2020-07-20

母を愛で殺すことにした

幼少期、俺は母親虐待されて育った。

母親虐待によって普通じゃない身体になった。普通じゃない心になった。

世の中において「普通じゃない」という事は想像以上に大きなハンデ。

特にメンタルや「お育ち」の部分は取り繕おうとして簡単に取り繕えるものではなく、世間との違いに苦しんでいた。

母親のせいでかなり大きく人生が狂った。

それでも俺はなんとかレールの上から落ちないよう努力する。

辛い事もあったが、一度も不登校留年浪人といった脱落イベントを起こすことなストレート大学まで学校に通い、正社員として就職出来た。

母親にこれ以上人生を狂わされてなるものかと必死だったからだ。

幸い俺の損害は「コミュ障」程度で済んだ。最終的にはこれも解消していけたらいいと思うが。

俺は当然、母を恨んでいる。

あいつのせいで人生が狂った。正確には「狂いそうな人生抗う」という、本来しなくていいはずの苦労を沢山した。

殺意ピークに達したのは俺が大学生の時。

母が変な宗教に目覚めたのだ。最初はああ、やっぱりこいつバカなんだな。しょうもない人間なんだなという呆れからやってきた。

だがその口から天使様の愛を受けているの」とか「ママほど愛に溢れた人はいないわ」みたいな事を言い出した時、魂が凍るような冷ややかな衝撃を受けた。

子供虐待して育てたお前が愛?何を言っているんだ?

しかも口で言うだけで、俺に対しての態度を改めることはなかった。

流石に幼少期のようにもう支配されてはいないが、冷たく当たったり俺のやることなすことを否定し蔑んだり、相変わらずだった。

何が愛だ。バカにしやがって。幼少期からの憎しみがふつふつと湧いてきて、湯が沸騰しそうなほどの怒りが立ち上った。

この時は本当に日本法律が許すなら殺してたと思う。だが現実として殺したら俺は捕まる。母にこれ以上人生を狂わされてはいけないので踏みとどまった。

大学卒業して就職したが、俺は長男なので固定資産の後継ぎとして家に残って暮らしていた。

大人になると、子供の頃あれだけ畏怖の対象だった母親がどんどん小さく見えてくるようになった。

俺は一人の人間として母を見た。

変な宗教にハマって、両腕に五つずつ、足首に一つずつ、首につの水晶をつけて、胡散臭い言葉を並べながらジャラジャラと歩いていた。

夫に否定され、子供たちにも見放され、親兄弟はもう全員この世にいない。孤独存在だった。

その時俺は母の事をはじめて、可哀想な人だと思った。誰にも愛してもらえない可哀想な人がそこにいた。

一度可哀想だと思ったら、なんだか可愛く見えてきた。この感情インターネット煽りで使われる「かわいいw」とニュアンスが近いと思う。

俺は試しに、母の事を何かにつけて褒めるようにしてみた。

今日の服が可愛いことや、容姿が年齢よりは若々しく見えるとか、今まで気づかなかった身体的な細かい特徴、たまに良い事を言った時は必要以上に持ち上げたりした。

すると面白いことに、母親ストレスで気が狂い始めた。どうやら自分容姿の細部や細かな言動に注意が向かれる事がストレスだったようだ。

あの人は多分、完璧主義なんだと思う。見られてると思ったら、それが他人に見られて完璧でないといけないと思っているのだ。心配しなくてもぜんぜん優れてないよ。

「そういうのやめて!もう何も言わないで、話しかけないで!」と騒ぎ出すようになった。

一応言っておくが、俺はただ単に褒めただけだ。「今日の服、爽やかでいいね!」と言っただけで、上記の反応になるのだ。

俺は味をしめた。褒めるだけで相手は気が狂ってくれる。ストレスで寝込んでくれる。俺にとってこんなに都合の良い事があるだろうか?

俺は母を愛そう。でも愛した結果どうなるかまでは分からない。どうなっても俺は母を愛しただけだ。

その愛は歪んでいる?でも歪んだ愛も愛だと教えてくれたのこそ、あなたじゃないか。俺は親からもらったものちゃんと返す、それだけだ。

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  • 因果応報としては面白い

  • 「俺は虐待された」しか書いてないのでそれがどんな虐待だったのかそもそも虐待だったのかすら判断できないので増田に共感も反感もできない。失敗作。

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