2013-06-01

児童ポルノ小児性愛者に、社会はどう対峙していけばいいのかを考えてる

児童ポルノ規制が「架空表現」にまで及ぶことは明らかに「児童権利保護」の観点から見て無意味だし

何より表現の自由を守れなくなるので、そこはもう議論の余地がないと思ってる。

でも、じゃあ実際、性被害に遭う児童現実的にどう守ればいいのか。

児童性愛者について社会は、法は、道徳はどう対峙、対話していけばいいのか。

そんなことを数日考えてる。

以前ある集まりで知り合ったアスペルガー症候群男性

自分ペドフィリアで、いつか現実子供に害を加えるかもしれない不安を抱えている」

と私に言っていた。

私は「自覚症状があって、自身が悩んでいるなら、カウンセリングなりすれば良いのでは」

と言ったが、実際、現実的にそういったセラピーは無いらしく、相談する相手はおろか

打ち明ける場所や機会がそもそも無いという。

自分も「児童性愛者」に対して道徳的にも社会的にも、どうスタンスを取ればいいのかわからない。

からアドバイスも、自分価値基準も持てず、言葉に詰まってしまった。

ちなみに、その集まりセクシュアルマイノリティ家族が集まれるイベントだったのだが

彼は児童福祉司参加者にもこの話をしたらしく、その人いわく

ジェンダーLGBTという枠とは(小児性愛は)違うし、児童福祉の観点から言えば治療の対象だ」と

まり望ましい対話ができなかったらしい。


話を戻すと、アニメ同人などで現在ふつう流通している「ロリショタ」的コンテンツを消費している人らと

実在する児童ポルノを消費する(あるいは性嗜好障害としての)ペドフィリアとは、もう根本的に違うということ。

それは概ね同意が得られそうだけど、じゃあペドフィリアの人は、その性嗜好自体が社会的憎悪されるべきものなのかと言えば

それは思想の自由から権利が守られるべきで、実際に加害者がいなければ現状、法的には問題がない。

だけど、社会規範的、道徳的に「ペドフィリアである事実」の人をどう扱えばいいのかというコンセンサス日本にはないと思ったのね。

声高に児童ポルノをすべて禁止すべき!と叫ぶ人たちは、そういった実在する「児童の性被害」や虐待に対して、主体的に問題に取り合っているのか。

タブー視や軽視せずに、犯罪の原因や事実ケーススタディについて議論しようと取り組もうとしてきたのか、と疑問に思うわけ。

実際、上述した彼のように、その性嗜好が社会的に許されないと認知した人は、どこへ行けばいいのか、それを用意しようとした人がいるのか。

ただ、そういう人間や「似たような因子」をタブー視して「すべて禁止!」しようとしているだけじゃないのかって思う。

そういう浅知恵じゃ、「加害者になる可能性」も「被害の予防」もできないと思う。


けれど、「ペドフィリアは危ない因子だから、こちらへどうぞ!」とは簡単にいかないような気がしている。

もちろん性衝動が抑えられない精神医学的な意味での「異常行動」の問題はしかるべき治療をすればいいけど

そうではない様々なケースに、社会はどう捉えればいいのか…とも考えていて…

まずはカウンセリングを自主的にしたい人の為のリソースがあるべきとは思うけど、「社会的同意」としてのコンセンサスや整備が

バランスよく整ったモデルがあるといいなとは思う。

まり被害者がいない場合ペドフィリア糾弾せず冷静に「異常性」だけを判断し分別できるシステムとか。

やっぱり、ペドフィリア本人のモデルケースが聞けると一番いいかなーとも思いました。

私自身、まだ勉強不足な所があるから非常に主観的な物言いから、ぜひほかの意見も聞きたい。

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