2017年1月、年が明けて3連休も過ぎた週末、私は宝塚大劇場へ月組公演を観に来ていた。11時からと15時からの公演を両方観る、いわゆる「マチソワ」である。本当は15時公演だけ観るつもりだったが、たまたまB席が空いていたので飛びついたのだった。
演目は、待望の再演と言われていたミュージカル『グランドホテル』と、日本初のレビュー『モン・パリ』誕生90周年を記念したショー『カルーセル輪舞曲』だった。
大変いい舞台を観たはずなのに、私は不快な思いをしていた。原因は11時からの公演で隣に座っていた女性の行動である。
その女性は「ただ今より開演いたします」というトップスター・珠城りょうさんによる開演アナウンスが流れたタイミングで着席した。
その後、彼女は上演中も一緒に観劇していた人と話をしていたのだ。開演前にも注意のアナウンスがあるように、上演中の話し声は非常に迷惑なものである。出演者の演技をちゃんと観ていたいのに集中力を削がれるのである。彼女の話し声のせいで私は観劇に集中できずイライラが募ってしまった。
終演後に劇場から出たところ忘れ物をしたので取りに行くと、その女性に声をかけられた。私は彼女に対して少し声を荒げてしまった。でも、「あなたはもう観劇に来ないでください!」と言わなかっただけ良かったと思った。彼女も観劇慣れしていなかったというか、初めての観劇だったかもしれない。そんな人に辛く当たったら「来なければよかった」と思われたらどうしようもないし、私も「そういうお前が観劇に来るな」と言われる。やりようがない思いを抱えたまま15時公演を観ていた。
その後私は地元に帰ってきたわけだが、以前から職場での就労環境や人間関係が原因でストレスを抱え込み仕事に出られない状態が続いてしまい、ついに2年間働いてきた会社を辞めてしまった。
私は、専門学校に入って就職活動をしていたが、卒業後も就職先が見つからず、その間アルバイトをしても失敗ばかりだった。このタイミングで「広汎性発達障害」の診断を受けた。
それからは、就労継続支援の事業所で2~3年ほど一般就労に向けて作業などに取り組んだ。そこから、職場実習をさせてもらったのがきっかけで会社に入ることができた。一応、株式会社と名乗っているが就労継続支援A型の施設である。前の事業所と比べて賃金が保証されている。一生懸命に働いて遠征費を稼ぐことができた。
ところが、去年から事業を拡大し始めたあたりで異変が起きた。少人数で捌ききれない業務量、他のメンバーのミスを訂正する手間、イライラを募らせる上司…。何度か職場に出られないことはあったが、今年に入ってとうとう壊れてしまったのだ。
それからは、もう一回観劇しに宝塚へ行ったりサカナクションのツアーに参加したりもできたけど、障害年金から3分の1ほど実家に入れるお金を差し引いた分しか使えなくなってしまった。
2017年12月、約半年ぶりに宝塚に来た。雪組・望海風斗さんのトップお披露目公演、ミュージカル『ひかりふる路』とショー『SUPER VOYAGER!』である。宝塚に来るまで、私はすっかり待ちくたびれてしまったし、心が何度か折れていた。
そこで私は隣りに座っていた女性に声をかけられた。彼女は大昔に観劇したことはあるが、宝塚歌劇ファンの方のお誘いで来たという。
私はショーの客席参加演出で使うポンポンを持っていたのだが、それを見て「こういうグッズがあるんですね」と声をかけていただいたのだ。「そうなんです!この公演限定ですけど」と答え、終演後も少し話すことができた。今まで一緒に観劇していた人と話をすることはなかったのだが、この時は「雪組さんありがとう!」と心から思えた。
私はまた来年春に月組を観に行く。それまではまた心が折れてしまうかもしれないし、どんな顔をしたら良いか分からないと思うこともあるかもしれないけど、またいろんな舞台を楽しみに生きていきたいと思う。