増田には大きな組織というのが合っていなかった。小さなコミュニティが方方で出来上がって、コミュニティのメンバーも性別もバラバラ。それぞれ欲望や野望で繋がる関係。金が絡む分、学生のコミュニティより何倍もやっかいで面倒で、そしてひたすら面倒だった。
「お世話になりました」
店の前で最後にそう言って頭を下げて、「カラオケいこうよ」とか言っている同期の男性社員を笑顔で黙殺した。嘘の言い訳もしたくなかった。ひたすら帰りたかった。何か非難するような後ろから聞こえたが無視した。どうせもう会わない人達だ。そこから夜の新宿を駅まで歩いた。金曜夜の新宿は人が多い。歌舞伎町のネオンの迫力もあって、日中よりも騒がしいんじゃないかと思うほどだ。町の雑踏を覆う音も多様さを増している。
増田は夜のいろんな店の呼び込みを横で聞きながら、これからのことを考えていた。貯金はある。多くはないが退職金ももらった。休みが少なかったことや、それほど趣味や人付き合いも多くなかった彰俊は、生活においてそれほど多くのお金は必要無かったのだ。一人暮らしだが、家賃補助も出ていた。
駅で人並みに乗じて、ホームを目指す。電車に乗り込んだ時、ポケットの携帯が震えた。画面を見ると、送別会で「LINEを送る」と言っていた女子社員からのメッセージが来ていた。ホーム画面でメッセージを軽く見ると、「寂しい」とか「あまり話せなかった」とかのキーワードが見えた気がする。しかし少なくとも今は、そういうのを読んだり相手にする気分にはなれなかった。ポケットに携帯をしまう。反対のポケットに入っているウォークマンの存在も思い出したが、ウォークマンを引っ張り出す気分にもなれなかった。「ドア閉まります」のアナウンスと同時に目の前のドアが閉まる。閉まったドアの前に、電車に乗りそびれた若者が悔しそうな若者の姿が見えた。
無職だ。新卒で今の会社に入って五年余り。無職な状態は当然だが経験していなかった。理系出身の彼は、名の知れたIT企業に就職した。そこで増田は、自社システムの営業として働いた。仕事は難しくなかった。勉強が必要だったのは、入社間もない頃だけで、その後はつかんだコツを応用するだけだった。困ったら笑顔で、ハリボテで上塗りの「若さ」を表明すればよかった。上手に笑えば、たいがいその場はうまくまとまった。それまで会ってきた女子も増田が笑えば、それまでは迷ったり興味ないふりをしていたり、お高くとまっていた子だって誰もが、要望を振り払うのが難しかった。
電車から降りる。駅の階段を上がって、大通りに出る。金曜の夜は車の行き来もまだ激しい。駅から徒歩五分位のマンションが、増田の住処だった。「家賃が払えなくなったらここも追い出されるのか」なんて思いながらドアを開ける。そこそこ片付いていて、そこそこ男の一人暮らしっぽく散らかった部屋だった。服なんてなんとなく畳んであるだけだ。荷物を地面に置いて、送別の品であるネクタイの箱を机に放り投げて、一つため息をつく。「明日からどうするかな」。増田は一人部屋で、文字通り立ち尽くしていた。
よう彰俊
取り敢えずストロングゼロ飲め。