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2015-12-03

韓国天才少年による論文盗作騒動とその経緯

先月、韓国の「天才少年」が起こした論文盗作事件日本でも韓国紙日本語版記事としてインターネット上で報道された。

韓国の「天才少年」として有名なソン・ユグン少年(17)が彼の指導教官のパク・ソンジェ研究員と共に執筆した論文が、米国天文学会が発行するAstrophysical Journal掲載されたのち、韓国ネチズンの指摘をうけ撤回されたというものだ。少年博士号を取得する間近で、国内最年少博士学位取得の記録も白紙となった。論文撤回された理由に関してはすでに他に解説がある

ここでは実際論文がどのようなものだったか、そして推測されることの経緯を探ってみたい。

つの論文 (Park 2002 と Song and Park 2015)

対象になっているのはパク研究員の2002年の韓国内の研究会の集録に掲載された論文少年が主著でパク研究員が共著の2015年のAstrophysical Journalの論文だ。論文の中身自体は購読していない限り読めないようだが、双方のページにある論文概要を比べるとほぼ瓜二つで少年自分言葉執筆していないことがわかる。また別の方法論文の一部を確認できる。2015年論文の1ページ目はgoogleの画像検索確認ができ、google book2002年の集録論文のほぼ全文がみれる。見れる範囲では節の名前やほんのわずかな文を除いて、両者はほぼ一致している。

論文概要と4つのからなる本文で構成され、最初の3節は過去研究説明にあてられ4節目がこの論文の結果になっているようだ。コロラド・デンバー大学のJeffrey Beall氏のブログでは概要最初の導入の節の比較図があり、そのままコピーされているのが示されている。論文の主要な結果が書かれている4節目もモナッシュ大学天文学者Michael Brown氏のtwitter上で画像(リンク1リンク2)が比較されている。こちらも式番号を除けばほぼ完璧文章と式がコピーされている。氏によると多少の式の変形が見られるが、50以上の式がそのままコピーされているとのことだ。

前述のブログコメントを読むと上記の部分以外に目を向けても、ほぼ全体にわたって式と文章が完全に位置するという指摘もある。研究者世界では研究会で先行する成果を見せて、議論ののちに査読雑誌に本論文投稿する、というのはよくあることだそうが、ここまで一字一句一致するとなると研究集録といえど著作権上の問題から二重投稿として判定されるのは極めて妥当だろう。

興味深いのは前述のブログコメント欄にあるソン少年が導出したとされる偏微分方程式(論文中の式(4.24)のようだ)を含めた4節目の多くの式でミスがみられるという指摘だ。多変数関数をある独立変数偏微分する際に他の独立変数偏微分すると0になることは理系大学1年生あるいは少し進んだ高校生なら理解できるだろう。ところがソン少年論文では本来0になって消えるべきこのような項がたくさん残されているという指摘である。この指摘が本当だとすれば、ソン少年かパク研究員のどちらが導出したのかに関わらず、にわかには信じられないミスだ。

少年が導いた式(4.24)論文の概要にある主要な結果である"Transfield Equation"の可能性が高い。そして上のコメントでは例えばφとωの上にドット(・、時間微分を指す)がついたものは0ではないかと指摘している。面白いことにこれらの項を消すとこの式は2002年の集録論文で同じ"Transfield Equation"と記されている式(61)にかなり類似している。ここからは私の邪推であるが、ソン少年の「功績」とは、式(61)の2、3項目のCの時間微分式(54)を代入し、4項目のEの時間微分とmの内積を式変形したことなのではないだろうか。しかも上記の初歩的なミスを犯している可能性がある。さて私はAstrophysical Journalを読むことはできないので、論文にある初歩的な間違いが本当か、そして私の邪推が当たっているかはこの論文誌を読める天文学専門家にぜひ検証してもらいたい。

いずれにせよ、2015年論文文章の大半を執筆したのは(13年前の)パク研究員であることにおそらく疑いの余地はない。さらにソン少年が導出した式(4.24)がもし論文の核となる"Transfield Equation"であれば、これはすでにパク研究員2002年の段階で導いている。ソン少年のこの研究への貢献はその式の単なる変形だけであり、しかも初歩的な間違いを含んでいる可能性が指摘されている。

ソン少年の主著で論文出版することは目をつぶっても、これを博士課程中の少年の主要な研究業績とするのは倫理的問題があるのではないだろうか。

推測される経緯

ことの経緯はソン少年博士号を取得するプロセスに密接に絡んでいるようだ。

報道によるとソン少年が所属する科学技術聯合大学院大学校(UST)では博士論文の取得要件として、国際的な査読論文誌に主著で少なくとも論文を一編投稿し、受理される必要がある。ソン少年はこの条件を満たすためにパク研究員の13年前の研究成果をもとにパク研究員と共に論文投稿したのだろう。

倫理的な是非はさておき、主著のソン少年がパク研究員研究内容を咀嚼し、自らの言葉で書き直していればここまでスピーディー問題が明るみにでることはなかった。ところがソン少年とパク研究員は、13年前の集録をごく一部を除いてほぼ一字一句コピーして提出してしまった。このことが原因でAstrophysical Journalから掲載撤回される今回の事態に行き着いた。

韓国メディア邦訳英訳されている記事は、今回の論文撤回によって少年博士号の取得を逃したということを報道するものが目立つが、ことの経緯が事実であれば倫理的には大きな問題である。本人の意思がどの程度介在したかは分からないが、ソン少年は、他人の業績を自分のものとして出版することにより、博士論文の取得条件をすり抜けようとしたと見られかねない。これは当然、学位申請したソン少年認識していたはずだ。これは韓国における"博士"の価値に大いに傷をつける行為なのだが、英訳されている韓国メディア記事を見る限り、メディア国内研究者への影響には着目していないようだ。

今回の件で合格撤回されたものの、ソン少年は博士論文の審査に一度は合格したと報道されている。この論文審査当時少年の唯一の受理された査読論文であった。博士論文の内容は報道では明らかになっていないようであるが、もしこのソン少年博士論文撤回された論文研究内容が含まれていれば彼は他人研究とみられかねない研究内容で博士号審査を通り抜けたことになる。先進国大学では退学などの大きな処分が免れないレベルの大きな不正行為だ。ソン少年現在新たな論文を準備している報道されているので、こちらの成果のみが学位論文にまとめられていると期待したい。

パク研究員国立天文学研究機関である韓国天文研究院(KASI)に所属しており、 ソン少年がUSTに入学した際に院長を務めているなど韓国代表する天文学者のようだ。国を代表する研究者論文投稿を主導したとすれば、そのインパクトは大きい。

一方、ソン少年が主導したとすれば、彼は研究者の"免許"である博士号を正当な方法ではなく、自らの意思で非良心的な手段で取得しようとしたことになる。ソン少年はおそらく知的には非凡なのだろうが、それに見合う倫理観良心を持ち合わせていないということを示してしまったことになる。

もっと論文が13年前の集録の完コピーであったという事実は、彼がパク研究員の成果を咀嚼できておらず、自分言葉で書き下すことができなかったということを示しているのかもしれない。いずれにせよこの件が明るみになった今、ソン少年研究者としての信頼とキャリアに大きく傷がついたことは間違いない。

 
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