2020-11-01

ガシ高のひょっこりさん

うちの高校はガシ高と呼ばれている。東高校が変に略されてガシ高になったらしい。そしてこのガシ高には、「ガシ高のひょっこりさん」と呼ばれ、近所の学校でも有名な奇人がいるのだ。

ガシ高のひょっこりさんは私と同じ学年の女子生徒だ。でも、みんなにひょっこりさんと呼ばれていて本名を知らない。ひょっこりさんのあだ名の由来は非常に単純で、学校の中で交わされる会話にひょっこりと紛れ込んでいるからひょっこりさんと呼ばれている。私はまだひょっこりさんのひょっこりに遭遇したことはないけれど、噂話をまとめるとこうだ。

・ひょっこりさんは会話にひょっこりと紛れ込んでいる。

・ひょっこりさんは話題感想一言残して去っていく。

・みんなひょっこりさんが一言いうまでその場にひょっこりさんが紛れ込んでいることに気がつかない。

・ひょっこりさんに遭遇した人は幸運になる。

なんとも奇妙な話だ。特に最後のなんて意味が分からない。

でも、ひょっこりさんがひょっこりしてくるまで誰も気がつかないのはどうやら本当らしい。彼氏友達が遭遇したとか。

というわけで、私は学校の昼休みの今、お弁当をつつきながら彼氏からひょっこりさんの話を聞いている。

「で、ダチはテストヤマカンが当たって今回学年一桁だったんだって。ひょっこりさんのおかげだって言ってたよ」

そう言ってくる彼氏に、私は疑わしい目を向ける。

「でもひょっこりさんって言っても普通の人のはずじゃん。だってクラスで授業も受けてるわけだし。私はまだ遭遇したことはないけど、噂の中でも幸運になるとかいうのが一番訳わからないよ」

「訳わからんって言っても、噂はそうだしそもそも会話にひょっこりさんが紛れ込んでいるのに誰も気づかない時点で意味わかんねぇじゃん」

「確かにそうだけど、やっぱり幸運になるってところは単なる偶然でしかないでしょ。ひょっこりさんに遭遇した後の幸運をひょっこりさんのおかげだと思い込んでるだけだって

「そうでもないんですよ」

「だからそんな訳ないって、偶然……」

私はそこまで言ってハッとした。彼氏もびっくりしながらその人を見つめている。ひょっこりさんだ。ひょっこりさんが会話に紛れ込んできた!

本当に噂通りだ。今この瞬間までひょっこりさんがこの場にいることに気がつかなかった。そしてひょっこりさんの言葉はこの会話を把握していないと出てこない言葉だ。少なくとも、少し前からこの場にいたことはわかる。噂通りならこの後ひょっこりさんは去っていくのだろう。

でも、ひょっこりさんはこの場を去っていかなかった。何かに気がついた様な顔をしてこちらを見ている。

「お二人とも、ちょっとついてきてもらえますか?」

噂話にはなかった展開に、私と彼氏はびっくりしながら、ただ無言で頷いて彼女のいうことを聞くことにした。

私たち美術室に連れて行かれた。そしてそこで、ひょっこりさんの秘密を見せてもらった。

彼女は全校生徒が描かれた絵を描いていたのだ。その絵のために人を観察することが必要で、それは決して見た目のことだけではないので、密かに会話に紛れ込み一通り話を聞いた後、盗み聞きにならない様に一言残していくということをしていたのだと。

そして、この絵の中心に男女を描きたいらしく、私と彼氏モデルにしたいと言われた。

私も彼氏もびっくりしたけど、二人揃って二つ返事でオーケーをした。だって、見せてもらったその絵はあまりにも輝いてみえて、素晴らしい出来だったのだから

そしてもう一つ。この絵のことは秘密にしてほしいと言われた。題材が題材だけに描くのに時間がかかっているが、完成するまでできるだけ人には知られたくないのだと。私たちはそれもオーケーした。

そこで午後の授業の開始チャイムがなり、私たちは各々の教室に帰っていった。

それから、私と彼氏放課後になると美術室に通った。その間彼女は絵に集中してほとんど話をしない。一方で私と彼氏他愛のない話をし続けた。ひょっこりさんによると、話の仕方の雰囲気などにその人らしさが出るということで、会話をすることもモデルとして必要だと言われたからだ。

この美術室には私たち以外の人は来なかった。ひょっこりさんが、美術部員は私だけなので、と言っていた。

そうして、ひょっこりさんの絵が完成に近づいた時、事件が起こった。ひょっこりさんが停学になったのだ。原因は、彼氏だった。

彼氏放送部員だ。毎年ドキュメンタリー撮影をしてコンテストに出場しており、今年の題材をひょっこりさんにしたのだという。

彼氏には勝ち目があった。ひょっこりさんの素晴らしい絵を知っているのは自分と私だけであり、ひょっこりさんの奇妙な噂話と自分が知っている事実、そしてひょっこりさんのすごい絵をちゃんとまとめれば、今年は全国大会に出れると思ったらしい。

そして彼氏ビデオカメラを持ってひょっこりさんのいる美術室に入ったところ、ひょっこりさんはペインナイフを振り回して出ていけ!と彼氏に怒鳴りつけたそうだ。

何が悪かったって、ひょっこりさんのその様子が彼氏ビデオカメラにしっかり映ってしまたこと、その上その動画SNSで出回ってしまたことが重なり、停学になってしまったのだ。それどころか、退学になるのかも、という噂まで流れてきていた。

その動画は私も見たし、彼氏からも話を聞いた。ひょっこりさんが怒っていたのは彼氏秘密を破ったからだ。彼氏が言うには、あそこまで怒るとは思わなかったそうだ。そして動画が出回ったのは完全に不手際で、部活備品に録画されていた映像たまたま見た他の部員がすぐに流出させてしまったらしい。でも、それが誰なのかははっきりわからないと。そしてその動画にはひょっこりさんの絵は映ってなくて、SNSではなぜかキレてペインナイフを振り回す危ない女としてひょっこりさんが認識されてしまった。

私はこの件で何よりも彼氏がっかりした。なぜ、秘密約束を守れなかったのか。ひょっこりさんの怒り方も確かにすごいものだったけど、でも、私たちはひょっこりさんと絵のことは秘密にすると約束していたのに。加えて、彼氏はこの件で自分がひょっこりさんを怒らせた理由について何も言っていなかった。ただ、ひょっこりさんを取材したくて、美術室に向かうのを見たかカメラを持っていったとしか説明していなかった。それも、ことが大きくなってしまったがための保身が理由で。

となると、私がするべきことは彼氏、いや、元彼と私、そしてひょっこりさんのことを白日の元にしてなんとかしてひょっこりさんの退学を避けるために努力することだと思った。

そのためにまずはひょっこりさんの絵を写真に撮るのが必要だと思い、放課後美術室に向かった。そうしたら、そこにひょっこりさんがいた。

ひょっこりさんは学校を辞めると言った。今日はそのために荷物を取りに来たのだと。

私はひょっこりさんを引き留めようとしたが、ひょっこりさんはそれには答えず、ただ、私の絵をもう一度描きたいと言った。私はそれを断れなかった。

ひょっこりさんがイーゼルに向かう。そして、今日の私の話し相手はひょっこりさんになった。

ひょっこりさんがぽつりぽつりと話をする。

今回学校を辞める直接の原因は両親の離婚だという話。自分父親にも母親もついて行かず、ひとり立ちしたいか学校を辞めるのだと。

ひょっこりさんの両親はだいぶ前から仲が悪く、ひょっこりさんは絵を描くことで嫌な現実から逃げていたと言う。全校生徒を絵に描くという途方もない挑戦を始めたのも現実逃避だったと言っていた。

絵を描くこと自体は楽しく、そのポジティブ気持ちと元々の動機になるネガティブ気持ちが入り混じって、せめて完成するまではなるべく他人には絵を見られたくなかったらしい。

けれども元彼ビデオカメラを持って美術室にやってきたことで、秘密が暴かれたと思い、混乱してしまったそうだ。それが録画され、動画流出に繋がっていく。

そしてその件が両親の不仲への決定打となった。二人とも、ひょっこりさんを面倒な子どもしか思ってないことが分かってしまい、ひょっこりさんは自立を決心し高校を辞めるという決断に至ったらしい。

私はひょっこりさんに学校を辞めて欲しくなかった。ここに至るまでのことをちゃん先生たちにも説明する、元彼にも謝らせると言ったが、ひょっこりさんはもう決めたことだから大丈夫だと言った。そして、そのタイミングで私の絵が完成したらしい。

時間にして2時間弱。私は絵については詳しくないけど、ものすごく筆が速いと思った。その私が描かれた絵は、やっぱり輝いて見える絵だった。

「私、モデルさんとお話ししながら描くのって初めてでしたけど、お話を聞くだけよりもたくさんのものが見えますね。ありがとう

ひょっこりさんはそんなことを言っていた。

そして荷物をまとめて帰ろうとするひょっこりさんに、私は何かを言わなければと思っていたけれど、何を言っていいのかわからなかった。

だけど、ふと初めてひょっこりさんと話をした時のことを思い出した。あの時、ひょっこりしながら彼女は「そうでもないんですよ」と言っていた。ひょっこりさんに遭遇すると幸運になるという噂話に対して、そう言っていた。だから、私はその噂は本当なのか?とひょっこりさんに訊いた。

ひょっこりさんは笑いながら答えた。

「本当ですよ。私、絵に描いた人に幸運を運べるんです。私に遭遇するってことは絵に描かれるってことだから、そんな噂になったんでしょうね」

「じゃあ、もしかして最後に私の絵を描いてくれたのって……」

「そうです。私の素敵なモデルさんに、幸運が訪れます様に」

そう言って、ひょっこりさんは去っていった。

ひょっこりさんの話は正直信じがたい。けれども、そうなのだと思うことにした。

それ以外、私にできることは何もないのだから

https://anond.hatelabo.jp/20201101013516 へ。

思っていたひょっこりとは違うかもしれないけれど。

記事への反応 -
  • ここに何度か創作小説を投稿したことのある増田です。 最近あまり創作してないので、何かお題をください。

    • 桶川のひょっこりはんのように町でひょっこりひょっこりする人物の話が見たい

      • うちの高校はガシ高と呼ばれている。東高校が変に略されてガシ高になったらしい。そしてこのガシ高には、「ガシ高のひょっこりさん」と呼ばれ、近所の学校でも有名な奇人がいるの...

        • ありがとう、なかなかおもろかった ひょっこりさんは単なる道化ではなく複雑な背景がある人物だと思った 彼女に幸ありますように

      • ありがとう。 ひょっこりで何か書いてみる。

    • 気鬱を持つ先生が、若い頃に友人(仮にKとする)を裏切り、奥さんと結婚するような話

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