彼女が入っていたのはオーケストラのインカレサークルで、楽器はバイオリン。
始めたのは大学に入ってからだったけれど、もともとピアノをやっていたのもあってカンをつかむのがうまく、また周りのようすを見てコミュニケーションをとるのがとてもうまい子だったので、すぐにその学年の主要メンバーになった。
キャリアの短さにもかかわらず、大学2年で自分たちが運営を行うころには、副代表を任せられることになった。
伝統があり、みな熱心に練習に励んでいるそのサークルには、すでに引退した3、4年の有志も積極的に参加し、前代や前前代の運営の先輩も、気軽に相談にのってくれる。
副代表になった彼女は、その当時は4年生だった前代表のAーー同じバイオリンだーーに運営の相談に乗ってもらううちに、その頼りがいと人望にひかれていった。しかし、彼女は小学校から高校まで女子校で育った箱入り娘で、自分のその気持ちが「恋心」とまでは自覚していなかった。
ただ、先輩がいかに素晴らしい人間かを同じ高校から同じ大学、そして同じサークルにはいった一番の女友達へと語り続けた。
「ほかの先輩や同期をみてると、まるで女をモノか何かだと思っているようなことを言う時があって、冗談だとしても嫌になるんだけど、A先輩は絶対そんなことしないんだよね。大人なんだ」
「Bくんが私のことを好きだなんて考えてもみなかった」
彼女はモテなかったわけではない。とても美しい子だったが、いかにも箱入り娘然としていたため、ちょっかいをかけられるだけの男がいなかったのだ。
「私、男の人に告白されたの初めてなんだよね……もうこの年齢だし、Bくんは悪い人じゃないし、私のことを好きだって言ってくれてるし、付き合ってみるだけ付き合ってみようかな。Xはどう思う?」
「あなたがしたいようにするのが一番いいよ」
そうして彼女はBに「よろしくお願いします」という返事をした。
「それ、本人から聞いたの?」
「ううん、Cくんが教えてくれた」
Cは、彼女たちの代のコンサートマスター。子供のころからバイオリンに親しみ、音大に通いながら、何が気に入ったのか、彼女たちのサークルに顔を出している。運営にも深くかかわり、彼女がサークルの中でもっともよく話す男子でもある。
「Bくんとはまだメールのやりとりしかしてないの。でも、やっぱり馬が合わない気がしてきて……。A先輩から告白されたのではないから、別にA先輩とつきあうわけではないけれど……やっぱり交際はやめたいと思ってる。だって、私もA先輩のことが好きだって気づいてしまった。こんな気持ちのままじゃ付き合えない」
「そうね、あなたがしたいようにするのが一番いいわ」
彼女はBに正直な気持ちを話した。これが問題だった。Bはかなりプライドが高いタイプで、彼女の判断を認められず、連日の電話・メール攻撃を始めてしまったのだ。サークルの練習中にも彼女に厳しく当たるようになり、見かねた先輩たちが注意すると、さらにそこに食ってかかった。運営メンバーの審議により、Bはサークルを追放されることになった。
彼女は大きなショックを受けたが、さらにショックを受けたのがAだった。Bは、Aがサークルに勧誘した後輩だったからだ。Aもサークルを去り、彼女との連絡を一切断った。
「Cくんがね、泣きながら謝ってきたんだ」
彼女はぽつりと言った。
「Cくんが? どうして?」
「俺がわざわざA先輩の気持ちを言わなければって」
「そういえば、Cくんはどうしてそんなおせっかいをしたわけ」
「それがね、Cくんも私のことが好きだから、Bみたいなやつじゃなくて、人間的に尊敬できるA先輩と付き合ってほしかったって言うのよ」
「はあ……」
「男の人も、恋愛にかんしてそういうめんどくさいことをするんだね」
「ね、なんか女々しいよね。私、本当に疲れちゃった。というか、正直男の人が怖くなってきた」
「えー、Xと? そんなの楽しいに決まってるから、このままずっと恋人できなそう」
こうして私たちはこの一件を境にさらにさらに親密になり、友達の壁を越え、社会人になる歳には一緒に暮らし始めた。彼女にはこの後も何人もの男性が寄ってきたが、彼女はそのたびに「今好きな人がいるので」と私を選んでくれた。
彼女と一緒に過ごす5回めのクリスマスを終えて、5回めの年越しがやってこようとしている。
彼女の家族は、年末年始に本家に里帰りすることになっているので、年越しの私はいつも一人だ。
彼女との暮らしは、多少の波風はあれど満ち足りていて、何の不満もない。
でも一つだけ、気になっていることがある。
それは、あの事件のときにCをけしかけてA先輩の気持ちを伝えさせたのが私だということを、彼女が知ったときに、どういう反応をとるかということだ。
知ってもなお、私に「好き」と言ってくれるだろうか?
まあ、ぺらぺらと内幕をしゃべった腰抜けのCには彼女と二度と連絡をとらないと約束させたし、私さえ言わなければいいことなのだが。
増田ショートショート作家好きだわ~
読樽産業