13人の客、その3人目は元コンビニ店員だった。
「この前、『コンビニ戦争 ~研修員 VS マジ卍チーム~』ってのを観たんだけど……」
「ゲホッ、ゴホッ!」
全く知らない作品だったが、タイトルから漂うB級臭さに気管がやられたようだ。
しかし、その作品が何級だろうが、俺にとっても元コンビニ店員にとっても大した問題ではなかった。
「期限が過ぎた弁当とかは処分されるとかいうけどね、実際は店員が持って帰ってることも多いよ」
映画の感想もそこそこに、元コンビニ店員は自身のやっていた仕事について語りだした。
語る時の熱量からして、こっちこそが本題だったのかもしれない。
「コンビニのチキンが美味いのは、中から外から加工しまくってるからなんだよ。あれはもうチキンの形をしたナニかだね」
やっていた業務、ちょっとした裏事情、時勢の変化やらクレーマーへの対応などなど。
俺はコンビニで働いたことはなかったが、アルバイターとしては中々に興味深い。
「パッケージ詐欺が話題だけどさ、あれは一種の炎上商法なんだよ。面白がって買ってくれたら儲けもんだから」
それと同時に、この客の語ることは酷く“ありふれている”ようにも感じていた。
まあ、ありふれているのも当然といえば当然だ。
石を投げればコンビニに当たるような世界なんだから、元コンビニ店員にだって当たることもあるだろう。
それでも違和感が拭えないのは、この人の語ることはどうにも大それていたからだ。
「……と、言いますと?」
「そのまんまの意味だよ。後は縦に繋げるか、横に繋げるかの違いでしかない」
もはや「“元コンビニ店員”という肩書きを持つ個人」が語れるような範疇を越えている。
「小売という概念は、より広い意味となり。あらゆる規格はコンビニ基準になるんだ」
一体全体、この人は何の代表として、こんなことを言っているのだろうか。
13人の客、その4人目はダンサーだった。
「『閃光の舞』って知ってる? 店員さんの世代じゃないやつで、ちょっと古めの作品なんだけど」
これまで挙げられたものとは違い、その映画に関しては少しだけ知っていた。
今回は話を合わせやすそうだ。
「いや、そうじゃなくて」
……と思っていたんだが、なんだか噛み合わない。
「君はどう思う?」
「えーと、俺は」
「まあ、それもあるかもしれないけど、僕としては……」
俺が喋られる時間は一秒ほどで、それ以上は無理やり中断して自分の喋りに移行してくる。
こちらも聞き役に徹するならそうするのに、尋ねてきた上で遮ってくるから性質が悪い。
「とあるイベントの際に、催しとしてゲームダンスはしたことありますね」
「ゲームダンス~? 今はビデオゲームの話じゃなくて、ダンスの話をしているんだよ」
「いえ、ゲームダンスってのはロボットダンスの亜流みたいなやつで、ダンスゲームのことではないです」
この客は、まるで最初から最後まで話したいことを決めているようだった。
そして、それ以上も、それ以下も、それ以外も許さない。
そういったプレッシャーを常に放ち続けてくる。
この時の俺は、何かよく分からないものに踊らされ続けているようだった。
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