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2009-03-31

[2009.3.29]

 ゲームについて。

 ロジェ・カイヨワの分類によると、遊びは、競争偶然、模倣、めまいの4つの要素に分類できるという事になっている。

 RPGを無理やりこじつけると、勇者になるという模倣、モンスターとの遭遇に偶然、他のプレイヤーモンスターに勝つという点に競争魔法等の画面効果にめまい、として説明できる。

 だが、それらの四要素があれば良いのかというと、実は、そこにもう一つ、楽しいという要素が加わる。競争に勝つ、偶然が続いて幸運を感じる、模倣がうまくいって予想通りの結果になる、派手な画面表現で驚くといった事は、それぞれ、楽しい事であろう。しかし、それらには、慣れが発生するという欠点がある。

 慣れてしまったら、それは、楽しい事ではなく、単なる操作の結果の反応でしかなくなってしまう。

 常に新しい刺激を提供していかないと、陳腐化するということである。

 人間には忘却という能力が備わっているので、時間がたてば、懐かしいという理由で、一時的な需要を発生させる事は不可能ではないし、常に新しい消費者誕生しているという点から、毎年の新生児数を基準にした新規ユーザーの獲得は、やり方によっては不可能ではない。しかし、それらの需要は、いわゆるロングテールによってカバーされる需要であって、生産コストを短期間で回収して次の作品に備えるという自転車操業には、適していない。

 自転車操業にならざるを得ないのは、パッケージソフトでは必然であるし、オンラインゲームにおいても、プレイ実績を能力値に反映すると、ユーザー階層が発生し、上の階層ばかりを対象としたイベントを作らなければならなくなり、新規加入者が疎外感を感じるようになり、新しい顧客を掘り起こすには、新しいゲームスタートさせなければならないとなる。パッケージソフトと同様の消耗が発生するのである。パッケージビジネス時代のゲームを売るというスタイルから離れない限り、自転車操業は変わらない。

 RPG世界におけるプレイヤー能力値は、現実世界通貨と同様に考えられる。貧富の格差が大きいと、ゲーム世界においても、運営が行き詰まるのである。キャラクターを殺してステータスを失うように仕向けると、キャラクターを再び育てるという所にモチベーションを持たせる事が難しい。同じ事をまた繰り返さなければならないのでは、新しいゲームへと移動してしまうことになる。

 月額利用料課金等の場合には、毎月の料金が安い分、長期間にわたってプレイしてもらわないと、コストを回収できない。8000円のゲームディスクと同じ売り上げを確保するには、月額500円ならば16ヶ月。1000円ならば8ヶ月間はプレイしてもらわなければならない。それだけの期間、ユーザーの興味を引っ張り続けるのは、大変難しい。海賊版対策をしなくて良いというメリットはあるが、海賊版対策に注ぎ込む人的資源を、ユーザーの興味を引っ張り続ける為に投入しなければならない。

 競争という要素を省き、偶然と模倣とめまいという三要素だけの娯楽として定義を行うと、ゲームである必然性がなくなる。匿名掲示板では、自分ではない匿名の誰かになれるから模倣は成立するし、話題に参加する事で、コミュニケーションが成立するかどうかという点で、偶然めまいは体験可能となる。ユーザー投稿型の動画サイトにおいても、同様の事は体験可能であるし、実名型のSNSにおいても、捨てメアドを作って招待するという行為を何回か繰り返して、途中のアカウントを退会させる事で、つながりを切った他人をでっち上げる事は可能であり、自作自演等で盛り上げるという手法は、不可能ではない。

 ゲームでなければならない理由が、存在しなくなってきているのである。

 ゲームは、携帯電話携帯型ゲーム機に搭載され、電車バスの中、あるいは、待ち時間といった、隙間を埋める娯楽へと向かい、パズルや反射神経だけで遊ぶモノへと先祖返りをしていると言っても過言ではない。

 家庭用の据え置き型ゲーム機は、何の為に存在するのかという答えを、作り出さなければならない状態にある。

 家庭用ゲーム機には、thinclientとしてのネットブック程度の性能は存在している。足りないのは、ハードウェアとしてはキーボードマウスソフトウェアとしては、Linuxを丸ごと載せてしまう事で、おおよその問題は解決出来る状態にある。ゲーム機家族用のパソコンとして定義しなおす事は、新しい規格のPCサーバーでっち上げる手段としても成立するのだが、家電メーカーは独自ハードで大火傷をしているから、難しいのかもしれない。

 
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