休憩室では他の従業員も休んでいて、僕と同じように食事をしていたり、談笑していたりなど思い思いのことをしていた。
一際目立つのは、従業員たちの間でも特に人気のあるA崎さんと副店長が、二人で何か会話していることだろう。
「……ほんと大変です。もし理想の相手と出会えても、相手が私を選んでくれるかは別の話ですし」
「『選ぶ側』と『選ばれる側』、二つの側面を同時に考えないとアカンからなあ」
聞き耳を立てるつもりはないのだが、僕の近くで会話をしているものだから嫌でも内容は耳に入ってくる。
「なかなかいい人と出会えないんですよねー。そこまで選り好みしているつもりないんですけど」
A崎さんは現在、婚活をしているらしく、相手に求める条件やらで副店長に相談しているようだった。
この職場で既婚者は店長と副店長くらいなので、妥当な相談相手だろう。
「まあ『選ばれる側』でもある以上、条件が緩いからってそう簡単にはいかないやろ」
「それはそうなんですけど、別に『高学歴高収入』とか高望みしているってわけでもないのに、こんなに出会えないんだなあ、て」
「ふうん……ちなみにどんな感じの条件?」
「ザックリいうなら、私と同じくらいのスペックでいいんですよ。そこそこルックスよければ言うことなしなんですけど」
「ほ……ほぉ~」
「……あ! そういうのがどうでもいいと思えるような人格者なら、実のところスペックとか関係ないんです。ルックスとかが決め手になるわけじゃないんですよ、本当に」
「そ、そうですよね。『見た目で選ぶなんて酷い奴だ』みたいに思われたんじゃないかと焦っちゃいました」
「思わへんて。外見がどうとか中身がどうとか、判断基準に是非なんて求めへんから」
「とはいっても、『だけ』で選んだらさすがにアレですよねえ?」
「まあ悪いとかは別として、単純やとは思うな。その『だけ』に入る言葉が何であれ」
「やっぱり今の条件くらいが丁度いいんでしょうか」
「それはA崎さんが決めようや。未来のもろもろ考えるんやったら、納得のいかない相手と結婚したって後悔するのは目に見えとるで」
「うーん……あ、もうすぐ休憩終わりですね。そろそろ持ち場に戻りますね。相談ありがとうございました」
A崎さんは会釈をすると、早足で休憩室を出て行った。
副店長は、A崎さんの出て行った方角を見ながら、僕の近くにあるイスに腰掛けた。
「難儀やなあ……」
「え……ああ、何がですか?」
「いやね。アタシが結婚したきっかけは見合いなんやけど……相手は叔母ちゃんからの紹介で、まあお節介ってやつや」
「やから、結果的に感謝はしとるよ。でも、あの子はその『お節介』を、金を払ってまでして貰っているわけやろ?」
「なんかなあ。自由な恋愛や結婚が認められた社会になってきてんのに、結局はそういう需要もあるんやなって」
「そうなんか……しかし、A崎さん分かっとんのかなあ」
「?」
「『私と同じくらいのスペック』って、つまり学歴だとか収入だとか、他にも容姿だとか趣味だとか、諸々の相性を合算した条件やろ」
「健全ではあるけれど、A崎さんが思ってるほど緩い条件ちゃうで。各ハードルが高くなくても、数が増えれば難易度は上がっていくし」
「種目がハードル飛びじゃなくて、ハードル走になっているわけですか」
「高いハードルのほうが飛びにくいとは限らない、と?」
「『スペックなんてどうでもいいから、それでも一緒になりたい人』と比較しての話や。あれはあれで厳しい条件やと思わん?」
「そんなこと言い出したら、ほとんど『高望み』になりますよ。それに出会いは水物ですから。僕たちがA崎さんの首根っこを捕まえて、『だから結婚できないんだよ!』というのは違うと思いますし」
「確かになあ……というかワタシら、他人の話で盛り上がりすぎや」
「些か下世話でしたかね。昼休みももうすぐ終わりますし、僕も持ち場に戻ります」
僕はあのときの話は忘れており、機械的な祝福を皆と粛々と行っていた。
その日の昼休み、A崎さんは結婚相手のことを周りの従業員に色々語っていた。
遠巻きにそれを眺めていると、僕の近くにいた副店長が呟いた。
僕はその言葉で、数ヶ月前にあった話を思い出す。
副店長の言葉の調子に悪意はなく、何の気なしに言った様子だった。
僕は「いやいや~」と、苦笑いしながら月並みなことを返していた。
まあ、A崎さんは幸せそうに見えたし。めでたし、めでたし。だろう。
俺には全然意味が分からん…。何が起こったんだ。