三月××日、午後十一時十九分。
SHIT. なんてこった、トミーまで”やつら”にやられちまった。いや、”やつら”になってしまった、というべきか。さらに最悪なことには、俺が自分自身の手でトミーを始末しなきゃいけなかったってことだ。お互いに「そうなってしまったときは」と交わした約束とはいえ、後味の悪さったらない。もう二度とあんな想いをするのはごめんだ。クソ、喉の奥がまだ焼けるように熱い。エミーに……あいつの妻になんて伝えればいいんだ? そもそもエミーはまだ乗っ取られてないのか? わからない。クソ。おれにはファッキン百数十のファッキンフォローイングがいて、そのうちの何人が”やつら"なのか、ファッキン見当もつかない。
もしかしたら、この日記を読んでいるあんたらには”やつら”の存在を知らない人間もいるかもしれない。簡単にいえば、”やつら”はサングラスだ。もちろん、ただのサングラスじゃない。ただのサングラスで世界が滅ぶなら、『ターミネーター』の公開時に滅亡していないと計尺があわない。
“やつら”は人間に寄生する。今は亡き〈ドクター〉の説明によれば、”やつら”が人間の体内に侵入するとグラスの内部からアレルゲンとなるタンパク質が溶け出し、マクロファージに取り込まれて非自己的異物と認識される。この情報は胸腺由来のリンパ球であるヘルパーT細胞のうちのTh2を介し、骨髄由来のリンパ球であるB細胞に伝えられる。そして、B細胞はそのサングラスアレルゲンと特異的に反応する 抗体を作り出す。シュワルツェネッガー抗体と呼ばれるこの抗体は、血液や粘膜中に存在する肥満細胞や好塩基球に結合し、再びサングラスアレルゲンが侵入してシュワルツェネッガー抗体に結合すると、様々な化学伝達物質が遊離して大量ツイートなどの症状を引き起こすことになる、らしい。これを俺たちは簡単に「アカウントが乗っ取られた」と呼ぶ。デデンデンデデン、デデンデンデデン、I’|| Never be Back. ってわけだ。Fuck.
“やつら”がおそろしいのは、ある日突然、まえぶれもなくハックされちまう、って点だ。今までの”bot化ウィルス”どものように不注意なファッキン友達から伝染するわけじゃない。クソbot化したアホな友達を指さして笑って和める古き良きグレート・オールド・インターネットは二〇一五年の三月のうららかな午後に、いきなり終焉を迎えたんだ。新劇エヴァもこれくらい早く完結したらよかったのに。
しかし、どこに逃げればいい? Facebookか? アカハックされなくても元々botみたいな奴らでいっぱいのFacebookか? 全能力が35%ずつしかないファッキン幼稚園みたいなはてブか? 存在自体がゾンビと化しているmixiか? 2ch? なんだそれは?
そうなんだ。もう俺たちには逃げる場所なんて、どこにもない。繰りかえすようだが、どこもかしこもビットの果てまでも「終わって」いるんだよ、ファッキンインターネット。
このままだと俺も長いことはないだろう。これを読んでいるあんたが人間なのか、それとも”やつら”の仲間かはわからない。ともかくこの日記を読んで理解できるだけの理性を保っているペニスかヴァギナの生えた生物ならだれでもいい、頼みを聞いてくれ。
もしあんたが、twitter でレイバンのサングラスをかけて朦朧とうろつきながら政治ネタ・社会ネタをダシに見えない敵へ罵詈雑言を浴びせる痛ましい中年増田の姿をみかけたら、そのときは……ためらわないでくれ。
もう、俺には「友達」がいなくなってしまった。わかってたんだ。この「フォロワー」とやらはレイバンに乗っ取られようが乗っ取られまいが、俺の精神生活にいっさい関与しない「他人」だったっててことは。だが、あんたが――あんたが、もし古きよきインターネットを少しでも知っているなら、この言葉をちょっと思い出してみてくれ。
インターネットではみんな友達だ、って意味のジャパンの古い格言だ。
……どうやら、また”やつら”がシェルターに攻めてきたらしい。今度の攻撃はいっそう激しくなると予想される。耐えられるかどうかわからない。さよならだ。約束、守ってくれよな。あなたの踏むアドレスにテッド・ネルソンとバーナーズ=リーのご加護がありますよう、Alan。
【あの
愛用!?】
レイバンのサングラ