9時始業の会社の玄関を、いつも9時15分頃にくぐる。そこから3階の実験室にある自分のデスクまで、別の部署の知らない誰彼に適当に挨拶をしながらだらだらと歩いていく。カバンからセキュリティカードを取り出して実験室に入り、同じ部署の別グループが毎朝ミーティングをしているテーブルを無言で通り過ぎる。進捗報告だかなんだかをハキハキと語り合う彼らの向こうにある自分達の実験ゾーンに入って行き、窓側のデスクに座った後輩Aに背中越しに聞こえるか聞こえないかの声で、「はざっす・・・」と一応の挨拶をする。かすかに返事のようなものが聞こえたり聞こえなかったりするのを感じながら、俺は自分のデスクにだらっと座ってPCを開いて電源を入れる。だるい速度で起動するPCの、だるい速度で起動するメーラーを立ち上げて新着メールを確認する。0件。まあだいたいこの頃はメールは何もない。それから俺は出退勤アプリなる謎のソフトを開いて9時出勤と打ち込んで送信する。そんな朝が俺のこの頃の日常だ。
俺はそれから自分たちのグループのスケジュールを確認する。ミッションの完了期限は1か月後、それに対して進捗は100%を表示している。もう終わっていた。毎日確認してみても、俺たちの仕事はとっくに終わっていて100%から変化しない。すべてが順調であったわけではないが、見積もった実働時間を1.6倍でスケジューリングして開始した俺たちのミッションは、そのまま見積もった実働時間通りに工期を終え、要求される仕様の1.3倍の性能を実現していた。報告を受けた上司は、「おつかれ。まああとは適当にキャッチボールでもしといて」と言ってにやりと笑った。キャッチボールって何なのか、俺には良くわからなかったが、それ以降俺たちはそれぞれが毎日好きなことをして過ごしている。
そんな俺たちのグループには2年目の若手がいた。過去形なのは、そいつがもうグループから抜けたからだ。そいつは何というか、高学歴であったが、いわゆる仕事が出来ないやつだった。最初のうちは笑って許せたミスも、2年目以降いい加減にだるくなってしまった俺が、そいつに任せる仕事を徐々に減らしていったのは、俺の器の小ささでもあるが、よく言えば仕事のクオリティに対する責任からでもあった。
いつからか分からないが俺は彼を馬鹿にするようになった。暗に明に。どうでもいい仕事しか任せないし、そのどうでもいい仕事すら期待する成果を上げられない彼を、グループ内でネタにしてもいた。あいつ、いらないよな。っていう雰囲気が、グループ内に浸透していった。そして彼はいなくなった。
実際に彼がいなくなってから、俺たちのグループはさらに生産性が上がった。要因は、なにより俺たちのメンタルヘルスが一気に安定したことにつきる。俺たちは成果に貢献できない彼の尻ぬぐいや愚痴に時間を割く必要がなくなり、まさに生産的で専門的な成果に集中することができるようになったのだ。若手教育に配分する時間が減ったわけではない。彼の替わりに1年目の新人が参加することになったからだ。新人は真っ当な奴だった。真っ当とは何かといわれてもうまく説明することができないが、彼は実にテキパキと失敗と成功を繰り返しながら成長していく。そんな彼を教育する俺たちのメンタルが以前に比べてまったくのオールクリア状態なのは言うまでもない。
俺は思うのだ。無能な新人は無能な上司よりたちが悪いのではないかと。そこに倫理的な問題があることを俺は十分に認める。しかし、むしろ、そこに人間として守るべき道理のようなものがあるが故に、よりたちが悪いのではないかと。俺たちは苦しんだのだ、とまでは言わない。しかし、実際的に俺たちはその時、生産性を落としていたのだ。そして彼が去り生産性は再び向上したのだ。無能な上司のせいで生産性が落ちるとき、それは無能な上司に責任がある。そう叫ぶことに倫理的な痛みを俺は感じない。だが、この場合はどうだ、俺は2年目の彼を糾弾してよいのか、良くないのか。いや、良くないのだろう。彼は無能だった。そのことに俺たちの責任を認めないわけにはいかないからだ。俺もまた無能な上司だったのだ。だが俺はいまでもそのことを認めることができないでいる。それは俺の心の痛みか、羞恥心か、あるいは別のもっと簡単な何かのせいなのだろうか。
無能な赤ちゃんのせいで子育て世代が苦しんでるんだし、そんなのどこにでもある光景だよ。 ガゼルみたいに赤ちゃんが産まれて30分で自力で歩けるならもっとみんな楽になってた。
問題設定をミスってるから、長文が生成されている感ある。