2021-01-27

[] #91-4「13人の客」

≪ 前

13人の客、その5人目は水商売生業とする者だった。

映画というかドラマなんだけど、最近は『不夜城の女』とか観てるのん。ウチにくるお客さん韓流とか観る人が多くて、私も話題作りのためにねん」

水商売といっても色々あるのだが、具体的に何の仕事をしているのか、その人はハッキリとは言わなかった。

ナリからして、たぶんティーンエイジャーの俺には縁のない職種だと思う。

それを客側も知ってか知らずか、随分と勿体つけた言い回しで冷やかしてくる。

チャージって知ってる?」

「何かを貯めるんですか」

「あらやだ、“タメる”だなんて」

こんな調子に尋ねてきては、こちらが何を言ってきても笑ってくる。

若い女性を「箸が転んでもおかしい年頃」なんていうこともあったらしいが、この客もそんな感じなんだろうか。

いや、どちらかというと“意図的にそう振舞っている”ように見える。

「このテの映画ドラマとか見てると、欲望系のビジネス反社会的に思えるかもねん。だけどコンプラにはメチャ厳しいのよん。下手な上場企業よりマトモなのん

「そうなんですか。どうも不勉強で……」

「いいのよん。ウブで受け身な方が、むしろ愛嬌があるわん」

「はあ……」

この人はなんというか、『若い女性』というパッケージに『水商売』という香水ふりかけているようだった。

その人工的な匂いは、俺が未成年ということを差し引いてもキツい。

この人は多分、こちらがそう感じることを分かった上でやってきている気がする。

「ホホホ、ウッフンアッハン」

“ウッフンアッハン”って。

実際に言ってる人間、初めて見たぞ。

====

13人の客、その6人目は紺色のスーツを着ていた。

正確には“スーツを着ていた”というより、“スーツに着られている”感じだ。

しかしたらスーツ買いたての就活生か、新入社員とかかもしれない。

「今さらながら『トラック企業に勤めてるんだが、もうコレラ厳戒かもしれない』観たんだ」

トラック企業とかが話題になってた頃ですね、その映画が出たの」

あんまり評判が良くないこともあって当時は観なかったんだ。結末にモヤモヤするとかで」

その客は映画について感想を語っていくが、それと同時に自分仕事に対する価値観吐露していた。

「一週周って、この映画にはリアリティがあるように感じたんだ」

その様子は達観しているというよりは諦念に近く、どこか物憂げな雰囲気を醸し出していた。

だが、それよりも気になるのは、この客のジェスチャーだ。

企業ホワイトだとかブラックとかっていうけれど、仕事の在り方ってそんなに白黒はっきりしていないというか、マーブル調だと思うんだよ。そう思わない?」

「つまりケースバイケースとか、人によって感じ方が違うとか、そういうことでしょうか」

「う、う~ん、まあ、そうともいうかな」

こちらの顔をやたらと窺っては、こちらの受け答えによらず歯切れが悪そうに返してくる。

何の意図があってやってるのか、こちらを試すような真似をしてくる。

映画とか、こういう腰を据えて時間を使う趣味コスパが悪いかもしれないね~。最近そう思うんだ」

「そうかもしれませんね」

「うん……」

「……」

どうやら、この客は俺に何かを期待しているようだ。

それが何なのかは、ついぞ分からなかったが。

奥ゆかしいようでいて、実は図々しいタイプなのかもしれない。

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