自分は都内のアラサーのゲイ。去年発達障害(adhd)と診断名がついた。セクシャルかつ障害面でも診断され、いわゆるダブルマイノリティ。この世にLGBTの仲間が7パーセントいるとデータがあるけど、自分は何パーセントになるんだろう?
でも、仕事面では周りにサポートも得ているし、そんなにハンディーにはなってない。
何より辛い、苦しいのは今までストレートで過ごしてきた時の学生時代の友達が年齢につれて結婚して子供を持ち、幸せな家庭を築いていること。人間としてそれが繰り返されてきた歴史だけど、自分にはできない。
先週、中学時代に片想いしていた男の子から出張で東京に来るから良かったらご飯でも食べようと連絡をもらった。
自分は転校してきたばかりの中、彼はアイドルのようにキラキラしていて周りからも好かれていて自分にとっても仲良くなりたいと思える人だった。思春期だった頃、友達になりたい気持ちが決して叶わぬ片想いだったのは今でも覚えてる。
数年前、彼から久しぶりに連絡があった。結婚式の招待状を送りたいから住所を教えてくれとのことだった。喜んで自分は彼の結婚式に参加したし、披露宴の間は喜ばしい気持ちと彼の奥さんになる人が羨ましいなという羨望の気持ちで揺れていた。
あんた達は知り合って数年で結婚したんだろうけど、こっちの付き合ってる、知り合ってる時間は10年以上なんだから負けてねぇよ、と心のどこかで思ってた。
ゲイのようなセクシャルマイノリティーがノンケ、いわゆるストレートの人に恋心を抱くのはNGだとこちらの業界では呼ばれてる。相手に迷惑をかけることは勿論、決して叶わぬ恋だし一番傷つくのは自分自身だから。
気付かぬうちにその彼には一歳になる娘さんがいるそうだ。少し前に会った時は15年経っても変わらずキラキラ人懐っこい彼と話したことを思い出し、人柄は変わらなくても人生のステップは歩んでるんだなと心のどこかで感じた。
Facebookで結婚報告や子供が生まれたタイムラインが今でも周りで続いてるけど、いつの時からかその投稿を非表示にするようになった。機械的なFacebookのアンケートはなぜその投稿を嫌うのですか?と私に問う。
選択肢にあった見てて不快だったから、と選んだけど本当は自分の気持ちが惨めになるから、というのが理由。また、羨ましいからなんて選択肢はSNSには無いもんね。
彼だけでなく、今まで恋心を寄せていたストレートの人が結婚、つまり巣立って行くたびに寂しさで苛まれてたけど、それももう今は慣れてきた。
ゲイの恋愛は浅く寂しい。体目的で一晩体の関係を持って連絡が絶えることもザラだし、アプリでイケる人がいては一喜一憂の毎日。カマ口調で話して週末の夜をバーで盛り上げてるのは、ある意味慰め合いにも聞こえる。
でも、生まれつきのものだし病気でも無いのだから、本当の自分をいい加減受け入れて、素直に生きなきゃダメだというのはわかってる。
でも心の底では愛し合った人と結ばれていっしょに暮らし、その結晶である子供が生まれて家族になるという事が本当に羨ましい。できる事なら自分も普通に生まれたかった。
カミングアウトすらしてないのに、親から結婚は期待してないと言われたのはいつだったろう?ごめんね、親不孝で。でも、元気なうちは両親ともずっとそばに居たい。
自分が人とは違う、と気付いた時点で強くならなきゃダメだと悟った。どんな幸せな投稿、やり取りがあって勝手に一喜一憂して傷ついても明日は来る。
どう思って何を考えて居ても明日は来る。
自分にとっての幸せは何だろう?といつもふとした時に考えてしまう。
とにかく誇れるものを作ろう。
他の人には負けない何かを。
ゲイって まんこよりチンコが好きな男のことをいう?
応援している。まずは元気で。