今まで道を外れない様に、安全な道を歩いてきた。つもりだ。
中高時代から周りには賢い人間が多く、自分の能力は平凡だと早めに気づくことができた。
それでもなんとか上に食らいつこうとしてそこそこの努力をして今がある。
受験勉強はそれなりにやったが、進学校程の勉強量ではなかった。
スポーツもそれなりだった。
中高と部活に入ったが、県大会優勝等の実績を残すには程遠かった。
それでも全くやっていない人間よりは良い経験を積めたし、体力もついたと今でも感じている。
無茶苦茶興味があった訳では無かったが、それなりに興味に近い分野であることと、将来の就職も安定していそうとの打算もあったかもしれない。
打算は当たり、大学院を卒業してそれなりの企業に入った。もちろん電機系メーカーだ。
年収も悪くない。
大学時代に出会った早慶東大卒の人たちには適わないが、同年代では良いと言われる程度の年収だろう。
私の母も、3兄妹の中で一番安心していることだろう。
まだ生まれてはいないが、近々2人目の子供が生まれることになった。
夫婦ともに望んでの2人目だったので最初は私も喜んでいたのだが、日に日に喜びよりも不安の方が大きくなってきた。
今後仕事は続けていけるのか。
私より能力のある人間や、私より努力している人間は山ほどいる。
それはこれまで私が多くの人と接して分かっていることだ。
それなりに何となくやってきた私が、今後生き残っていく余地は日に日に狭まっているように感じる。
ここまで書いたらそう言われるだろう。当然だ。
今の生活をキープしたければもっと努力をするべきかもしれない。
でも、それなりにやっていくのが私の中でうまくバランスを取る方法なのだ。
自分のキャパを超えて、仕事や子育てを必死にやって3年で限界が来たらどうしようもない。
それまで何とか持ちこたえたいが・・・無理かもしれない。
10年前に死んだ父親は尊敬できる人間だとは思わなかったが、それでも私たち兄弟を自立するまで育ててくれた。
自分はそうなれるだろうか。
今のところなれない可能性のほうが高い気がしてならない。
うんち
言えることは、国内のどの電機系もやばいってこと。 元増田の不安はわかりすぎるほど
自虐風自慢乙