2021-01-14

宮崎駿ワールドウソ

異様に温かい人々に飛び跳ねまわる元気すぎる子、憂鬱感情を持っても周囲に発散しまくってお咎めなしな登場人物

わけの分から家族の談笑。だけのこの人のウソは美しい。夢を見たい人々には良い酩酊剤として働くのだろう。

実際の宮崎ワールド風の谷のナウシカ原作に求められるように思う。権力自分足りの理由に奔走して世界を悪くする人々。ただこの人には一つのけがあって、純粋世界を壊すことを楽しんでいる下らない人間がいることを描いていない。人間基本的に善性で動いており、成り立ちや理由によって悪になったり悪の如き正義を振るったりするのだ、という発想で描いている。まさかネットストーキングをするような糞がいるなんて想像だにしてない。もっとも人をおもちゃにするような人種を描くことに関して抵抗があるのかもしれないが。多分監督リベラル左翼からこその発想なんだろう。

この点高畑勲は妹への恋慕のあまり妹を餓死させてしま火垂るの墓淡々と作った。ここにある断絶はなにかといえば、人に対する信心があるか、あるいは人は単なる観察対象かだ。この意味宮崎と知り合いの押井守はより人に寄り添っていない。彼にとって重要なのは人ではなく形式構造のように思える。そもそも人間に対する信心という感性のもの人間らしいという皮肉めいた構造があるように思える。翻って、リベラル左翼という思想は大変構造的だ。それは無機質にすべての人は許容され、すべての人や権力批判されるべきだというフラットな発想に基づいている。むしろ思想であるからフラットでなくてはならない。実はこうした思想宮崎駿の人間力は非常に相性が悪いのではないか

宮崎駿的人間力は非常に理想的恣意的で、思想的ではない。彼が言う老後の入院生活を描いた絵にはたくさんの欠点存在する。理想を維持するのに多大なコストがかかる。しかも彼は革命家であったので、スタジオジブリ給料制にして一度は倒産寸前にまで追い込んでいる。宮崎駿が全てを仕組みと制度考える人間なら人間不条理もそのまま無感情に描いていたように思う。ナウシカ原作ですら全ては情熱によって動かされれており、無感情なのは墓所の先人たちだけだ(もっともこの墓所の住人は旧癖の形象化だとは思うが)。つまり彼はリベラル左翼的でありながら、リベラル左翼すら鼻白む感性批判しているのだ。この点でむしろ非常に左翼なのはアンビバレント監督らしい。概ねあたっているとする予測しかないが、インテリ左翼ムスカのように道化として描き、権力も嫌い、同じように抑圧的な共産主義も嫌い、それでいて人間には希望があるべきだという大矛盾の分断された心象を監督内包していることになる。だからこそ宮崎駿のウソは今でも世界で輝いている。

  • 本人に訊いたわけでも会ったわけでもない深読みって、ホント間抜けだよね(キリッ

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん