる体裁はなにか適当理屈こじつけるだろうけど、根っこに

あるのは「この私が問答無用正義なんだから私の言動はすべて正当化される。おまえら逆らうな」

「こちとら「正義」の言説を一席ぶっていい気分(ここ重要)なんだから水さすんじゃねーよ」ぐらいが

いいとこだろうね。

2009-04-02

http://anond.hatelabo.jp/20090402180359

それはわかってるんだけど。

言葉暴力をいつも振るっているという解釈自体が

悪意のあるこじつけだと思わないんですか…。

2009-03-31

[2009.3.29]

 ゲームについて。

 ロジェ・カイヨワの分類によると、遊びは、競争偶然、模倣、めまいの4つの要素に分類できるという事になっている。

 RPGを無理やりこじつけると、勇者になるという模倣、モンスターとの遭遇に偶然、他のプレイヤーモンスターに勝つという点に競争魔法等の画面効果にめまい、として説明できる。

 だが、それらの四要素があれば良いのかというと、実は、そこにもう一つ、楽しいという要素が加わる。競争に勝つ、偶然が続いて幸運を感じる、模倣がうまくいって予想通りの結果になる、派手な画面表現で驚くといった事は、それぞれ、楽しい事であろう。しかし、それらには、慣れが発生するという欠点がある。

 慣れてしまったら、それは、楽しい事ではなく、単なる操作の結果の反応でしかなくなってしまう。

 常に新しい刺激を提供していかないと、陳腐化するということである。

 人間には忘却という能力が備わっているので、時間がたてば、懐かしいという理由で、一時的な需要を発生させる事は不可能ではないし、常に新しい消費者誕生しているという点から、毎年の新生児数を基準にした新規ユーザーの獲得は、やり方によっては不可能ではない。しかし、それらの需要は、いわゆるロングテールによってカバーされる需要であって、生産コストを短期間で回収して次の作品に備えるという自転車操業には、適していない。

 自転車操業にならざるを得ないのは、パッケージソフトでは必然であるし、オンラインゲームにおいても、プレイ実績を能力値に反映すると、ユーザー階層が発生し、上の階層ばかりを対象としたイベントを作らなければならなくなり、新規加入者が疎外感を感じるようになり、新しい顧客を掘り起こすには、新しいゲームスタートさせなければならないとなる。パッケージソフトと同様の消耗が発生するのである。パッケージビジネス時代のゲームを売るというスタイルから離れない限り、自転車操業は変わらない。

 RPG世界におけるプレイヤー能力値は、現実世界通貨と同様に考えられる。貧富の格差が大きいと、ゲーム世界においても、運営が行き詰まるのである。キャラクターを殺してステータスを失うように仕向けると、キャラクターを再び育てるという所にモチベーションを持たせる事が難しい。同じ事をまた繰り返さなければならないのでは、新しいゲームへと移動してしまうことになる。

 月額利用料課金等の場合には、毎月の料金が安い分、長期間にわたってプレイしてもらわないと、コストを回収できない。8000円のゲームディスクと同じ売り上げを確保するには、月額500円ならば16ヶ月。1000円ならば8ヶ月間はプレイしてもらわなければならない。それだけの期間、ユーザーの興味を引っ張り続けるのは、大変難しい。海賊版対策をしなくて良いというメリットはあるが、海賊版対策に注ぎ込む人的資源を、ユーザーの興味を引っ張り続ける為に投入しなければならない。

 競争という要素を省き、偶然と模倣とめまいという三要素だけの娯楽として定義を行うと、ゲームである必然性がなくなる。匿名掲示板では、自分ではない匿名の誰かになれるから模倣は成立するし、話題に参加する事で、コミュニケーションが成立するかどうかという点で、偶然めまいは体験可能となる。ユーザー投稿型の動画サイトにおいても、同様の事は体験可能であるし、実名型のSNSにおいても、捨てメアドを作って招待するという行為を何回か繰り返して、途中のアカウントを退会させる事で、つながりを切った他人をでっち上げる事は可能であり、自作自演等で盛り上げるという手法は、不可能ではない。

 ゲームでなければならない理由が、存在しなくなってきているのである。

 ゲームは、携帯電話携帯型ゲーム機に搭載され、電車バスの中、あるいは、待ち時間といった、隙間を埋める娯楽へと向かい、パズルや反射神経だけで遊ぶモノへと先祖返りをしていると言っても過言ではない。

 家庭用の据え置き型ゲーム機は、何の為に存在するのかという答えを、作り出さなければならない状態にある。

 家庭用ゲーム機には、thinclientとしてのネットブック程度の性能は存在している。足りないのは、ハードウェアとしてはキーボードマウスソフトウェアとしては、Linuxを丸ごと載せてしまう事で、おおよその問題は解決出来る状態にある。ゲーム機家族用のパソコンとして定義しなおす事は、新しい規格のPCサーバーでっち上げる手段としても成立するのだが、家電メーカーは独自ハードで大火傷をしているから、難しいのかもしれない。

2009-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20090315071044

どうして死刑廃止教の人はこう理屈づけがおおざっぱなんだろう。

■多くの人は犯罪者が更生するなんて信じていない なぜなら「犯罪者→更生して普通の人」を認めたら、「普通の人→ちょっとした理由で犯罪者」を認める事になってしまうから。

ひどいこじつけですねw 

犯罪者に対してすぐに「極刑にしろ」』  ← そんな奴いるなら見せてくれ。そんなこと言う奴は見たことも聞いたこともないわ。

『大量殺人やらかしたり監禁して殺して刻んで下水に流したりした犯罪者死刑にしろ』

て言ってる奴しかみたことない。

何かの拍子にそんなことをする人はいない。だから

自分自分の周りの人が何かの拍子に犯罪者になるかもしれない」なんて当たり前の事(もちろん確率的に低いから普通に暮らせているけど)なのに。

こういう窃盗かせいぜい強盗程度を前提にした話は、木に竹を接ぐに等しい。

 

2009-03-10

機械の声で感動する奴は馬鹿だとかいってる奴らの言論は所詮こじつけ

じゃあ単なる矩形波とか波形メモリとかFM音源を聞いて感動してCD買ったりしてた俺たちは馬鹿だったわけ?
何であれがいいという人の気持ちがわからないの?
誰だってあれ聞いて機械だって言うのは一瞬で分かる。だからなんなの?
素直に綺麗な音だったら感動するしそうじゃなかったらダメってことだろう?


グラディウスの未使用曲も、
ダライアスの最終ボスメロディも、
ソーサリアンのオープニングとかエンディング2も、
どれも素晴らしい音であり、それは感動に値するものだったし今でもまだしみじみ聴ける良さがあるんだ。


でも単なる矩形波なんだ。もう僕は矩形波が適切な周波数ずれで重なってて適切なエンベロープで鳴るだけで綺麗な音だと認識してしまうんだ。


同じ矩形波でもアミダーとかスクランブルとかで鳴ってた奴とか
PC-6001で最初に「シンセサイザ搭載」とか言って嬉しがってplay文で鳴らしていた音なんて
当時の音楽家からすれば馬鹿にすんなというより「これは音楽じゃない」レベルだっただろう。
でもその音とダライアスの最終ボスメイン音はほぼ同じ音源のはずなんだ。
最初はクソだと思っていた音が、どこかで感動を与えてくれるものに変質する可能性があるんだ。


当然あのときにも「生楽器とかとは比べ物にならないね」とかそういう変なことを言う奴は居たけど、
そもそも違うものなんだから比べようがないだろう。

要するに今彼らが初音ミクを気に入らないのは、単純に彼らの聴いたことのある初音ミクボーカルいまいち綺麗でないからなのであり、機械の声かどうかなん関係ないのではないかと思うのだ。

つまり人間感性がおかしくなってたら、それはおかしいって言って

その流れを止める人間が必要なんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20090308183339

というわけで既にみんなおかしくなってて機械の音を平気で聴けるようになっちゃってるんで、流れを止める必要があるというのなら初音ミクが出てくるより前にやっておくべきことだったんだ。もう遅いんだよ。

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