2020-12-16

今の日本文句を言っている層が『鬼滅の刃最終回肯定する謎

最終回ネタバレを含む。

鬼滅の刃』は現代日本社会肯定する神話である

まり鬼滅の刃を好むということは、今の日本社会の在り方を肯定するに等しい。

1歩進む。

鬼滅の刃最終回で感動した人間は、もう現代日本批判する資格はない』

まで極論を言ってしまっていいと考えている。

さて、最終回の話になる。

一行で暫定今世紀最大傑作である鬼滅の刃最終回説明するとこうだ。

「鬼滅隊のみんなは不幸を乗り越えて現代日本で楽しく暮らすよ!みんなも幸せにな!」

娯楽作品の締めとして、その終わり方が面白いか、面白くないか、という低レベルな話はここでは行わない。

論旨

現代日本に生まれることは不幸なのではないのか?』

で、ある。

私が強烈な違和感を感じたのは、以下の事象サイズ矛盾があるからだ。

A.現代日本に生きづらさを感じている人、政治に不満を持っている人、自分が不幸だとSNS喧伝する人の声の大きさ

B.『鬼滅の刃最終回に対する好意的反応の声の大きさ

(『お前の見ているタイムラインが悪い』という言葉は頭の隅に追いやって欲しい。普遍的な話である。つまるところ、「普通にトレンドを追い、普通にSNSニュースメディアを利用している人」を対象にこの記事を書いている。)

普段のAの声を信じるのであれば、日本という国は今、「ダメな国」ということになる。

事実、私もそう思う。

(こういう記事を書くと、『鬼滅の刃』という作品、もしくはその作品感想を書く場所雰囲気を守るためか、途端に日本の良い所が叫ばれ出すのが面白いのだが)

だが同時に、Bの声を信じるのであれば

ダメな国に転生してきた鬼滅隊の面子ダメな国に子孫を残している炭治郎達は不幸』という話になるのではないだろうか?

大正時代と比べたら幸せだろ

・鬼に家族を殺される環境と比べたら幸せだろ

そもそも無粋なことは言うな

という話は全面的に正しい。

だが、違和感である

まり、『えー、でも現代に転生とか可哀想…100年後とか、異世界かにすればいいのに』『北欧の○○に転生した方がハッピーエンドでしたね』という声が、

普段のAのこの国に対する批判の声と比べたら少ないのだ、と言っている。

作品現実を持ち込むな、というのは間違っている。大正時代ファンタジーをわざわざ現代日本帰結させたのは作者であり、むしろ現代日本について考えないことは作者のメッセージ性に対する冒とくである

結論を書いてしまおう。

普段、やれ日本はだめだ、政治がだめだ、だの言っている口で鬼滅の刃最終回を褒めてはいけないのだ。

「こんな現代日本に転生してしまうなんて、こういう課題に直面するだろうなあ」と常に批判的な態度を表明するのが筋だ。

では何故そういった声が散見されないのか?

簡単なことだ。

まり心の底で、大多数であるお前達は現状に満足しているのだ。

現代日本という国が居心地のいい場所で、

鬼に家族を殺された鬼滅隊が苦難の先にたどり着く約束パラダイス天国であると内心認めているのだ。

何が政治に興味を持てだ、何が自民党批判だ、何が失われた30年だ。

その実、日本人のほとんどは現状に満足しているのだ。

令和2年に最も受け入れられた娯楽である鬼滅の刃』とは、

最も令和2年に生きる人々の快感原則への写し鏡である

その鏡が言っておられる。

現代日本幸せな国です」と。

もし違うと言うのなら、最終回批判するべきだ。お前達はそれをしないではないか

「これはハッピーエンドではない」と、普段世界に対して向けている嫌悪感を叫ぶべきだ。

でもやらない、ならばもうこれは同意だろう。

多くの人と共に、同じ価値観ハッピーエンドに酔いしれる。これは最早セックス以上の快楽だ。

だが、真剣に世の中を憂うならその快楽に負けてはいけないはずだ。

何のことはない。

我々は、口では色々と文句を垂れつつも、もう先へ進む気が全くないのである

ハッピーエンドの中に私達は生きているのだから、当然だ。

世の中や政治に対する不信感など、所詮ごっこ遊びのようなもので、この国の人々は、ほとんどは「現状が幸せなのだ

鬼滅の刃』はそれを私に伝えてくれた。

私も、現代日本に生まれた喜びを、炭治郎の子孫や転生組と共に噛み締めるとしよう。

  • 普段、やれ日本はだめだ、政治がだめだ、だの言っている口で鬼滅の刃の最終回を褒めてはいけないのだ。 「こんな現代日本に転生してしまうなんて、こういう課題に直面するだろう...

    • 「この国は地獄だっ…!」とか大袈裟な言葉を使いすぎた弊害

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