2019-08-01

異世界転送したら人形おじさんが華麗な美少女になっていた。

一九八五年、10月16日

観衆は独りでに、まるで定められていたかのように英雄を見繕っては胴上げを開始した。

歓喜の産声は「掛布掛布!」「岡田岡田!」と何処からともなく沸き上がり、彼らは次に愛すべき我らが主砲。

優勝の立役者たる名手バース感謝の念を捧ぐため胴上げ提案をするも、外人たる彼へ見立てられるような男はなかなか見当たらない。

誰が言ったか、はたまた運命悪戯か。

「おい、あれ見ろや!」

一団のひとり、男が見つけ何気なく指さした先にはケンタッキー・フライド・チキン道頓堀店。

サンダース人形が相も変らぬ笑顔で立っていた。

「あれや!あれ!」

彼らによってさっそく担ぎ出されると、サンダース人形は次に宙を舞っていた。

バースバース!」

といった、鳴り止まぬ歓声のような掛け声とともに。

暴徒の様に化した彼らの進軍をもはや誰も止めることなどできず。

彼らは勢いに任せ、カーネル人形道頓堀へと放ったのだった。

午後2323分。この行為が引きこ起こす悲劇ことなどつゆ知らず。




一九八七年、10月16日

早くに仕事を切り上げ、新幹線に飛び乗った。

ぼくは大阪に出来た彼女へ会いに行くと、久しぶりの再会にもかかわらず彼女はぷりぷりしていて「だってー、阪神最下位なんやもん」と独特のイントネーションから始まる言葉で告げるので苦笑いするほかになかった。

尤も、ぼくはそれほど野球に興味はなく、あったところで関東まれなので、おそらくファンになっているとしたらジャイアンツだろう。

しかしそんなことを口にすれば彼女が怒るなんていうのは明らかで、だからぼくは口を塞ぎ彼女愚痴をただ聞き入っていた。

本心としては今晩、ちょっと奮発したレストランを予約していたので、彼女に気に入ってもらえるか、そこでちゃんと堂々と振舞えるかこそぼくは気にしていたのだけど、どちらにしろそうした事柄に気を取られていたので周りがよく見えていなかった。

もしくはわざと。

ドンっ、と通りすがりの人と肩をぶつけてしまい「あっ、すいません」と口に出して謝る前にはもう鉄拳が飛んできていた。

ぼくは気づくと吹っ飛んでいてその瞬間には何が起こったのかわからず、きゃああという悲鳴を聞いてはっと我に返り、彼女がかがんでぼくの傍に来ていた。

ぼくは無意識にも気づくと鼻を押さえており、その手はどくどくとしたぬくもりを感じ続けていて「兄ちゃん!これ、どう落とし前つけてくれるんじゃ!」と紫のスーツを着た若い男がぼくの前に立ちはだかり、ぼくの人相を変えようとこぶしを振り上げようとしていた。

ぼくはとっさに立つ上がると彼女の手を取って走り出した。

えっ?と一瞬躊躇する様子を彼女は見せたが、ぼくがうなづくと察したように、あとは彼女も自ら走りだしてくれて、あとは振り返らずただ必死に走り続けた。

夜の帳の中を駆け回り、息も切れ切れとなってようやく足を止めると二人したがっくり項垂れるように膝へ手を落とし、はあはあぜえぜえと呼吸を繰り返した。

「……まいたかな?」

「……たぶ」

ん。そこまで言わず彼女は目を見開き、その視線を追うようにして振り返る。

男が立っていた。紫色スーツ。鶏みたいに逆立った髪型金髪

「兄ちゃん、よう探したで」

男の冷静な、冷ややかな口調はかえって凶暴さを際立たせ、ぼくはまた逃げようと、彼女の手を

「おっと、そうはさせんで」

男はぼくと彼女の間にさっと割り込むとぼくの前に立ちふさがり、振り返って好色に満ちた目をちらりと彼女に向けた。

彼女関係ないだろ!用ならぼくにあるはずだ」

「ほう」

男はにやついた表情でぼくを見据えると、その瞬間、僕は体当たりかました。

精一杯の勇気はしかし、同時に無謀というレッテルに書き換えられ、男はがっちりとした体躯でたじろぐことなくぼくを受け止めた。

「うわぁ?」

次にぼくは浮遊感を味わい、男はぼくの体へ手を回すと持ち上げボディスラムをかまそうと構えた。

ちょうどええやんけ」

男のかすかなつぶやき真下から聞こえ、ぼくは顔を必死で上げて前を見ると

……え?

そこには道頓堀川があった。

「兄ちゃんひとつ行水するとええで」

男は何らためらうことなく、ぼくを道頓堀へと放り投げた。

それはちょうど、午後2323分だった。

次の瞬間、気づくと僕はびしょぬれになっていることもなく、ただ見慣れぬ大地の傍らに倒れていた。

「おっ、やっと起きたかね」

目を開けると、見知らぬ可憐少女の顔。

「……ここは?」

少女は顔に似合わず「ほっほっほ」と翁のような笑い声をあげると次にぼくを一瞥

「きみも、あそこから来たのだろう」

あそこ?

キョトンとしていると手を差し出され、受け取って体を起こすと少女と対面した。

奇麗な子だ。とても。

「……あのう、ここは何処なんですか?そしてあなたは?」

質問は一つずつにしてほしいが、まあよい。ここはきみからすれば”異世界”といったところ」

異世界?」

少女はコクリとうなづく。

「そして私だが……たぶん、はじめましてではあるまい」

「えっ?」

こほん、と少女は一つ咳を切ると、今度は握手のための手を伸ばしてこう言った。

わたしカーネルサンダース。元人形じゃよ。そして、道頓堀に投げ込まれてこの世界にきた、いわゆる異世界転送人じゃ」

え?えええええ!?



この物語は、彼女のためにもカーネル人形をもとの世界に戻す物語であり、数多の阪神ファンのためにサンダース人形へと許しを請う話であり、そして自分、ぼくのための物語である

なんたってそれは―


って、こうした話を書こうかな、と思うんだけどどうかな?

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