2015-09-18

星のゆくえ

9月の夜は、だんだん肌寒くなってきた。

碌に仕事をしない職員の代わりに、店内の施錠や点検を終わらせて、外周巡回に出た。最低賃金24時間ぶっ通しで働く、警備員仕事。初めは本当に辛かったが、慣れてくると肉体的にはどうということはない。寧ろ、これだけ働いてもまともな給与を貰えない現実を肌身に感じるにつけ、モチベーションの維持が難しくなっている方が問題だ。

銀行で働いていたとき上司に言われた言葉がある。

仕事に身が入っていない」

「お前は、自分判断が出来ないから、何をやっても無駄に終わるだろう」

簡単にできると思って嘗めてかかっていた警備員仕事だが、今の上司からも同じ事を言われ続けていて、また社内で崖っぷちの状態に立たされている。

集中力判断力が無い。自らの仕事ぶりを振り返るに、確かにその通りだと思うのだが、自分が何故これほどまでに仕事が出来ないのか、30歳になるまでずっとよく分からなかった。

店舗屋上に上ると、冷たい風の隙間に、町の街灯がぽつぽつと煌めいて見える。排水溝には蟋蟀が住んでいるようで、頼んでもいないのに、哀愁漂う合唱を思う存分聞かせてくれた。

巡回をする間、また余計なことを考えていた。

3ヶ月前、前の会社の後輩が結婚した。私は結婚式に招待すらされなかったが、後輩は結婚にかかった資金を一時、消費者金融で工面したらしく、返済のために私に金の無心をしてきた。利用しやすく押しに弱い、こちらの性格をよく知ってのことだろう。

私も後輩の性格はよく知っていたので、きっぱり断れば良かったんだが、前職時代、散々仕事上で迷惑をかけていた罪悪感があって、結局彼に40万円を貸した。私は、彼が私よりも遥かに高給取りであることを知っていたので、来月のボーナスで返済するという言葉を信じてしまったのだった。

結局、彼は借金会社にばれたのか、仕事を辞めてどこかで逃亡生活を送っているようだ。貸した金は15万円だけ返して貰ったが、残りが返済される当てはほぼ無い。騙されたも同然だが、彼が悪いとは思わない。結局、私に判断力が無かったことが原因だから

上に書いた貸金とは別に貯金退職金から成る100万円ほどを元手に、半年から株を始めた。半年で40万円ほど稼いだが、先日の大幅下落で10万円の損をしてしまった。これも判断ミスだったかもしれない。官製相場からと、調子に乗っていたか隣国経済状態にも気がつかなかったのだ。

こうやって書き出してみると、段々「理由」が見えてくる。

バカ無能なんだから実家帰省してニートでもやっていれば良かったのに、片親に迷惑をかけたくなくて、無理に遠い職場を選んで一人暮らしをした。慣れない土地パワハラに追い詰められ、職場を辞して、自分でも出来そうだと言うだけで次の仕事を選び、また同じ事を繰り返している。

やりたいことなど何も無い。

方向性もクソもあったもんじゃない。

からといって、特定思想宗教も信じられない。

中途半端な知性と脆弱な心のせいで、まともな人なら誰もが思うように、己の道を切り開こうとか、年相応のスキルを磨こうとしてこなかったツケを払い続けているだけだ。

周りに流され、怒声に怯えるだけの男に、正常な判断力集中力など身につくわけが無い。それに相応しい人生が待ち受けているだけだ。

何が間違いだったのだろう。

どこで間違ってしまったのだろう。

子供時代がそんなに輝かしかったわけではないけれど、思うに、最初から間違っていたのだ。

この世で何も為す気が無いのに、生まれしまったことだけが過ちだった。

建物の外に、一匹の猫が居た。

ライトで照らすと、彼は足早に駐車場の外に去って行って、その行く先には大きな北極星と、満天の星空が輝いていた。

子供の頃、飼い犬と一緒に、公園で星を眺めるのが何よりも好きだった。

あの頃に夢見た未来が、二度と帰ることのできない地平に逃げ去ってしまったような気がして、私は泣いた。

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