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2017-09-14

Iさんについて

職場で知り合ったIさんという女性の話。

うちの職場は繁忙期にデータ入力短期アルバイトを雇っている。期間は3ヶ月で、毎年5人位が採用される。短期雇用なので学生が多いのだが、Iさんはその中のひとりだった。

Iさんは母親日本人で、父親スロバキア人。両親がすぐに離婚してしまったので、父親に関する記憶はまったく無いらしい。

Iさんは18才までスロバキアで過ごし、日本大学に通うために都内移住してきた。東京に住み始めて、今年で4年目を迎えた。

最初にIさんがオフィスに現れた時、僕ら社員の間で軽いどよめきが起こった。Iさんがめちゃくちゃ美人だったからだ。その場から完全に浮きまくっていた。ギャグ漫画の中に、一人だけ画風の違う美少女が混ざっているようだった。しかもIさんはただの美人ではなかった。かなり個性的キャラだったのだ。

Iさんはかなり独特な日本語を話す。最初に聞いた時は、シュール現代詩みたいだと思った。でもわりとすぐに慣れた。それどころか、だんだん好ましく思えてきた。気が付くと、僕はIさんの言葉を渇望するようになっていた。彼女言葉には何とも言えない中毒性があった。

勤務初日、Iさんがデスクに座り、研修資料凝視しながらじっと固まっていた。僕はなんだか心配になって声をかけた。

「どうかしましたか?」

すみません、心が散歩ぎみでした」

散歩ぎみ。初めて聞く言葉だった。Iさんは頬を赤らめて、

「間違えました。そんな日本語は無いです」と言った。

僕は不安になった。彼女業務データ入力である。当然、日本語の文章入力する。その独特過ぎる言葉遣いに、一抹の不安をおぼえた。

しかし、それは杞憂だった。Iさんは実に優秀で、業務は素早く、しかも正確だった。飲み込みも早かった。喋る言葉は独特だったが、業務に関しては何の問題もなかった。

ある日、Iさんが突然言った。

「私の髪が短くなったとしたら、どう考えますか?」

僕が答えあぐねていると、彼女はやけに深刻な面持ちで呟いた。

「髪を、切るんだよ....」

なぜかタメ口だった。

数日後、Iさんは肩まであった髪をバッサリ切って、ベリーショートになっていた。僕は褒めるつもりで、「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグに似てますねと言った。Iさんはよくわからないという顔をした。

僕はIさんのおかげで、会社に行くのが楽しくなった。Iさんはなぜか僕を頼りにしてくれて、仕事でわからないことがあると、まず僕に質問してきた。本来、僕はあまりとっつきやすタイプではないはずなのだ。これに関しては、周りの社員不思議がっていた。

休憩時間になると、Iさんは雑誌を読みながら、ミックスナッツばかり食べていた。ある日、僕はIさんに訊いた。

昼ごはんはそれだけですか?」

Iさんは黙って頷いた。それからおもむろに雑誌丸めて、望遠鏡みたいにして僕の顔を覗きこんだ。僕がきょとんとしていると、今度は指で唇をなぞる仕草をしてみせた。「勝手にしやがれ」の真似だと、僕はやっと気付いた。

映画を見たんですか?」

「見ました。確認のためです」

スロバキアにいた頃から、Iさんは日本語を勉強していたらしい。日本アニメをたくさん見て、漫画もよく読んでいた。

「どんな漫画を読んでいたんですか?」

「ハットリ君!」

Iさんはなぜか食いぎみに答えた。律儀に「新」を付けるところが面白いと思った。

日本に来てからは「鶴さん」の番組をよく見ていると言った。「鶴太郎ですか?」と聞いてみたが、どうやら違うようだった。「鶴さん」についてさらにくわしく聞くと「太ってる」「メガネ」「やさしそう」などという特徴を上げた。笑福亭鶴瓶のことかもしれない。

いちばん笑ってしまったのが、父親に関する話だった。Iさんは5歳ぐらいまで、ある男性写真を「これがお父さんだよ」と言われて育った。それは母親による嘘だったのだが、今でも写真には愛着があるからスマホに保存してあるのだという。見せてもらったら、カメラ目線で親指を立てているダイアモンドユカイだった。Iさんの母はレッドウォーリアーズのファンなのかもしれない。それにしても、なんという雑な嘘だろう。父親ダイアモンドユカイなら、Iさんは純粋日本人ということになってしまう。

Iさんは日本語を貪欲に学んでいて、気になる言葉があったりすると、すぐにメモを取った。ある時、僕が何気なく使った「善処します」という言葉をやけに気に入って、ことあるごとに「ゼンショシマス」と言うようになった。

「この書類データに移して下さい」

「ゼンショシマス」

「いや、必ずお願いします」

こんなバカな会話を繰り返しているうちに、あっというまに3ヶ月が過ぎた。

僕とIさんはかなりうちとけて、ラインも交換した。しかし、Iさんのバイトが残り一週間という時に、僕は風邪で寝込んでしまった。残念ながら彼女最後の勤務を見届けることができなかった。繁忙期に風邪をひいてしまったのもショックだった。様々な業務が滞り、迷惑をかけてしまうからだ。

風邪は意外と長引いて、結局僕は5日も会社を休んでしまった。6日目に出勤すると、Iさんのデスクはすでに片付けられていた。なんとも寂しい気持ちになった。Iさんは今頃はオーストラリアにいるのかもしれないと、ぼんやり考えたりした。バイトが終わったら、オーストラリアに行ってパラグライダーをやるのだと、嬉しそうに話していたのだ。

課長挨拶に行くと、驚くべき報告を受けた。僕が休んでいる間、Iさんが僕の穴を埋めるために、毎日遅くまで残業をしてくれていたらしい。そのおかげでなんとか納期に間に合い、ピンチを切り抜けることができたという。Iさんは業務に関して、隅々までしっかり把握していて、とても頼りになったそうだ。短期間であそこまで教育するなんて、君も大したものだと、僕は課長に褒められた。どういうわけか、僕の評価が上がってしまった。

その日の夜、感謝を伝えようと思ってラインを開いたら、嘘みたいに絶妙タイミングで、Iさんの方からメッセージが届いた。

オーストラリアにいます

それから続々と写真が送られてきた。海辺街路駅前広場公園。どれも景色ばかりで、Iさん自身写真が一枚もなかった。なぜ自分写真を送ってこないのだろう。やはり変わっている....。気持ちよさそうに羽根を伸ばしている、野生(?)のインコ写真があったので、とりあえず僕はそれを待ち受けにした。

 
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