13人の客、その13人目は関係者だ。
「私は関係者」
「関係者……とは、このビデオ屋の関係者ってことでしょうか?」
「そうともいえる」
「ああ、そうだったんですか。ご用件は何なんでしょうか」
「全体的に」
“全体的に”って何だ?
俺は不審に思った。
「関係者って、一体どういう……」
「“何らか”というのは?」
「私の関わるもの全て」
そのくせ何に関係している人なのかが全く分からないし、何の目的でここに来たのかも不明だ。
「全て?」
「ありとあらゆる事柄に対し、時代や場所を問わず、その全てにおいて関係者であるということ」
幾度か尋ねてみたが、抽象的な回答ばかりしてくる。
“全てにおいて関係者”って、一体どういうことだ。
このままじゃ埒が明かないので、不躾だが証明書の提示を願い出た。
「身分を証明できるものはお持ちでしょうか? マイナンバーや、車の免許など……」
「そんなものはない。より正確に言えば必要がない。なぜなら私は関係者だからだ。関係者とは証明そのものであり、その者が発する言葉の担保そのものである」
いや、必要がないってことはないだろう。
俺はあんたが何の関係者で、実際にそうなのかも分かってないんだから証明にも担保にもなってない。
“関係者”という肩書きに対する、その絶対的な自信はどこからくるんだ。
どうやら、この客が言っている“関係者”っていう概念は、俺が知っているものと違うらしい。
「あの、もう少し噛み砕いて説明してくれませんか。せめて具体例を挙げるなどしていただかないと」
「ふむ……例えばだが、私が教職に就く身であり、学校について何らかの言及をするとしよう。この場合、重要なのは私が教職に就いているかどうかではない」
「え?」
「重要なのは、学校について言及した、その内容なのだ。その内容に耳を傾けても大した支障がないのであれば、それは実質的に私が関係者であることを認めているのと同義ではないか」
何を言ってるんだ、こいつは。
「そんなことしても、専門的だったり現場の話とかでボロが出るでしょう」
「分からなければネットで調べたり、様々な新書を読めば取り繕える。多少のことは個人の感想なんだから誤差の範疇だ」
それってつまり“実際は大して関係ない立場で、事態を把握しているわけでもないのに首を突っ込んで、ただそれっぽいことを言っているだけの人”ってことなのでは?
それを関係者と言ってしまっていいのなら、この世の人間はほとんど関係者だぞ。
そう思い至ったところで、俺の中で何か“違和感”が込み上がってくるのを感じた。
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