2014-08-01

オンリーワン価値が無い時代

つい数年前まで、おててつないで全員でゴールする徒競走個性重視採用ナンバーワンにならなくてもいい等の甘言が踊っていたような気がするが

社会生産性の低下と景気悪化コピーの横行と物量作戦によってオンリーワン破綻した。

このナンバーワン至上主義にはほとほと愛想が尽きた。

AKB商法

AKBメンバーを揃えて各々の個性の幅を広げ、各メンバーが客をつかむことで人気と金を得る。と、思いがちだが、総選挙というイベントで全てのオンリーワンが否定される。

順位付けと金儲けをつなぎあわせたことでソーシャルでは格差が顕著化し、個性順位の図式は覆ることはない。圧倒的に魅力的な個性は、順位の下位カテゴリに成り下がった。

ソーシャルゲーム

多数のゲームが登場する創作の中でも、個性は死んだ。

説明する必要もないほどのコピーゲームの中で、イベントと称して順位付け+金儲けの定式が顔を出すことでキャラクター個性は否定される。

順位=金が全てで、お前の大好きなキャラクターに見せかけた小さなデータは、ソーシャル上の話題で消費されるためにある。これを否定するにはソーシャルを否定しなければならない。

そうすれば、そのキャラクターは消滅するパラドクス内包するため、プレイヤーには絶対に否定出来ない歪な存在だ。

SNS

SNSとしての規模が大きくなればなるほど、ユーザー個性死ぬ。多数の同調圧力罵詈雑言によって、個性は簡単に屈する。そんな炎上が今もどこかで起きている。

広がりつながることを目的としているSNSは、広げなくていいことを誰かに教える場として有用だ。

では使用しなければよいのではないか?しか現実はそれを認めない。「同調しない者には死を」これはリアルに起こった複数事件を的確に表している。

もうわかっただろうが、問題ソーシャルだ。

ソーシャル要素は人間ボーリング装置であり、地ならしだ。全世界海抜ゼロメートル以下へコモディティ化しようとしている。堤防は各々のリテラシーと理性だが、ゆっくりと小さな穴が開き始めている。

ここから逃れるには、早々にコンテンツ価値基準を上げるか、金の価値を落とすしかない。

後者日本経済頼みだが、前者は己の意識で代えられる。

ソーシャルを賑わすだけに与えられる射幸心を捨て、己の中に確固たる判定基準を持て。その基準を培う経験好奇心を求めろ。

オタクになれ。今のヘラヘラ笑ってコンテンツを食いつぶし、話題の奴隷である情けない人間ではない。論と経験と様々なコンテンツを受け止める度量を持つ人間になれ。

教養という言葉死語になり、誰かの言葉が無いと自我を保てない人間大勢いる。

それを良とせず、自分オンリーワンであるという意識を、「アイデンティティ」を確立したいのであれば、1つ意識を変えて見るのも悪くないだろう

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