2015-08-25

地獄のミサワ感に満ち溢れた記事の書き方のお手本にしたい。

http://quelle-on.hatenadiary.jp/entry/2015/08/24/225130

井の中の蛙無知

私はジャンル時代も問わず、かなり満遍なく本は読んでいる方だと思うけれどミステリーけが苦手だ。湊かなえ恩田陸だけは好きなんだけど、東野圭吾ダメだし貴志裕介もなんか受け付けなかった

他の人に比べてめっちゃたくさんマンガ読んでるという自負が在る割にラインナップがショボすぎる。読み手にわかるようにしたかったのかもしれないが、その後の文章を読む限りたいしたものは読んでいないという印象をうける。まるで、俺ジャンプマンガめっちゃ詳しいんだけど、スラムダンクとかワンピースは受け付けないわー、俺マンガにうるさいからNARUTOとかDEATH NOTEとかじゃないと認められないわーと言ってしまうようなものだ。 

そこから導き出されるこの人の結論は以下のとおり

ミステリー基本的な筋って基本一緒だと思う。(だからこそミステリーなのだが)

それは――単に経験が乏しいだけではないだろうか。

ただ、ミサワ文章を書いてしまう人は「自分が知らないだけで、世の中には自分の知らないものがあるのではないか」という発想があまりできない。それが冒頭の「私はジャンル時代も問わず、かなり満遍なく本は読んでいる方だと思う」にあらわれている。



ストレート我田引水

私がミステリーを苦手な理由は、ひとえに頭が文系からだと思っている。

言い換えると、特に推理ミステリーって理系科目っぽい。

高校時代数学偏差値28~35を漂っていた私だ。しか国語勉強しなくても70は越してた。ド文系である。ゆえに、ミステリーが苦手である

多様な原因が考えられるはずなのに、軸が1つしか思いつかないというのがまず怖い。その一つを思いついた瞬間に他のすべての可能性について考えることをやめてしまい、その一つの理由だけで全てをゴリ押ししようとする、惚れ惚れするような我田引水ぶりである。後の例で上げられている恋愛小説ミステリーの違いも、全く納得できるものではない。

この人がミステリが嫌いなのは、このあたりの一本道思考の方がよほど原因として納得できるくらいだ。



頑固な自己規定

文系的には、話の想像する余地や話の広がりが限定されることに萎える。

こんな感じで、ミステリー理系っぽいので苦手です。

この手のしゃべり方をする人間ありがちなのは「僕はこういう人間だ」という思い込みが非常に強いということである。なぜそういうことをするのかわからないが、あらかじめ自分の枠を自分で決めてしまっているのだ。だからなのか、自分基準にに当てはまるか当てはまらないか、ということを非常に重視するようだ。

解決に向けて、条件を当てはめてその理由方法証明していく作業。たまにひっかけが出てきたりして。なんていうか、二等辺三角形証明とかみたいに思えてきてしまう。

と書いているにもかかわらず、自らが極めて機械的に己の好き嫌い判定を処理していく。これは実に皮肉なことであり人間というものの奥深さを感じさせる。


大雑把な認識

ミステリーというものを一括りで語るという時点でお察し。



なぜか他人事

文系でも没頭できるミステリーって、どっかに落ちてないかなぁ。

本人が意識しているのかしていないのかわからないが、ラスト一文は釣り文句である。これは好きな人をいらだたせるのに最も有効テンプレートの一つである。何が人をいらだたせるかというとその話題について興味が無いけれど語ってます、ということがビンビンに伝わってくることだ。

まり、この人は自分問題であるはずなのに、本心では他人事のようにとらえているか、そもそも問題だと思っていない。本当に自分ごとの問題として捉えている人はこういう悩み方はしないだろう。ミステリが苦手だと思い込んでいて、それについて「自分以外の」理由けができればなんでもいい人だけがこういうことを書く。本当は理由などどうでもよく、自分が読まない理由としてそれらしいものでっち上げられさえすれば良い。悩んでいるように語っているが、要は興味が無いということではないだろうか。



弱い自信

好き嫌いにいちいち理由必要だと思っている。最大の問題は、いちいち好き嫌い理由必要だと思っていることである。本当はいちいち好き嫌い理由など必要ない。自分にあうか合わないか、だけなのだから。とくに他人に説明できるような理由は。なのにいちいちそれを説明せずにはおれないところに、自信のなさが現れている。



愛すべきミサワぶりである。誰しも詳しくないことを大上段で語ろうとするとこうなる可能性を秘めている。気をつけよう。

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