世の中、反出生主義や親を恨んだり憎んだりする考えを幼稚だとして一蹴する人間は多い。妊娠出産はめでたいことで、告げられたら礼儀として「おめでとう」と言わねばならない。
一応断っておくが、私は友人や親族のの幸せな妊娠出産はめでたいことだと心から思っているし、親からは愛情を注いで育ててもらったことを感謝している。それでも自分が生まれたことを肯定しきれないのだ。
(書き出しに反して、個人的な話だけになってしまった、これは世の中の話ではなく私の話に過ぎない)
なぜ自分が生まれたこと、親が自分を生んだことを肯定できないのか。それは私が双極症(双極性障害あるいは躁うつ病)を患い発達障害ADHDの傾向を持っているからだ。(なおADHDの「傾向」と書いたのは、精神科医からそう告げられたからである)
少し調べれば分かることだが、どちらも遺伝の影響があるとされている。言われてみれば母も私同様に話があちこちに飛ぶしせっかちだし1つのことを長く続けるよりマイブームを繰り返している。また診断されてはいないが、父も話しかけても気づかない程度に集中することがあり、人を気遣うということを知らず、家族の中で「地雷」と呼ばれる謎のブチギレポイントがある。おそらく父も何かあるだろうし、同様のものを私も受け継いでいると感じている。でも私は別に両親のそういう部分を憎んだり嫌いだと思ったことはない。私は自分の特性のみを嫌い、嫌悪している。両親については「遺伝させた」というその一点のみ許せないのだ。
両親が本当のところどう思っていたかは知らないが、私は健常児として生まれ健常児として育ち、なんなら中学から成績が伸びて進学校に進み国立大学に進み双極症を発症してギリギリ卒業して何とか就職するも病気が悪化して休職し退職、現在は精神科に通院しながら精神障害者保健福祉手帳持ち子無し専業主婦をやっている。(よっ理解のある彼くん突然登場!)
こんな経歴持ちなので失ったもののでかさに押し潰され病み散らかしていた時期もある。今はそれなりに落ち着いたが。
まあそりゃ特性持ちとして6歳のときから「自分は周りとどこか違う」と感じてはいたが、病気を発症して更にADHDという言葉まで突きつけられると、やはり「どこか違う」なんてもんじゃないしんどさがある。
そして病名や障害名をもとに検索すると出てくる「遺伝」の文字。思い返せば母方親戚にも父方親戚にも精神疾患はいた。そして父と母の性質。そうなると脳内で出てくる言葉は1つ。
「なんで親は私を産んだ」
こうなる訳だ。
もちろん病気や障害のすべてが遺伝だと言っている訳ではない。突発的にでる障害もあれば原因不明の病気もある。でも、でも私の抱えてるものは違うだろ。百歩譲っても双極症は原因が複合的(本に書いてあった)だとしても、私の発達障害は遺伝の可能性が高いんじゃないか。
いや頭では分かっている。親が私を産んだ頃には発達障害なんて言葉は知られておらず、おそらく2人とも自分の特徴をただの性格だとみなしていただろうし社会適応もできていた。それに結婚したら子供を産むのが当たり前、そんな時代。
だから産んだのは仕方ないかもしれないし、産んだ責任をとってきちんと育ててくれた。
でもさあ、やっぱさあ、なんかさあ……納得がいかない自分がいる。
双極症に振り回され不眠で体調を崩し休みたいのにADHDの脳内多動で思考ぐちゃぐちゃが止まらず休まらない今、そんなことを考えている。文章もめちゃくちゃで申し訳ない。