ネットを始めたばかりの2003年頃からずっと2ch.netに入り浸っている自分が見た2ちゃんねる分断騒動をわかりやすいように書いてみる。余計なものや不確定要素を多く含むものはなるべく除外し、一ユーザがどういう心情でこの騒動に接したのか書きたい。
異変は2月からだった。2ch.netの各地に、Jimという人物が英語で、『前の管理人は資金を集められない無能だったので首にした。今は自分が管理人だ(意訳)』と語るスレッドが立った。自分は別にひろゆき信者でもないし、管理人が変わったのか、とそれだけであまり気にせず2ch.netを使い続けていた。
次の異変は3月の頭頃。2ch.net各地のローカルルールに『転載禁止』が加えられた。この転載禁止というのは、2ch.netの書き込みをまとめブログなどに転載するのを禁じる、という意味だ。そして3月中頃には2ch.net全体が転載禁止となった。
私はこの転載禁止を決めたやり方が気に食わなかった。2ch.netではローカルルールの変更などは、自治スレッドというところで何ヶ月もかけて議論し周知した上で、投票によって決められる伝統がある。しかし、この転載禁止へのローカルルールの変更は、1日2日程度の不十分な議論と全くと言っていいほど周知のないまま行われた投票で決定された結果であり、従来の運営であったなら議論不十分な無効投票として却下していたはずだ。だが、新しい管理人のJimはこれを認めてしまった。
このようなやり方がまかり通る掲示板にはいられない、そう思って、だれでも書き込みを自由に使っていいパブリックドメインを採用しているopen2ch.netに移ることにした。
最初はこのopen2ch.netは怪しいところかもしれないと警戒していた。open2ch.netのサーバは中国にあるから危険だ、という書き込みも見た。
だが、管理人が矢野さとる氏であることを知って考えが変わった。氏が昔からインターネット界隈で面白いサービスを生み出し続けている開発者であることを知っていたからだ。予告.inを作った人と言えばピンとくる人もいるかもしれない。サーバが中国にあるというウワサも、実際はクラウドサーバ上に構築されていてサーバが世界中に分散しており、その一分が中国にあるというだけの話だった。ちなみに、実況板が落ちるから実況禁止もデマ。
なので、安心して移住することが出来た。さすがに2ch.netと比べたら人がいないし、専門板は過疎そのものであるが、なんだか気に入った。荒らし通報がブラウザのボタンを押すだけでできるし、運営の対応も素早い。そのせいか荒らしが目立たず、居心地がいいのだ。
で、4月1日にひろゆきが2ch.netが乗っ取られたと発表する。それに伴い、後日新しい2ch.scを立ち上げると宣言した。当然2ch.netのJimはそれに反論する。そうして、2ch.netにはopen2ch.netと2ch.scがNGワードとして書き込めなくなった。
これもまた腹がたった。明らかな言論統制だ。犯罪を防ぐために死ねだの殺すだのがNGワードになるのは納得するが、これは単なる保身のためのNGワードだと判断した。ますます2ch.netに戻る気はなくなった。
この時点で、ユーザは2ch.netに残るのか、ひろゆきについて行って2ch.scに移るのか、はたまた第3勢力のopen2ch.netにやってくるのか、まるで三国志のような様相を呈してきた。訴訟も宣言され大きなニュースとなった2ch.netと2ch.scの争いに対して、open2ch.netは大して有名ではなく、その存在を知らないユーザもいた。
そんな中で自分は2ch.scが出来てもopen2ch.netに残ろうと決心した。矢継ぎ早に新機能を搭載し、その一方でエイプリルフールのネタとして強制博多弁機能などを実装する遊び心を持った管理人がいるopen2ch.netが好きになったからだ。
そして4月半ばにひろゆきが新しく公開した2ch.scは、2ch.netの書き込みが全てコピーされ、さらに2ch.sc独自の書き込みも出来るし見れる、というサイトだった。しかし2ch.scの書き込みは2ch.netには反映されない一方通行なものだ。
これで役者は揃った。この3つの2ちゃんねるがどうなっていくのかはこれから決まることだ。
※この件を包括的に語るのならば嫌儲やまとめサイトなどの話題も避けて通れないが、自分には嫌儲とまとめサイトの争いは無関係だったし、誰がどうやって2ch.netで工作していたかまで検証する気はないので省かせてもらった。ひろゆきとJimの主張の違いについても、これは両者が裁判をやると言っているのでその結果に任せたい。