2015-11-09

サウスパーク腐女子回について

サウスパークS19E06、遅ればせながら見ましたが、やっぱ腐女子というか、百合厨もだが、カプ厨が持ってる気持ち悪さってあるよね。

とりあえず、ポリチカルコレクトネスを気にするあまり「俺ゲイに寛大だわアピールゲームが行われている昨今、ゲイは過剰にサポートされちゃう、というのが話の本筋だと思うのですが……

カートマンの妖精が再登場している、という点にも注目するべきだと思うんです。

妖精の初登場はS16E07ですが、このエピソードカートマンは

「あのカップリングってマジいいよね~~~完璧だわ」と腐女子あるいは百合さながらの発言をしております

この発言は、トークンとニコールという黒人カップルに向けられたもので、明確な差別主義発言ですよね。私も不快感を覚えましたし、カイルたちからドン引きされています

しかし、ここでのカートマンの気持ち悪さって、人種差別から来ているだけではない、とも思うんですよね。

自分関係性は棚にあげて」「他人関係性に対して妄想を展開して、くっつける」っていうのは、普遍的気持ち悪さを持っている。という議論結構されてますが、S19E06もこの筋の話として見れないこともないんじゃないかと。

「次分の関係性は棚にあげて」、におけるポイントは、自分ノーマルさは担保されているということです。すなわち白人カートマン)だから黒人トークン)やヒスパニックカップルを「消費」できるわけで、同様にガチガチ異性愛者だから同性愛も消費できるわけです。

ここでは白人有色人種、あるいは異性愛同性愛という権力関係担保されていない限り、すなわち自分が相手とは違う高位の地平にいるのだという差別意識がない限り、どんな快感も生まれない。

今回腐女子サウスパークの住人は、妖精と同じような役割を担う存在として描かれました。すなわち、本人たちがその気も無いのに「あのカップリング最高!」と言って、そして「ゲイなのが俺じゃなくてよかった~~(権力関係の発露!)」とこぼしながら強制的カップルをつくりあげるエートスは、人種差別主義者が「黒人同士くっつけばいいよね~~」と口走るエートスとそれほど変わりは無い。差別主義カートマンの行ったのあのきわめて不愉快な「カップリング活動」が、今回腐女子を通して再演されているのは興味深いことです。

次は「他人関係性に対して妄想を展開して、くっつける」というポイントですが、これは明確に父権権力行使に結びついた快感なんですよね。基本的自由恋愛って、「くっつけ!」っていう力に対する反逆行為だと思うんです。例えば親の決めた結婚相手とか、同じ階級結婚相手とか、あるいは同じ人種結婚相手、そういう存在とくっつけ!と強要してくる諸力に対して、断固たるNOを突き付け、「俺はあの子が好きなんだ!」を貫く。これが近代的な意味での自由恋愛だし、そういうのを描くからこそ広義の恋愛文学にはパワーというか新しさがある。これに対して、自分の思い通りの相手と「くっつけ」たがる存在というのは、もうこれはコテコテ父権なんですよね。カップリングワールドを作り上げる快感は、家長自分の血族を計画的婚姻させていく快楽と同根だと思う。普通教育を受けて育った人なら、やっぱりこういう父権的なものって気持ち悪いと思うんじゃないでしょうか。

結論カップリング厨ってたまたま同性カップルを扱ってるから、昨今の寛容ムーブメントにがっつり乗れてる感ありますけど、その根底にある思想はきわめて保守的復古的なものなのではないか。すなわちカプ厨の根底には、差別主義父権主義があり、とてもじゃないがリベラルプログレッシブポリチカルコレクトネス民を名乗れないのではないか、と思う。思った。

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