はてなキーワード: 挑発とは
私は藤田志穂さんがすっごい好きで、それは自分が昔ギャルだったこととか自分の周りの友達にもギャルがいっぱいいて、んで、その子たちは格好こをちょっと回りの人に比べたら派手だけど実際に話してみると、すっごいみんな良い子で、優しい子がいっぱいで、だけど世間からは突飛な外見のせいで誤解されることがすごい多かったから、それってやっぱり「うーん…」って自分でも思ってて、だから、藤田志穂さんが「みんな、ギャルだからって偏見ばっかり持ってるけど、ギャルだって良い子はいっぱいいるんだよ!」って事をきちんと声にして、そして更に、ギャルだって社会のこととか色々考えたり参加したりできるんだよ!って感じでギャル革命を始めたことがすごい立派なことだと思ってた。
だから今日、JCASTのこの記事を見て、すっごいビックリした。
■「ギャル」嫌いな人たちへ 「どうぞシカトしてください」
http://www.j-cast.com/mono/2009/02/27036781.html
JCASTのページにのトップには、赤文字で挑発的とも取れるような感じで「ギャル」嫌いな人たちへ 「どうぞシカトしてください」というバナー<http://www.j-cast.com/mono/images/index/36781.jpg>と笑っているギャルの女の子の写真。本文の中にも、ギャルが笑っている顔の下に「我が道を行くので~す!」というキャプション。なんか、これだけ見るとわざと自分達から悪い印象を与えているようにしか見えない感じするんですけど…。本当にこれって、ギャル革命の会社の人が書いてるの?なんかの釣りじゃないの??って、すっごい「?」が頭の中にいっぱいだった。
案の定、はてなブックマークやJCASTの記事のコメント欄でもネガティブなコメントばっかり。痛いニュースにまで記事<http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1220731.html>が載ってて、こちらも悪いコメントばっかり。そりゃそうだよ。当たり前だよ。こんな書き方っていうか見せ方だったら。。どうしちゃったの??なんでわざわざこんな、嫌われるような書き方すんの?
そんなことがどうしても気になって、迷惑を承知で電話しちゃったんです。ギャル革命の会社に。
んで、こんなやり取りした。電話に出てくれた女の人はすごく親切で、こんな一個人の元ギャルの話を親身になって聞いてくれました。
Q:掲載された文章は本当に全部SGRが書いたんですか?
A:文章は弊社が書いた。サイト内で使われている画像に関しても弊社で提供した。
Q:赤文字+太字で「ギャル」嫌いな人たちへ 「どうぞシカトしてください」のバナーはSGRが作ったの?
A:SGRで作ってない。そういうバナーが掲載されていたことは知らなかった。
Q:はてブやコメント欄でネガティブな反応が多いが、記事を書いた意図は?
理解してもらおうと努力はしているが、こちらがいくらこうなんだよ。
と言っても、やはり固定観念をもって見られると通じない部分はある。
なので、わかって欲しい、わかってもらえなくていい。と言うのではなく
ギャルたちはこう思っているんだよ。という意見を掲載している。
そこで、何を感じ取るかは個々人によって違うし自由だと思っている。
また、バナーについてはこちらで作ったものではないが、そういう
派手なコピーが目について、記事を読んでくれて何か感じてくれるのも
ひとつの手段。
良い印象にせよ悪い印象にせよ、注目していると言う事なのだから。
との事でした。心配して電話した私は、あきらかに会社からしたら業務時間中に迷惑な話なのに、「わざわざ心配してご連絡くださり、本当にありがとうございます」と言われたよ(´;ω;`)
そして、バナーを作ったのはSGRじゃないんですね。って事はJCASTなのかよっ!なんであんな誤解を招くような作りで作るわけ?お前のところのPV稼げればそれでいいのかよって感じがしました。
うーん、でもやっぱり「嫌いだったらシカトしてください」はちょっとないと思うなぁ。。「別にわかんなくったっていっす!」って時点でコミュニケーション遮断しちゃっているような感じにも取れるし。。自分が元ギャルだった身だからかもしれないんだけど、やっぱり「良いところだってあるんだよ」ていうのはわかって欲しいというか、わかってもらう事を諦めちゃうような表現はちょっと悲しいかなぁ。。って個人的には思いました。そして、JCASTは自分の所のPV稼げればいい!みたいな誤解を招くバナーとか作るのほんと、辞めて欲しいって思いました。
ちなみに、関係ない話ですが、元ギャルだからと言って、ギャルを全面的に支持しているわけではないです。マナーが悪いとか周りに迷惑かける行為をしているギャルがいるって言うのも事実だし、そして、そういうのって見た目が派手だと、自分が思っている以上に悪く取られてしまいがちなんだから、ギャルはそういうところもちゃんと意識して行動するべき!って言う風に思います。
読んだ。何か書きたくなったがとりとめがなくなったのでここに書き散らす。
一言で本作を述べるなら性の呪縛ということになる。これまで清水がMF文庫で発表してきた作品にはあまり濃厚に描かれなかった,肉体と精神の性が主題として扱われる。いやもちろんわかっている,これまでも【少女】がテーマだったじゃないかと言うのだろう。ここは微妙な点なので慎重にいきたい。清水が扱ってきた【少女】とは,性を免除された特権階級だ。性がもたらす束縛から自由。そして,もちろん大人=生産者になることも要求されない永遠の消費者。これは,たとえば「セックスする女」「労働する女」「産み育てる女」といった像と照応させれば明らかだろう。モラトリアムを言うなら別に【少年】でもよさそうなものだが,あまりうまくない。少年はセックスに怯える必要がなく,労働が自己承認に直結する。これらを免除されることに肯定的な含意はない。他方,少女には【少女】にこだわるだけの理由がある。……話がそれた。今回述べられているのは,そうした無性者としての【少女】じゃない。年少の女は出てくるが,性を与えられている。清水の作品において,物語の水先案内人をつとめるのはいつも存在の希薄な【少女】で,ときには幻影だったり妄想上の存在だったり,つまり肉体をもっていないことも多い。本作の少女もじゅうぶんに希薄だが,しかし彼女の肉体は触れられるものであり,かつそれが性的なものであることが強調される。主人公を含めた「男」たちは彼女の肉体に性的な視線を送り,彼女も「さわっていいよ」と繰り返し挑発する。読者はいやおうなくキャラクターの,そして自身の性を意識させられる。
以下,この「性」を切り口に述べてみる。ネタバレ回避はしていない。
13歳の少年Aは「きれいなもの」に対する強い憧れをもっていた。これには風景や工芸・装飾品から,「女の子向けの」人形まで含んでおり,その年齢層の少年のジェンダー規範からはやや逸脱していた。A自身もその逸脱を恥じていた①。しかしそこに,Aに幼い好意をよせる10歳の女子Bがあらわれる。Aは少しずつBに「きれいなもの」を見せて反応をたしかめ,Bが自分を受け入れてくれること,拒絶されるおそれがないことを確認していく。最終的にAはもっとも大切な宝物である人形を見せるのだが,ここでBはAに「お人形遊びなんて好きなの? 信じられない! 男の子で,中学生なのに!」と無邪気な一言を放ってしまう②。Aは逆上し,Bを強姦しようとする③。Bが抵抗することで未遂に終わるが,「だったらいい」の一言とともにAはBを川に放り込む④。溺死しそうになるB。恐怖にかられたAはBを慌てて助けるが,真相を知らない周囲からは「溺れた子供を助けた勇敢な少年」として賞賛される。Aは自己嫌悪と罪悪感を抱えて鬱屈する。Bはこの周囲の勘違いについて何も言わないことを選択する。いつ事実を暴露されるかわからないという不安の中にAを閉じ込めることが,最上の復讐になると考えたからだ。Aは少しずつ人格を歪めていき,他方Bはやがてその記憶を誰にも言わないまま抑圧して忘れ去ってしまう。6年後,19歳になったAは電車の線路に転落した女性を救助しようとして,代わりに意識不明の重傷を負う。
本作はこうした「事実」の上に,Aの弟を視点とした物語をつづっていく。全体を俯瞰してまず気づくのが,Aの自己抑圧①だろう。Aのかかえた性違和が全ての起点になっている。Aが心底欲していたのは,この違和を肯定してくれる誰かだった。「きれいなもの」を愛する権利を正統に有する,正しく少女であるBに救いを求めるが,Bは逸脱を許さなかった②。内なる女性性の隠蔽を要求されたAは,男性性をむき出しにして,略奪的に「女」を手に入れようとする③。しかし果たせず,結果として「女」の全否定という選択に行き着いてしまう④。Aが男性的でない自分を許容できていれば,Bが男性的でないAを受け入れられれば,その後の事態にはつながらなかった。10代前半の子供であっても,というか子供であるからこそ,ジェンダーの命ずる規範からは逃れられなかった。
Aは後に,意識不明のさなか,奥底に隠蔽された女性性を分離させ,少女の姿をした肉体ある霊を生み出す。これを霊自身は「脱獄」と表現する。牢獄からの脱走。じゃあ牢獄とは何か。解釈はさまざまあるだろうが,私としては「Aが内面化させたジェンダー規範」以外に考えられない。脱獄して自由になった「少女」は,思うまま自らの女性的肉体を誇示し,「甘いときめき」「おいしいもの」への欲望を開けっぴろげにし,「男の子が,自分の名前呼びながら走って追いかけてくれるのって,女の子は,すっごく気持ちいいんだよ」と女の子の気持ちを語る。Aの弟はこの「少女」と共に行動するうちに,秘められた過去の事実に直面し,やがてAの苦しみを知る。弟とBに過去の罪を認識され,受け入れられることで,Aは意識不明から回復する。それと同時に少女,あの人形の姿を借りたAの分霊は消滅する。物語の発端が解消されることで終結を迎える,非常に整った円環構造だ。清水はあとがきで語る。「この本は」「あなたの心にきれいな何か」「を残したいと願って書きました」。視点設定をどこに置くかにもよるし,そもそもラノベにメッセージ性を求めるのはどうよという主張もあるだろう。でも,文庫の主読者層であろう10代の少年たちに,清水が届けたい言葉は極めて明瞭であるように,少なくとも私には思われる。……あなたの心の中の少女を殺すな。脱獄しろ。
脱獄であって叛乱でない点に,清水のバランス感覚を感じる。ことさらに敵意をむき出しにして戦いを挑むのではなく,まして新しいルールを打ち立てようとするのでもない。ただ逃れて自由になる。言うほど簡単ではないが,これが唯一の道であることには同意する。正面から戦ったところで勝ち目はない。桜塚やっくんやレイザーラモンHGに回収されるのがオチだろう。相手を警戒させ牢獄を強固にするだけだ。当事者でもないくせに,戦場が大好きなうざったい連中がすりよってきたりもする。それよりは,牢獄からひとり抜けふたり抜け,革命もないままいつのまにか牢獄が廃墟になっているというシナリオの方がやりやすい。
15年ほど前の話。
首都圏に住んでいてセンター試験過去問とか模試の成績は理系科目を中心に良かったけど、父親がお前の粗忽さではいずれ実験で事故を起こすといわれ文転。当時西田裕一とか富岡勝とかの仕事のせいで(もちろん当時そういう仕掛人たちのことなど知りもしなかったが)思想だとか哲学だとかが面白そうに見えた。香山リカの「自転車旅行主義」はイマーゴの連載で読んでいた。
ワープロは使っていたが、パソコンはたまにひとんちで触らせてもらう程度。
そういう狭い世界の偏りすぎたアンテナが拾い上げた情報によれば、千葉大に土屋俊先生という人がいて、なんかアメリカのCSLIとかそういうとこに行くような研究とかしているらしかった。他にも慶応の文学部でも面白いことができるらしいとか。
あげくわけあってずいぶん西の方の大学へ行って、パソ通(そしてすぐにインターネット)にはまって時間を浪費するいっぽう(聖トマス・アクィナスが「チャットルームに入り浸るな」と仰っていたことを当時知っていたら!)みすずだの勁草だの法政だのNTT出版だのUPだのから出る高価な訳書ばかりを買って読んで勉強した気になって、ちょっとだけ英語でRortyを読ませてもらい、そして哲学へ行くにはドイツ語もできず喰いっぱぐれる覚悟もないので駄目だと判明して、社会学を選び苦し紛れに名ばかりの卒論を書いて、書いたので力尽きた。学歴ロンダリングのために日本の最も古い都のそばにある大学院にでも行って計算機科学で修士号をとろうかとも考えたが齧るスネにも限りがあった。そのままフランス語の単位を一コマ残して一年留年し、価値のない学士号をもらった。GiddensもDurkheimも1ページたりとも読んだこともなく社会学士を名乗るのはおぞましすぎる現実。だれかさんの挑発的なタグを借りれば「足手纏いな大卒就職組」の典型。
もちろんそんな奴が偽社会学を流布して世の中を騙すことはできない。その程度にはこの世はよくできている。
このとき齧りすぎたスネはその後折れてしまった。NYCに旅客機が特攻爆撃をやらかして数年後、家族は崩壊。経済破綻からではないが、教育投資のリターンが期待はずれだったことによる影響は否定しがたい。退職金を手に出奔した父はぼけてろくに介護も受けられず孤独死でもすればいいと思うが、自殺した母にはどう詫びたものか言葉もない。
今の人生には満足しているが、およそ学校というところで何も学問をしなかったことは今も悔いている。机の上には開いたこともないシカゴマニュアルの14/eが未練がましく置いてあるのだ。そして年一回は『職業としての学問』を読んでウェーバー先生、私はだめな奴です、とつぶやくのだ。
昨日発売された家庭用ストIVをやるにあたり、俺ん家で培われた家庭内格闘アクションの十戒をここに宣言しておきます。
1.家庭用ストIVはコミュニケーションツール。気長につきあってください。
2.3連勝した後は、そっと負けてください。流石に4連勝されるとやる気が失せます。
3.お互いに心があることを忘れないでください。
4.必殺技コマンドが入らない時は、理由があります。例えば、ダンの挑発伝説はウルトラゲージではなく、スパコンゲージ消費技です。
5.たくさん練習してください。トレーニングモードはその為にあります。
6.コントローラーをたたかないで。あまりにうるさいと、豪鬼より怖い大家さんが殴りこんできます。
7.負けが込んでも、仲良くしてください。喧嘩の原因がゲームがとバれると、親に取り上げられちゃいます。
8.あなたには学校もあるし友達もいます。たまには外で遊びましょう。
9.ハメだ、チキンだ、サガット強すぎるよ!タイガー!タイガーアパーカー!ギギギー!等と怒る前に、キャラクターがそうなる原因が何かないかと貴方自身に問い掛けてみて下さい。適切な対空技が打てなかったのでは?セービングで逃げられたのかも?手元が年をとるにつれて鈍ってはいないだろうか?
10.負ける瞬間、お願いです。ゲイツボタンとかPSボタンを押さないで下さい。電源も切らないで!HDDに負担がかかります><
妹が高校生なのですが、新潟の各高校で、最近になって急にでスカート丈が短いということで規制が行われております。
学校に行くと超チェックされ、各学校にビラとか張り紙とかも張られておる模様です。それが新聞やニュースに取り上げられる毎日で、へーって感じだったのですが、ニュース新聞で大々的に、
1、性犯罪被害の防止!
と第一に謳っているのに絶句。最近気がついたよ。
ちなみに2つ目は冷えの防止だそうです。
そもそも、ミニスカートをはくと性犯罪が増加するという前提がないと、1は声を大にしていうことができないはずですが、そのような事実は今のところ私はお目にかかったことが無く、しかも「女性が挑発的な格好をしているから性犯罪にあう」というのが幻想に過ぎないことは、レイプ被害救済の機関や、警察が訴えてることです。
http://www.police.pref.hiroshima.lg.jp/010/soudan/keimuhig/htm/genjyou.htm
性犯罪防止を大々的にいうということは、挑発的な格好が性犯罪を助長するという幻想を根拠にしているという末恐ろしいことを教育機関がしているということだし、そのようなことを大々的に訴えるということは、被害者への差別にもつながるだろうよ・・・。
新潟の教育、恐るべし。ていうか学校が恐ろしいのか?ていうかバカなのか?なんなのか?うひょ~。
そもそも、このキャンペーンがとてもバカらしいなぁと思うのは、各学校、そもそもミニスカートを制服にしておきながら、(ていうかミニスカの制服って、一昔前のブルマと同じくらい教育関係の誰かのエロい意思を感じざる終えない)、その制服の丈がみじかいとぎゃーぎゃーいっていることなんですよね。
本気で学生のひえを心配し、性犯罪がミニスカートで増えるって言うなら、そもそも制服をパンツスタイル(ズボン)にするか、ロングスカートにしろよといいたい。
やってる側が、「なんかミニスカむかつくよね?」見たいな感じで中途半端にやってるキャンペーンが学生に伝わるかどうかは謎ですが(多分バカにされて終わるだろな)、本気なら女子もパンツとかロングスカートにしてみろよ~。スケバンみたいに超長いやつ。
y_arimは自称ボーダーでも前増田が書いてたアスペでもなく演技性だと思う。
「次のうち5つ以上あてはまると演技性人格障害が疑われるようになります。
自分が注目の的になっていないと楽しくない。
あさはかで感情を表に出す。
自分への関心を引くために身体的外見を利用する。
芝居がかった態度や誇張して表現する。
他人や環境の影響を受けやすい。
対人関係を実際以上に親密なものとする。 」
自分の姿を写真等で誇示するはボーダーやアスペじゃなくて演技性だと思う。
素人判断だから正確には分からないけど。
「人格障害は治せない」書かれたエントリがあったけど、ホルモンバランスの崩れで起きている事が多いから、投薬治療すれば治る可能性はある。カウンセリングは人格障害にあまり効果ない筈。カウンセラーに通うより精神科の方がいいと思われ。
「それ、かわいいですよねー」とか
「サイズお出ししますよ」とか
モノを売っている店で店員に話しかけられるとすごく面倒くさい。
というか、話しかけられることが怖い。
反射的に逃げなきゃって思うのに体は違うことしてるので、なんか一瞬パニックみたいになって、頭真っ白で、
「あ、……う…」(大汗)みたいな感じになる。
で、ほとんどの場合は聞こえなかったことにして手にしていたモノを戻し、別の場所に移動する。または店を出る。
ネットを見ていて、同じように感じる人がけっこういるんだってことを知って、ちょっと安心した。他にもいるんじゃん、こういう人。
それで調子に乗って、話しかけられても無視してりゃいいや、むしろ空気読め店員とか思った。
「デパートとかで話しかけられたら『はい』とか笑って適当に言っとくといいと思うよ」
って言われた。
そうかー、他人をガン無視してる人間を端から見てたら気分よくないよね、そりゃ。
「はい」くらいはできるかなー……。
なんて、言われてできりゃ苦労しないんだけどさ。
なんでこんなに話しかけられるの怖いんだろうな……
って考えてたら、思い出した。
突然他人に話しかけられる恐怖感の原体験。
私は昔から友達がほとんどいなくて、小学校のときなんかは教室にいても話す相手もなく、休み時間は自分の席で本読んだりしてた。
他の子達の集団トイレとかには誘われもしなかったし、行きたいとも思わなかった(今考えても理解できない)。
で、たまに声を掛けられることがあるかと思うと、それはたいてい面倒なことを押しつけられるか、新しいネタでからかわれるかのどちらかだった。
「他人の挑発に乗ったら、ヤツらはこっちの反応を見て笑うつもりだ。相手にしたら負けだ。」
そう思って、できるだけ反応が希薄になるよう心がけた。
声を掛けられたら、どんなちょっかいが出されるかを全身で感知し、相手が期待している反応を予測して、ぜったいにそれに沿わないように対応する。
…これって、今同じ事してないか?
20年以上の前のことに怯えてんのか、私は。
てなこと考えながら、うーんそうだねーって生返事してたら、彼氏が追撃してきた。
アメリカでは、お店に入ってきたお客さんにとりあえず声をかけるらしい。それは、入ってきた相手がこちらの言うことを理解できるか、あやしい人じゃないか確認する意味もあるんだそうだ。
一度はアイコンタクトしておかないと不安らしい。これは店に限らないそうだが。
(まあ全部がそうではないのかもしれないけど、駐米経験のある人だから全く聞きかじりの欧米論てわけじゃないんだろうな)
そしたら私なんか超怪しい要マークな客なわけだが。
もとい、じゃあ日本ではどうだろうかと考えてみると、怪しい度チェックはともかく、入ってきた客には声を掛けるのが店員の使命、くらいに言ってる店はあるんじゃないだろうか。日本的なお作法として。
むしろ、そういう店の方が多いんじゃないだろうか、ということに思い至った。
経営者側からしてみたら、ご来店いただいたお客様にお声もおかけしないなんて失礼だ! というわけだ。
彼女らは好きこのんで私なんかに声をかけてるわけじゃない。仕事なんだ。決して、私のアイデンティティに話しかけられているわけではないんだ。と思ったら、ちょっと気が楽になったよ。
まとめると、
■20年以上前のことに怯えるな
店で声を掛けられても、その相手は自分をネタにしたり吊し上げようと考えてるわけじゃない。
即「敵だ」と身構えなくてもとりあえず大丈夫。
■店員も仕事だ
店の人間は仕事だから客に声を掛けなくてはならないのであって、
自分は無数の「客」という記号の中のひとつに過ぎない。
そうやって考えてみたら、すぐに笑って「はい」は無理かもしれないけど、ちょっと落ち着いて、次回からはガン無視はしないようにできるんじゃないかな、っていう気がしてきた。
そうは言っても、「買ってくれオーラ」とかをギトギトに出されたら、脳みそがしびれて怖くて逃げたくなってしまうと思うけどね。
修正するメリットがない。侵略していろいろ被害を与えてのは否定しようもないわけだし、寝た子を起こすような挑発行為は国益を損なうんじゃね?
麻生太郎首相の漢字の使用、読み方をめぐり、20日の参院予算委員会で、民主党の石井一副代表が首相にかみつく一幕があった。
石井氏は、月刊誌「文芸春秋」の昨年11月号に掲載された首相の手記で使われた「就中(なかんずく)」など12個の漢字を並べたボードを用意し、「相当高度な漢字だ。これを隠して、どれだけ読めるかやってみたかったが、先に渡してあるから今なら読めるだろう」と首相を挑発した。
これに対し、首相は「多分、みなさんが読みにくいのは『窶し(やつし)』ぐらいではないか。後の漢字は普通、みなさん読める」と答えたが、さらに石井氏は「もしそうなら、なぜ未曾有を「みぞうゆう」、踏襲を『ふしゅう』と言うんだ。おかしい。強弁だ」と反論した。
民主党副代表なのよね、この人。予算委員会でクイズ大会とは、わざわざボードまで用意して。
というか、首相の手記を読んでやる事がそれなのかと。内容とかいろいろ突っ込まないのかと。
ラビンが暗殺されて以降、ずっとパレスチナとイスラエルの情勢は気になっていた。でも今の情勢はひどすぎる。
あいつらは多分、有史以来殺されたユダヤ人と同じ数だけの「異教徒」を殺すまでは何をしても許されると思ってる。
ハマスごとパレスチナ人とパレスチナに肩入れする人達を皆殺しにする事なんて何とも思っていない。むしろそれが狙いだろう。
→ 「待ってました」とばかりにありとあらゆる火器で「自衛」、100倍の人間を殺す
「挑発」の仕方もすこぶる露骨。
ウェストバンクに人を送り込んでパレスチナ人のオリーブ畑を焼き払い、焼け跡を占領、勝手に入植。
占領した地域のパレスチナ人の家をブルトーザーで破壊。それを止めようとした人は轢き殺す。
イスラム教の聖地に武装集団で乗り込んで「ここ全部イスラエルのもの」発言。
人々の「まとめ役」、精神的支柱である宗教指導者や政治指導者を非常に分かりやすい形で暗殺。
アラファトは2001年から死ぬ直前の2004年10月までイスラエル軍によって自宅に軟禁され体調を悪化させて死亡。
2004年にはアフマド・ヤシンを。モスクへ早朝の祈りを捧げに行く途中だった70歳近い全身麻痺の車いすの老人に向けてヘリでミサイルを撃ち込んで殺害。
今度もまた。
http://mainichi.jp/select/world/news/20090116k0000e030017000c.html
【エルサレム高橋宗男】パレスチナ自治区ガザ地区に侵攻するイスラエル軍は15日夕、同地区北部ジャバリヤ難民キャンプの家屋を空爆し、ガザ地区のイスラム原理主義組織ハマス「政府」の内相、サイード・シアム氏を殺害した。対イスラエル強硬派の同氏は、同地区のハマス最高幹部5人のうちの1人に数えられ、ハマスには大きな打撃となった。
イスラエル軍はシアム氏が潜伏しているとの情報を基に、同氏の兄弟宅を空爆。強力な爆弾が使用されたとみられ、現場には巨大なクレーターが残された。ロイター通信によると、同氏と息子、兄弟らのほか、隣家の住民4人の計10人が死亡した。ハマス幹部の殺害は今月1日のラヤン氏に続き2人目。
ガザ市包囲網を狭めるイスラエル軍は15日、先月27日の攻撃開始以降で最も激しい砲撃を同市中心部などに加えた。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)や報道機関が入居するビルのほか、数百人の入院患者らがいたクッズ病院も被弾した。AFP通信によると、パレスチナ人死者は1105人に達した。
理由も無く家を破壊されて今まで住んでいた土地を理由も無く追い出されて怒らない人がいるか?
大事にしていた場所に土足で上がり込まれて憤慨しない人がいるか?
「国の偉い人の近くに住んでいた」というだけで家族を殺される理不尽に怒らない人がいるか?
大事な人を殺されて悲しみ、怒らない人がいるか?
武力では何も解決しない事なんて、占領と暴力がどれだけ「イスラエルの敵」を弱体化させてもパレスチナ人の怨嗟を増大させるだけだと、紛争の種はなくならないという事なんて、イスラエルもアメリカもよ〜く分かってる。それこそ1987年のインティファーダの前から。「自衛」だの「ハマス、PLOはテロリスト」だの白々しい。
今起こっている事は戦争でも紛争でもない。イスラエルによる一方的な大量虐殺だ。
http://www.asahi.com/international/update/0117/TKY200901170096.html
「爆撃、常に身体は緊張」ガザ入り桑山医師、惨状伝える 2009年1月17日14時8分
【ラファ(エジプト・ガザ境界)=田井中雅人】病院に運ばれた少年の遺体に泣きすがる母親。砲撃で建物や道路が壊滅し、町は死にかけ、唯一の大きな人だかりは葬儀の列……。イスラエル軍の激しい攻撃が続くパレスチナ自治区ガザに入ったNPO法人「地球のステージ」代表理事の桑山紀彦医師(45)=山形県上山市=の目に飛び込んできたのは、圧倒的な暴力による市民惨殺の悲劇だった。
桑山さんは現在、ガザで活動する唯一の日本人医師として、南端のラファ市立病院の救命救急室(ER)で緊急医療支援にあたる。空爆や砲撃のすきを縫って、救急車で近隣の病院に患者を搬送することもある。ガザ入りして3日目の17日、朝日新聞記者に電子メールで現地の様子を伝えてきた。
ラファ住民らによると、町の銀行は閉まり、水と電気は地域によって完全に止まっているところも多い。食事用のガスボンベは入ってこず、薪を使って煮炊きをしている。
住民らは攻撃が激しい境界に近い地域を離れて比較的安全な市中心部に逃れ、親族や知人の家に身を寄せる。主食のパンを作るための小麦が極端に不足。ペットボトルの水は姿を消したという。
市立病院に16日に運ばれてきた即死状態の少年は、薪を拾っていたところを「ロケット弾を発射しようとしている」とイスラエル軍に誤認されての狙撃だった。頭部が撃たれ、脳が飛び出した遺体にすがり、母親は泣き崩れた。
午後には別の通称「ヨーロッパ病院」に患者を搬送。イスラエルとの境界に近く、帰りの救急車を待っている時にも病院近くに爆撃があった。「戦争状態にいる感覚は一時も薄れることはない。爆撃の音や振動が、常に身体を緊張させている」と桑山さん。
山さんを受け入れた福祉団体のダルウィーシュ氏は「世界中から見捨てられた気持ちだ。こんな非人道的なことが起きていることを、どうか世界中の人に分かってもらいたい」と話しているという。
http://www.economist.com/より、http://www.economist.com/opinion/displaystory.cfm?story_id=12853965
http://workhorse.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/the-economist-0.html経由。
イスラエルは挑発された。しかし2006年のレバノンのように、この戦いは困難で、正当化するのは難しいかもしれない。
ガザ攻撃の規模と獰猛さはショッキングなものであった。苦しむ人々がテレビに映しだされる姿には非常に胸が痛むものである。しかしひどい事とはいえ、ハマスのロケットを沈黙させるための軍事手段というイスラエルの切り札は驚きに値しない。この戦争に至るまでに長い過程があった。
3年前にイスラエルが部隊・植民者を撤収して以来、ガザのパレスチナ人集団は原始的なロケット・迫撃砲による攻撃を幾千回も国境越しに繰り返し、少数の人々を殺害し、南部イスラエル一帯の日常生活はおおいに脅かされた。ハマスはエジプトの懇願を無視して先の6ヶ月停戦の延長を拒否し、12月19日前後に300発の砲撃を実施し、イスラエルは12月27日に空爆を開始した。この点においてはイスラエルが憤るのも正しいといえよう。
ガザ撤退からロケット攻撃により殺害されたイスラエル人がたかがしれたものであると対岸から指摘するのは容易である。しかしイスラエルのように選挙を前にした政府が、自国の町を連日ロケット弾が降り注ぐにまかせるというのはまずありえない。7月にイスラエルを訪問したバラク・オバマは、「私の娘たちが寝てる家に誰かがロケットを打ち込んだら、いかなる手段を取ってでも私はそれをやめさせる。イスラエルも同じ事をするだろう」と語った。ここ数ヶ月、ハマスはより高性能のロケットをガザに密輸し、以前は射程外だったイスラエルの町にも着弾するようになった。イスラエルはすでにヒズボラ、ラディカルな非国家団体とわたりあった経験がある。ヒズボラはかつてイスラエルの絶滅にすべてを捧げており、イランから供給される非常にパワフルなロケットを抱えている。我々が理解できるのは、イスラエルがガザにおいて同様の脅威の伸張は許し難く感じているということだ。
そしてイスラエルは世界中から寄せられる怒りの激流に驚いてはいけない。これは人々がF-16を保有する側などほとんど支持しない、という事ではない。概して、戦争が正当化されるにあたり以下の三点が満たされなければならない。一つは、防衛にあたり、戦争以外のすべての手段を尽されたという事。攻撃(の規模)はその目的に比して適切である事。そして、目標を達成するという妥当な可能性がなければならない。これら三点すべてにおいてイスラエルは自ら認める以上にぐらついている。
イスラエルが長い間、ガザからのロケット攻撃に耐えてきた事は事実だ。しかしそれを止める手だては他にあったかもしれない。というのも、ガザに関してイスラエルが求めてきたのは国境周辺の平穏さだけではないかもしれないからだ。ガザへの経済封鎖を以て、イスラエルはハマスの弱体化をはかっているし、柔軟で世俗的なファタハの支配するヨルダン川西岸地区においては開発を加速化させている。かつて有効だった停戦中にでさえ、人道援助の流入はわずかしか認められていなかった。イスラエルの憤慨に対し、ハマスは自らの憤慨を示せよう。国境の開放を含む新たな停戦をイスラエルに強いるべく、ハマスは攻撃を再開したとも看破できる。
(互いの損失の)釣り合いについては数字がある程度物語る。最初の3日間で、約350人のパレスチナ人が死亡し、イスラエルはたった4人だった。可能な限り多くの敵を殺し、自陣の犠牲を避けるという通常のルールからイスラエルが逸脱する事は、常識からも戦時国際法からも導きだせない。ハマスは愚かにも今回の非対称戦争を選んだ。しかしパレスチナ側の死者のうち、多くは民間人であり、その他大勢は戦闘員というよりも警察官である。アフガニスタン・イラクでは、欧米の軍隊とその敵対者、両方がそれよりはるかに多くの市民を殺害しているが、死者を最小に止める事がイスラエルの利益になるのだ。今日爆撃されているパレスチナ人は永遠の隣人なのだ。
最後に、(今回の攻撃の)効用について確認しよう。イスラエルはハマスの転覆を目指しているが、今回の作戦については国境越しのハマスの砲撃を止めるべく、「現状を変える」という限定的な目標のもと、今回の作戦を実施したと最初に声明を出した。しかし2006年のレバノンでわかるように、これは容易ではない。ヒズボラ同様、イスラエルへの「抵抗」というハマスのスタイルは(パレスチナ内において)その評判を高め、権力強化につながる。イスラエルに屈するというのはもっともありえないし、密集したガザの市街地・難民キャンプに兵を進めるイスラエル軍に対して戦いを挑み続ける方を選ぶだろう。ヒズボラのように。
イスラエルはレバノンでの教訓をこれほど早くも忘れる事ができたのだろうか?おそらくそれはないだろう。どちらかといえば、本件とも関係するヒズボラとの失敗を埋め合わせするのが、今回の作戦の狙いだ。イランの核脅威、そしてレバノン・ガザで広まりつつあるイランの影響力といった現状を踏まえ、イスラエルはユダヤ人国家は戦えるし、そして今でも勝てる事を敵に思い出させたいのだ。こうしたことから、長期戦の声明はあるにせよ、即時停戦には前向きである。ガザの攻撃目標はすでにほとんど破壊されている。これ以上の軍事的勝利は困難だ。ハマスが実際に攻撃を停止するなら、停戦はイスラエルの有権者に抑止力の回復につながったとみなされよう。
しかし休戦には仲介者が必要だ。オバマ氏は今のところ米大統領ではない。ジョージ・ブッシュはといえば、イスラエルのノックアウト勝ちを期待しながらそれが実現しなかった2006年(のレバノン戦争)同様、事態を静観している。ブッシュを初め、影響力のある連中が一同に会さなければいけない。ハマスを交渉のテーブルに着かせるには、停戦はガザ封鎖解除を伴う必要があるが、封鎖解除はガザの苦痛を和らげ、ハマスが戦う理由の一つを減らすという、それ自体いいものだ。
その後に、オバマ氏は中東における外交面の課題をかき集める必要があるだろう。まったく絶望的というわけではない。今週まで、パレスチナ自治政府議長であるマフムード・アッバスはガザ・西岸でのパレスチナ国家創設に関してイスラエルと話し合った。しかしアッバス氏の統治は西岸に限られ、現在のところパレスチナ人の半数は闘争を放棄せず、イスラエルの存在権を認めない組織を支持しており、進展はほとんどみられない。ハマスが消滅しない以上、どうにかして彼らの考えを変える必要がある。爆弾だけではそれは絶対にできない。
間違いない。
二十歳くらいの男がわめいている。その先には、同年齢くらいの男数名のグループがいた。
わめいている男を彼女と思われる人物がいさめている。結構キレイな女の子。
わめいている内容は、「なに見とんじゃ!」とか「かかってこんかい!」とか「やったるぞ!コラァ!」とか。ちょっとアルコールも入っているような感じ。
はた目から見て「何このキチガイ?」という感じ。
特に気にすることもなくコンビニに入っていつものように雑誌を立ち読みしてたら、わめく男が「ふざけんな、てめぇ!」とか言いながら警察に抑えられつつも暴れていた。というか、抑えられ&暴れながらコンビニに入ってきた。おいおい、こっち来るなよと思いつつも俺は立ち読みを止めない。
間もなく警察に押しやられて、コンビニからわめく男は退出した。外を見ると、からまれていた男グループが別の警察に事情聴取?を受けていた。男は抑えられつつも相変わらずわめいている。
まぁわめく内容もアレで、事情聴取?を受けている男グループに対して、「殴ってみろや、キンタマついとんか!」とか挑発している。かかってこいや的なジェスチャーをしながら。それをたしなめる(多分)彼女。警察は相変わらず抑えつけている。
ということがあった。前フリが長くてすまん。
俺が思ったのは、「なんでこういう赤の他人に理不尽な因縁つけてケンカ売るようなDQNに彼女が居るの?こんなんでもあんなカワイイ彼女ができんの?」ということ。それで、ちょっと考えてたのだけど答えが出たので増田に書いてみる。
思うに、DQNにほぼ共通する特徴として、
ということがあると思う。ここで重要なのは、前者の「コビを売る」ということ。
自分よりも強者に対してコビを売ることができるのと同じように、やつらは気に入った女にはコビを売ることができる。「気に入られよう」と行動することができる。
そしてそういうアプローチを受け入れる女の子がいる。コビ(だけじゃないだろうね)を売られて、気持ちよくなって、「多少欠点あるけどまぁいっか」となって、DQNとくっつく。
そうだよ。DQNは女の子を気持ちよくできるんだよ。DQNですら。女の子にとって、マイナス(DQN行動)があっても、プラス(気持ちよくしてくれる)があるんだよ。
それにひきかえ「おまいら(敢えてこの表現を使う)」はどうよ?女が欲しいくせに、セックスしたいくせに、女の子を気持ちよくしようとしない。童貞のくせにプライドが邪魔して女の子に対してどこか見下した態度をとる。童貞のくせにプライドかよ?
そして女の子と話をすればボソボソ小さい声。自分本位の会話。その段階を超えることができたヤツでも女の子の気持ちを揺さぶるなんて到底不可能な稚拙な褒め言葉を出す程度。女の子を気持ち良くさせるように会話するって意識したことないだろ?
だからね。おまいらと同じ時間を過ごしても女の子にとってプラスが無いのよ。
おまいらね、女の子にとっては空気。無害かも知れないけど、女の子にとって全くプラスは無いのよ。居ても居なくてもいっしょ。だからおまいらは女の子に選ばれない。いいこと無いから。
…あれ?ここまで書いたけど何で俺、童貞ヲタに対して敵意むき出しなんだろ?あぁ、アレか。童貞ヲタだった昔の自分を嫌悪してるのか。あと、それと「そこ」から抜け出ることができた優越感に浸って、「そこ」から抜け出せない奴らに説教モードのオナニー増田垂れ流しか。いいだろ、もっとオナニーさせろよ。まぁ、年を食うってのも嫌なもんだ。
というわけで、だ。「なんでDQNですら彼女ができるのに、俺にはできないんだ?」と考えている童貞ヲタ達よ。会話でも何でも、女の子と同じ時間を共有するときは、女の子を気持ち良くさせてやろうぜ。できるなら、会話で濡らしてやれ。さらにできるなら、イかせてやれ。
http://anond.hatelabo.jp/20081229001913
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【この記事に関する注意】
・長いよ。縦に。
・複数の項目に該当する場合の対処方法は各自で考えろ
・たまに性格に関すること以外に言及している時もあるさ
・女
・まさにlunatic
・ねちっこい
・罵倒大好き
【雲・海】
・でも男
・あまりはてな村周辺をうろつかない
【sky】
・SF好き
【wind】
・ガキ
【地名・何かのキャラクター由来】
・空気
【食べ物】
・20歳以上のオタ女
【色系】
・自虐癖
・本性はナルシスト
・ライトな文体
・サブカる
【10文字以上(複数の単語の組み合わせ)】
・自己主張が強すぎる
・「自分らしさ」に拘る
・時事大好き
・はてな村大好き
・タグを使う人はやたらユニークなタグを多用。タグを使わない人は一コメの分量が多い。密度も濃い。しかし、わかりにくい。
―単語間の区切りナシ
(そもそも誰かのサブアカであることを疑った方がよい)
・自己主張が強い
・ねちっこい
・口が悪い
・飽きっぽい
・ウケを狙いたがる
・「文章が上手い」ということになっている
・比較的内容の薄い(つっこまれにくい)コメントに終始する
【顔文字系】
・ほとばしるほど末端消費型オタク
・vipあたりから流れてきた若年層
・他人に対して淡白
・あまり知識をひけらすことを好まない
・カッコつけたがり
・打たれ弱い
・夢想家
・枯れたナルシスト
・文系合理主義
・吝嗇
・目がギラギラしてて怖い
・偏狂質
・コメントしても20文字以内に収まることが多い
【四文字以上の単語の繰り返し】
・地味 or ゴーイングマイウェイの両極端
【IT関連用語】
・お前がパソコン通信について詳しいのはよぅくわかったから
【見慣れない単語(本人にとっては何かしらの意味がある)で三-五文字】
・ゆえに文学に対してやたら凝る傾向がある
【ニックネームっぽい】
・リア充
・オフ充
・精神的にタフ
・ダイアリに重心を置いている人が多い
【和風】
・似非メンヘラ
・左翼
【苗字のみ】
(当たり前だが実際の苗字とは異なる場合が多い)
・人文系
・の皮を被ったオタク
・ドライ
【フルネーム】
・そりゃ、お前がマイコンについて詳しいのは当然だと思うけどさ
・経済にも強いよ!
・新書通
・自分に自信を持っている方なので割とタフ
・マッチョすぎて傲慢だと思われがち
【-chan、-san、-kun、-tan、-yan】
・バラエティー富んだぶち壊れ方をしている
・皮肉っぽい(つもり)
【子音】
(まず誰かのサブアカであることを疑った方が良い)
・いわゆるギーク
・モヒカンの気がある
・とりあえずはてな村の話題には食いつきます
【頭にy_(y-)】
・紛らわしい
【y_arim】
・y_arim
【しっぽに_y】
・しっぽ
【イニシャル+名前】
・がんばれ
・有象無象
【2文字目以降に大文字が混ざる】
・コメントで他者と違いを出したがる
【尻に数字】
―数字が一桁、または西暦(1980〓)
・ドライ
・飽きっぽい
・諦めが早い
・コメントは(褒貶どちらの場合でも)素直かつ淡白な感想を吐くのみに徹する
―西暦(1960,70台)
・しつこい
・とにかくしつこい
・キレやすく、安っぽい挑発にも簡単に乗る
―上記以外
・高ニ病
―I11
・説明不要
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・超期待してる。
松永和紀さんのblogに「あの人」が現れたのを見て、久し振りに某所の掲示板を見に行った。幾つか書き込まれた内容を読んでみたが、何をしたいのか良くわからない。本来なら全部のコメントを読むべきなのだろうが、読んだところで理解できる気がしない。そもそも長いので読む気も出ない。そこで理解することは諦めて、「あの人」が喜んでくれそうな話でも考えてみることにした。
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まさか、自分にあんな映画のヒーローのような体験のチャンスが巡ってくるとは、その時は夢にも思わなかった。
夜の繁華街の裏路地で、俺はたまたまその事件現場に遭遇してしまったのだ。
「やめてください、お願いですから……」哀願する少女を取り囲むように
「いいじゃねぇかぁ、少しくらいつきあってくれてもよう!」と、3人のチンピラ。
「……やめないか、悪党。」思わず、口をついで出てしまった挑発の文句。もう後には引けない。
逆上する3人のチンピラ。ナイフを手にしたやつもいる。
ならば……と、俺は左手で、懐からマイナスイオンドライヤーを取り出す。
「マイナスイオンドライヤーキック!」俺はすかさず、正面のナイフを持ったチンピラの鳩尾に蹴りを叩き込む。悶絶し、倒れるチンピラ。
「マイナスイオンドライヤー裏拳!」返す右拳を、唖然とするモヒカン頭の顔面に叩き込む。鼻の骨が砕け、昏倒する。
「マイナスイオンドライヤーエルボー!」もう一人のチンピラの頭蓋骨を砕く。
「スクリューパイルドライバー!」残るひとりを地面に叩きつける。
一撃必殺。
一瞬にして、俺を取り囲むように倒れ悶絶する血ダルマが4つできあがった。
「次からは、相手を見て喧嘩を売ることだな……。」
返り血で真っ赤に染まったマイナスイオンドライヤーを拭き取りながらそっと、俺に勝利をくれたマイナスイオンドライヤーにつぶやいた。
手抜きじゃないかって?その通り。だがどうして私が「あの人」のために貴重な時間を割かなくてはいけないのかね。そういえば「あの人」自身も相当な時間を無駄にしているように見えるのだが、本人はどう思っているのだろう。
※「あの人」が誰のことかわからない人は、こちらをどうぞ。
http://anond.hatelabo.jp/20081223204643
多動の子どもなんかいると、たいへんなんだよ。回りはみんな、そういうことわかってるから「子ども産んだだけえらいよ」って、お姉さんをなぐさめてるのさ。別にだから産まないのは変だってわけじゃないんだよ。ただ、話がそういう流れになってしまうだけで。子どもが居る苦労も居ない苦労もある。居る苦労はわかるけど、居ない苦労はわからない人ばかりだから、元増田にはつらいことになってるんだろう。いっときもジッとしていない子どもにまともな日常生活をさせることがどれほど大変なことだか、元増田にはわからないから同情できない、でも、他の人にはわかるから同情が集ってる。ただそれだけのことだよ。別に子どもが居ないからって、なんか悪いことしているわけじゃないし、いいじゃん居なくたって。
ただ、居ないと、居る人の苦労はわからないんだから、簡単に「まともに育てろ」なんて言わないことだよ。正直、「朝起きてご飯食べて、どっかに行って、それなりに時間過ごして、帰ってきて、ご飯食べて、風呂入って寝る」って、たったそれだけのことを子どもに仕込むのに12年はかかった。今は、その一つ一つのことのレベルを上げてる。自分で朝起きて、自分でご飯作って、自分がやりたいことのためにどこかに通って、って、そんな風になるのに18年かかった。
いいかい? DQNな甥っこだとか余計な事言って突っかかってるのは、元増田のほうだよ。確かに回りは挑発的な態度なんだろう。でも、相手にすることないんだ。だって、元増田の姉と元増田の生き方は根本的に違うんだからね。
甥っ子に財産やりたくなかったら、事前に使ってしまえばいい。財産担保に介護してもらうとか、使い途はいろいろある。血縁を否定するなら、他人とうまくやることだ。がんば。
政治・経済・法律について語ってるブログを見る度に思うんだが、
(1) 参考文献が明示されてない
(2) 明示されていても学会で通用する形式でない
というレベルのブロガーの主張なんて床屋談義でしかないんじゃないか。
特に(2)の状態のブログは弊害が目に余る。
ほとんどの人は「この人は専門知識をもってるんだ」と誤解するが、
自分が理解できる専門書の一節だけを強調して、
それを見抜けないでトラックバックとばして学問ごっこしてる人も同レベル。
自身の不明を恥じるべき。
あのような挑発的なエントリーを書いた個人的な動機を話しますと、
大学院生として論文を書くうえで引用文献のピリオドひとつにも注意するし、
学者がひとつの問題を何年も考えて研究成果を発表しているのを身近に感じています。
その研究成果が「○○人は××だ。ソースは△△教授の論文である」というように(少し大げさに表現しましたが)、
ネットで書かれそれを「学問的な正当性」を持っているかのように信じている人の多さにはやりきれなさを感じます。
複雑な考え方を超単純化して「自分は理解してる」とかっこつける人には不快感は覚えますが、まあスルーします。
形式云々の話ですが、いい加減なことを書いている人は「ソースを示さないといけない」って意識はあるので
とりあえず作者、雑誌名、ページ数を書くのですが、
大学の授業出て揉め事起こそうとするなんて、単なるキチガイだろ。
業務妨害でしょっぴかれてもおかしくないし、
本人も警察に捕まらなくてほっとしてるってのが見えみえ。
残ってるみたいな期待してるけど、
こんなバカはしません。
大学内で警察を持っていたりしてるので、そこでこいつはしょっぴかれる。
バージニア工科みたいなこともあったから、部外者が来ることにはもっと敏感だよ。
あと、アメリカの学生運動は、ギリシアで盛り上がったから俺らもなんかやるべみたいな思い付きじゃありません。
予算カットのなかでどう自分たちへの支出を勝ち取るかとか、きちんと根ざしたものを持って、
定期的にやってます。祭り感覚でとらえてる、しかも学生でももうない君らと一緒にするものじゃない。
まあ、挑発出してマジで来ちゃった段階で東は教務評価下がるけど、
その来ちゃって何か授業妨害してる段階でそれを排除しないと、評価下がるだけじゃなくて、
普通にクビとか、「市民」が強いと余計にそんな教授はニュースで叩き上げられっすよ。
「登校拒否」でもなんでもいいけど、もう少し言いたいことがどうしたら
これじゃあ単なる中学生だよ。
しかもたちが悪いのが、正統な学問のコースに乗っからない振りしながら、
自分の論述の随所に社会学なりなんなりの文献を散らばめるところ。
学術書を批判的に読むこともしてなくて、単に権威付けしてるだけじゃん。
あわよくば雨宮なんとかみたいなニート論壇で小金を稼げるようになるわけだし。
よっぽど、東大の社会学なんかのオーバードクターなんかのほうが苦労してるんじゃん。
追記)はてぶで「教員の許可取るとかバカだろ」とかいうのあったけど、
まあ(リアルキチガイがキャンパスに年に一度は来るような)アメリカの大規模大学でもなきゃ、
モグリはまあ黙認だよな。俺も高校生のときにモグった。
受講生としちゃこう考えるだろうなあ、そりゃ。
なんで常野と東の責任を対等に比較するような流れになってるのかが分からん。
そもそも東氏の負ってる責任は常野氏の責任とは比べ物にならんだろ。
お前が挑発して呼びよせたんだろうが、は、呼ばれた奴がどうであれ批判として成立するだろ。傍から見てる受講生の立場からすりゃーね。
で、一回くらいは部外者含めいろんな奴が(あくまで言論で)バトルロイヤルするようなアクティブな講義があってもいい経験になったんじゃないかと思うんだけどな。学生時代の思い出として。
でも、それはそういう言論的修羅場に耐え切れる精神力を役者が持っている場合に限るわけで、東氏にそこまでの図太さはないかもね。悪口じゃなく、喧嘩向きじゃない繊細なタイプだろう。
社会から隔絶されていて、どこにも居場所のないキモいブサイクな若年男女(たまにおっさん、おばさんもいる)が自分自身のアイデンティティを必死に誇示しつつ、自分のことは棚に上げて社会的に見下せる相手(非正規雇用者とか派遣労働者とか低学歴とか)に対して侮蔑的な言葉や挑発的な言葉を投げつけることで自分たちの優位性を再確認しつつ、「非モテ」だの「非コミュ」だの「童貞」だの「(いい年こいた)処女」と言った自分たちのコンプレックスが刺激される言葉に対しては、顔を真っ赤にしながら暴力的な言葉を投げつけて反抗を試みるものの、最終的にはどうがんばってもリア充、コミュ強者には勝てないことを思い知らされ、自分の中にある悔しさと憎しみを増幅させていく混沌としたネットコミュニティ。