はてなキーワード: パロールとは
言語の変化を「合理的・客観的」に制御できると考えているとすれば、ちゃんちゃらおかしいとしか言えないな。歴史的に見れば、言語の変化は、生物の進化のようにとらえどころが無いものだよ。
言語は人間によって使われる…運用(パロール)の中で変化していくものであり、規律(ラング)によって生まれたりはしない。いかに「合理的・客観的」に整えられた言語であっても、それを使う人がいなければ消えていき、人々によって「使われる」言葉だけが生き残っていく。そして人々がそれを使う基準は、残念ながら「合理性や客観性」ではなく、もっと泥臭かったり、あるいは、単純に面白かったり心地よかったり、自分にぴったりと感じられるか否か、だ。ラテン語と欧州各国の言語を比べてみれば分かるだろう。
昨今、ケータイ小説から始まって、ネット文体、ラノベ文体やなろう系がかなり日本語をシンプルにアップデートするべく頑張っている
ここは全然わからないな。むしろその逆でネット文体やラノベなろう文体こそ文末表現等の多彩さや新語造語が見られるし、どんどん新しくなってどんどん陳腐になって入れ替わっている。その場そのときでしか通用しない独特の詩的な表現というのも当然無限に作られる。
だから、まさにその「無限に」生成され多様に複雑に生まれ消えていく言語使用の実態の中から、次なる時代の言語が誕生していくだろう、ということが言いたかったんだよ。誰もが気軽に表現し交流できるテクノロジーに支えられて、生物の進化における「爆発」のような状況がいま日本語に訪れている。もちろん、それらの言葉の大半は、馬鹿げていて、複雑すぎたり、一時の流行の中で消え去るものに過ぎない。だが、そのような大量の絶滅動物の中から、ほんの一握りの次代の覇者が生まれてくるんだよ。遺伝子の突然変異ほど無作為ではなく、しかも、他のDNAを取り入れることも素早くできる「言葉」の進化においては、100万年に相当する進化が100年もあれば可能だろうな。そして、それを支えるのは断じて「理」などではない。もっと感性的な何かであり、大量の試行錯誤こそがそれを成立させる鍵だ。
「頑張っている」と書いたのは、何も書き手個々の努力を指して言ったわけではないんだ。それはそれで貴いものだとは思うが、それよりも書き手/読み手が相互に関係し合い大量の人々によって大量の試行錯誤が生み出されている状況を鳥瞰して言ったものだ。あなたの見解は、その点で誤解が生じたものなのかもしれないな。