それぞれ鋤や鍬などを手にした農民の男たちが、畑の前に大勢あつまっている。彼らに畑仕事をする様子はなく、その顔にはいずれも強い怒りと恐怖が浮かんでいた。
枯れかけた黄色い葉が並ぶ畑をちらちら見ながら、農民たちは囁くような声で言葉を交わし合った。
「やっと収穫直前までこぎ着けたってのに……」
「守ってみせる、今度こそ……」
「き、来たぞ! 奴だ!」
裏返った声で、一人の農民が叫ぶ。その指差す先には、地平線の彼方から夕日を背にして悠然と歩み寄るひとつの影があった。男だ。
男は、中肉中背の平凡な身体を、異世界に似つかわしくない濃紺の制服と制帽に包んでいる。ある程度の距離まで近づくと、その顔には張り付いたような笑みが浮かんでいることが分かった。
農民たちの立つ場所まで、畑まであと20歩ほどというところで、男は足を止めた。帽子のつばをつかみ、軽く一礼する。
柔らかい、しかし決して相手と同じ目線に立っていないことが明らかな声だった。強大な組織に属している人間だけが持つ、圧倒的な自信が隠しようもなく漏れ出ていてる。そして男は、自分が何者であるかを通称で短く告げた。
「どうも、『ジャガトマ警察』の者です」
「……!」
言われるまでもなく既に知っていたはずの、その禍々しい名乗り。それを合図にして、農民たちは弾かれたように動き始めた。
「……いくぞ!」
「おう!」
複数の農民が、男――ジャガトマ警察に向かって一斉にピッチフォークを投擲した。農民にしておくのが惜しいほどの正確さで、いずれのフォークも男めがけて勢いよく飛んでいく。命中すれば、重傷は免れないだろう。
だが、ジャガトマ警察は一歩も引き下がることなく、上体のわずかな動きだけで全てのフォークをかわしきった。そして体勢を戻した時には、いつの間に取り出したのか、彼の右手には銃のようなものが収まっていた。
ポワワワ!
間の抜けた音と共に、ジャガトマ警察の構えた銃のようなものの先端から、リング状の光が放たれる。
「は、畑を守れ!」
しかし、農民たちが自らの身体で作った壁を、リング光線はやすやすと素通りしていく。
「あああっ!」
悲痛な声を上げて振り返った農民たちが目にしたのは、光輪を受けて粉々になった黄色い葉――ジャガイモの葉だった。何人かが駆け寄り光線を浴びた部分の畑を掘り起こしたが、その手の中でイモは葉同様に砕け散り、瞬きをする間に跡形もなく消え去っていた。
人体を含む他のあらゆる物質には干渉せず、ただジャガイモとトマトだけを確実に消滅させる。これが、現代ポマトロニクス(ジャガトマ電子工学)の結晶であり、ジャガトマ警察の唯一にして最強の装備、「ポマトスマッシャー」の圧倒的な威力なのだ。
「ご迷惑をおかけしております。当地のような、中世ヨーロッパ類似異世界での『不自然』なジャガイモ及びトマト栽培は、異世界渡航技術確立以前の転生者による文化汚染の可能性があるため、異世界文化保全法第25条第3項の規定により速やかな過去の清算を――」
精魂込めて栽培した作物の無残な最期に慟哭する農民たちを尻目に、ジャガトマ警察の男は自分の属する組織と世界の、一方的で空虚な理念をよどみなく語っていた。
「クソっ! なにが『よーろっぱ』だ!」
「この国がたまたま偶然そんなものに似てたからなんだってんだよ!」
「俺たちは、親父も爺さんもその爺さんも、ずっとこの土地でジャガイモを作り続けてきたんだぞ!」
「息子に約束したんだ。今年はうまい茹でイモを食わせてやるって。それを、お前ら他世界人(よそもの)の勝手な理屈で……うおおおお!」
農具を手にした農民たちは、ジャガイモへの熱い思いを口々に叫びながら、ジャガトマ警察に向かって駆け出していった。これまで同様に自分たちが敗れ去ることを知りながら、それでも。
えっ、ジャガイモ・トマトって昔から自然にあるもんじゃないんだ… って学びを、良質な小説によって楽しくインストールされた。増田贅沢空間すぎる
ちょっと待てよひょっとして BLTサンド ってはるか昔には BLサンド だったのか??
「竜と勇者と配達人」の巻末おまけマンガ「アイダツィヒ考証局」がこんなかんじ。 2巻でまさにジャガイモ・トマト・カボチャを題材にあげている。 もっとも、そっちは 「過去に...
全然関係ないけど、ナーロッパの世界観が集大成的にまとめられてるところってありますかね。
ニコニコ大百科とpixiv百科事典が相互補完し合っている感じでけどそういうのでは無くて? https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91 https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%...
みた。 ニコニコのほうが体系的だけど、章立てて項別に紹介しているほどではないので、もっと作例を上げて時系列的なナーロッパの変遷とかを紹介してあると面白かったかも知れない...