2021-01-27

普段ダラダラと相方について思うこと

3月に家が建つ。人生で一番大きな買い物と言われる注文住宅

昨年増田で「何もねぇと思ってた土地に根を下ろすと決めたのだ」的な文を書いた。


引越し4月にした。今は家関連だと、チマチマと使わない物を引越し会社のくれた段ボールに詰めつつ、断捨離をする毎日だ。


そんな時、私の相方の宝物を入れた箱を見つけた。


こんな箱は私も持っていて、中学の時分からもらった手紙年賀状などが詰まっている。

相方のは、年賀状が3通と写真やらちょっとした雑貨だった。

年賀状はうち2通が私のものだった。

残りの1つ、相方断捨離を進めつつ年賀状を見てみたら、妹の友人から学生時代にもらったものらしい。


ふーん、と思って目の前で読んでいたら「XXXXと会えなくて寂しい、本当にめちゃくちゃ大好きだから戻ってきたらまた遊ぼう、メールしよう」と書いてあった。


これはこれは。かなり“想われている“ではないか


ほほー。なるほどなるほど。


相方に声をかけた。「とっても好かれていたんだ?」


「うん。よく一緒に遊んでいたし」

差出人を見た。我が家に妹と共に泊まりにきたことがある人だった。


「付き合わなかかったの?」


「うん、べつに」


「へえ、なんでなんで」


「いいから手を動かして」


それ以上は聞くこともせず、断捨離を進めた。


その日の夜、私は考えにふけっていた。
相方は私より早く寝るのでその隣で、kindle活字を眺めていたが1文を理解することもなかった。


思えば、相方は優しく(本当は否定する力がない、自分に自信がないだけ)

見た目が良く(歯並びも良くて、清潔感も良く、身長が高すぎず低くもない)


そして他人依存やすかった。(これってつまり自立していない人なのかもしれないが)


刺さるヒトには刺さるタイプだよな、と思った。


私が選ばれたのは、たまたま学生時代に席が4年間前後だったことや、

勉強を教えていたことや、


一緒に飲み歩いていたことが、


相方人生のよきタイミングに合って、
功を奏したのかもしれない。


当時はただの友人と思って深夜の2時に呼び出して酒を飲みに行こうなんてやったりもしたが、


相方の振る舞いや私への扱いで学年全員が相方の想いを知り、


3年の夏とうとう告白はなく、私が折れる形で付き合おうと提案したのだ。


(母に言わせれば、実家に帰っても学校のことを聞くと相方の話が多かったのでいずれ付き合うだろうと思われていたが。)


あの時の自分に今でも心の底から感謝している。
相方がいなければ私は家を買っていなかった。そもそも買えなかった。
仕事一筋に打ち込んで、キャリアアップしたりしなかっただろう。


私の無茶ぶりにいつでも応えて、共に悩み・苦しみ、

でも最後に必ず笑っている私たち

本当にただラッキーだったのだろう。


結婚妥協、と一時期友人にゲラゲラと話していた自分がいたが
ブン殴って車の後ろに繋いで5kmくらい引きずってやりたい。


相方完璧だ。
人間としては完璧ではないかもしれないが、私にとっては完璧だ。
デコボコがぴったりとハマった、あの感じをいつでもひしひしと感じる。


相方はコツコツ作業が得意で、家事掃除毎日する。


私は継続が苦手で、1週間にまとめて家事掃除をする(が、相方が来てから家事ほとんどしなくなってしまった)


代わりに私は辛い作業を軽くする提案をするために相方作業を見る。(ルンバを買おう、食洗機導入しよう、弁当のおかずは1週間分作り置きしてしまえば朝詰めるだけになるよ、などなど)


他所から見れば、私はたいそう嫌われ者に写り、吊し上げるだろう。


実際、私自身は私の評価が低い。なんでいまだに相方結婚したままでいてくれるのかわからない。


しかしたら、愛などはとっくにかすれているのかもしれないが、慈悲深い相方のことだ。

相方無くしては私は生きられないだろう、と哀愁眼差しで私といてくれているのかもしれない。


熟年離婚やなんか路線かこれは、と普段から考えながら、
私は少しでも家事をしようとチラッと掃除機をかけたり、食器を洗ったりするのだった。


今日は天気がいいか洗濯も回してやったぞ。
干すのは面倒だから乾燥機だが。


どうだ相方よ、恐れ入ったか

  • ガサツで強引そうで言葉遣いも東北のおっさんみたいなのに相方できてよかったやんけ 新築でこれから毎日スマブラして遊んだらええわ ローンがんばりや

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