2019-06-05

政治と金と古い因習の話

ここに書く話は私の今の考えの殴り書きだ。

読み難いと思うが、一個人の暇潰しに付き合っていただけたら幸いです。

今の政治に期待しちゃいけない、ってのはみんな感じている事だと思う。

誰が悪い、こんな事したから悪いという議論はいだってバラエティやらニュースやらで取り上げられているけど、そもそも政治家」になる方法からしおかしいと感じるのは私だけだろうか?

政治家になる為には一回の出馬で約1000万円の資金必要だそうだ。

1000万円なんて庶民からしたら大金だ。

この大金をたった一回の出馬に注ぎ込むには相当な覚悟と志が必要だろう。

しかし、お金を用意出来ても今度は投票して貰えるだけの人脈がないと当選は出来ない。

ここで問題なのが「古い因習」だ。

私が20歳になって、選挙権を得てから10年。

その間行われた選挙の度に様々な地域にいる友人に「選挙に行った?」と世間話程度に聞いてみた。

すると、選挙に行った子から「行ったけど親の言う通りの人に入れた」と言う話を聞き驚いた。

詳しく聞いてみると、その子の家では祖父母応援している党の立候補者以外に票を入れてはならないという。

「そんな事はおかしい。あなたの票をあなた以外が好きにしていい訳ない」

そう言ったが、その子は「バレたら何をされるか分からいから」とそれきり口を閉ざしてしまった。

平成の世でも「古い因習」で他者から票を入れることを強制されていたのだ。

本来自由であるはずの清き一票は全く清くなかった。

世の中には本当は他の人に入れたいのに、地域迫害されるかもしれないから……と望まない票を入れることを迫られている人も居るのだと初めて知った。

話を戻すが、こういった古い因習が残っている日本1000万円も掛けて庶民立候補出来るだろうか?

どれだけ高い志があっても、お金があっても、票が入らなければ当選は出来ない。

一念発起して、大金をはたいて無所属立候補してもほぼ確実に落選するのが日本だと思う。

そうなると出馬して当選出来るのはどんな人だろう?

企業と繋がりが深い人、お金持ちの人、党に所属する人、テレビスポーツなどの有名人だと思う。

これらの人は裕福な人だろう。幼い頃から貧乏を知らず裕福な人もいるだろう。

裕福な人には貧乏な人の事はわからない。

貧乏な人には裕福な人の事がわからないのと同じだ。

数年前、とある出馬者がツイッター炎上していた。内容は給付型奨学金について。

詳細は検索すれば出てくるので割愛するが、その発言を見る限り「裕福な人には貧乏な人の状況が分からない」と取れる。

そんな発言をする人ですら、お金と人脈があるから当選した議員になることが出来た。

全ての議員を調べたわけではないので憶測だが、今の日本議員殆どが裕福な人なのではないだろうか?

「裕福な人には貧乏な人の事はわからない」

から貧乏な人が求めている事の斜め上を行く施策を行うのだろう。

今の政治高齢者に優しく、若者に厳しいものだ。

若者から搾取していくのに、年金雇用絶望的だという。

それなのに女は子どもを3人産めと無理難題を言うのだ。

現在の溜めた負債を更に未来へと負担させて、その後のことは知りませんなんて政治を続けてばかりだ。

何故そんな政治なんだろう?政治家が高齢から

違う。

「古い因習」で若い票も集めてくれる高齢者還元する為だ。

高齢サービスの充実と言う甘い汁を与える事で、高齢者が自らの子孫の票を集めてくるのだ。

それを利用しない手はないだろう。

この因習を断ち切る術を私は持たない。

もし、これを読んでくれた方の中で周りの言うままに票を入れている人が居たのならば、どうかあなたの票はあなたの思う人へと投じて欲しい。

ここに書いた事は私の狭い範囲での聞き取り憶測しか無い。

しかし、こんな政治では日本政治家の死と共に倒れてしまうだろう。

若い世代である私は今、見えない先に光を灯す方法を探すしかないのだ。

  • そもそも立候補にそんなに金かかる国は他にない。 だから二世議員がはびこる。 中から腐る。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん