http://rinu.hatenablog.com/entry/2013/03/17/164151
ブコメを見てると、
とか、ネガティブな意見がいくつか散見されたので、ちょっと思うところを書いてみる。
ちなみに、この元エントリ主を個人的に知っているので、ここで書かれていることは事実だな、という実感はあるし、社内の文化としてそういうのを受け入れる懐の深さはあると思っている。
まずこの辺。
こういう感想を抱きがちなのは、SI系の人だろうなと思っていたら、1つのブコメ主が id:NOV1975 とかだったから、案の定と思ってしまった。SI/Web かで、特別因果関係があるわけでもなくて、Web系でも引き継ぎ大変なのは一緒なんだけど、SI系はどうしてもある一人の優秀な人に依存すると、ビジネスが回らなくなるという大きな問題があるので、わからなくもない。
けど、見方を少し変えると、こういうツールやスキルをその人が残して去っていって、残ったものとして目の前に明らかに効率が上がる手法があることがわかった、というのがまず大きな収穫なんじゃないか?少なくとも、それが今まで現場として出来ていなかったという事実は、その人よりも周りのスキルが低いことを暗示しているので、収穫にならないということはないはず。
それなのに、みんながそれを使えない/教育・啓蒙できる気がしないから使わない/使えないとか放棄する、っていうのは、あまりにももったいないのではないか、と思う。むしろ、そういう方法があるのだから、意思を引き継ぐ気概のある人がそれをやればいいのではないか。残したものが難しかったり癖があるのであれば、それを癖をなくすように改善していけばいい。それを文化として定着させればいい。それができるのがプログラマという職業ではないのか?
定着させるのが難しい、政治的にいろいろゴニョゴニョしなきゃいけない、とか、多分プログラマとしてアプローチが間違っている。違うんだよ。口を動かすんじゃなくて、手を動かすのがプログラマでしょ?
それが出来ないから困ってる、そんなの理想論だろ。うん、じゃあ転職しようか。少なくとも、そこに不満を持つことが出来る人で、何とか出来ない現実がそこにあるのなら、そこはあなたの求める環境じゃない。ありのままの自分を受け入れてくれる環境じゃない。
次この辺。
外国人関係なくね、はその通りだと思う。日本人でもできるし、きっとやってる人いると思う。ただ多分、外国人だからこそやりやすかった、ってのはあると思う。日本のいわゆる暗黙的な了解というか、そういうの知らないだろうから。
上でも書いたけど、
こういうところがまさに日本的で、そういうことに気を使う文化だということを知らないからこそ、彼らにとってはそれが普通だったからやったまでで、日本人から見ると、外国人だからできるんじゃん、って思えちゃう。で、僕らはそれを内心すごく羨ましく思っている。だから、「崇拝」って単語が出てきちゃうんだよ。
コンプライアンスとかそーいうので決まってるんだよ、とかって現場もあると思う。そういう場合、彼らが次に取る行動は多分、そんな生産性の悪いルールは変えろ、捨ててしまえ、って声を上げるんだろう。声を上げてもダメなような現場なら、彼らはきっと去っていくだろう。
最後。
これは、割とそういうことが一般のプログラマでもできちゃう社風というか文化だと思う。メモリ上げたりは普通に経費で出来ちゃうし、Mac 不調だから変えてくれ、って言ったら変えてくれるし、サーバはインフラが仮想化されているので、検証環境用意するのはメール一本で済んじゃう。そういう社風なのです。そういうおかしい会社もあるんですよ。多分、Web系のプラットフォームやってる会社とかソシャゲ系の会社は、多かれ少なかれどこもそういうことやってるんじゃないかな。
やっぱり受託開発やってて経費全部そっから捻出しなきゃいけなかったり、顧客側で開発環境指定されてるSI系よりも、Web系の事業やってる会社はサービスが当たらないと次がないので、その辺割と融通効くところが多い気がする。
この論の趣旨として間違ってほしくないのは、SIよりWebだろ、っていう短絡的なことじゃない。それは単に、現状でプログラマにとってやりやすい環境なのは現状Webなだけってことで、SIだって出来る会社あると思う。本当に言いたいのは、自分がその方がいいだろって思えることは、口を出して周りを動かすのではなくて、手を動かしてそういう環境を作ろうよ、出来ないところならやれるところに行けばいいじゃん、ってただそれだけです。