24歳。人生のほとんどが終わったような気がする。決して大げさな表現ではなく、20代前半にして、もう先が見えない。
振り返れば、学生時代は希望があった。いや、希望があると思い込んでいた。中学生の頃は「高校に入ればきっと変わる」と信じていた。高校生になれば、新しい環境で自分を変えられると。そんな淡い期待が、クソみたいな毎日を少しは明るくしてくれていた。「今は辛いけど、これは通過点だ」と自分に言い聞かせることができた。
大学に入っても、その思考パターンは変わらなかった。「就職すれば、本当の人生が始まる」そう信じていた。しかし、現実は残酷だった。
就職してみると、その先に何も見えない。ただ死ぬまで、この地獄のような日々を過ごすだけなのだろうか。朝起きて、会社に行き、帰ってくる。そして寝る。この繰り返しに、どんな意味があるというのだろう。毎日が灰色で、週末さえも喜びをもたらさない。
そして、さらに虚しさを深めるのは、人間関係の空虚さだ。誰かに好きになられたことも、自分が誰かを好きになったこともない。恋人なんて、夢のまた夢だ。周りの人間が次々とパートナーを見つけ、幸せそうにしているのを見ると、自分の孤独さがより一層際立つ。まるで異世界の出来事のように感じる。自分には無縁の、遠い世界の話だ。
必死に何か楽しみを見つけようとした。運動を始めてみた。体を動かせば気分も晴れるかもしれないと思って。旅行にも行ってみた。新しい景色が心を癒してくれるかもしれないと期待して。創作活動にも手を出してみた。自己表現が生きる意味を与えてくれるかもしれないと。
でも、すべて一度やっただけで飽きてしまう。むしろ、これらの活動が自分の空虚さを際立たせるだけだった。
学生時代は楽しめていたゲームやアニメも、今では全く興味が湧かない。ストーリーに没頭できない。キャラクターに感情移入できない。ただ、過去の自分が楽しんでいた記憶だけが、より一層の喪失感を与える。
正直、安楽死できるなら今すぐにでもしたい。この意味のない人生を終わらせたい。でも、死ぬ過程が怖い。痛みが怖い。苦しむのが怖い。だから、この無意味な人生を続けている。生きているというより、ただ息をしているだけだ。
きっと、私だけじゃない。同じような思いを抱えている人は多いはずだ。SNSを見れば、楽しそうな投稿で溢れている。でも、それは表面的なものだ。きっと多くの人が、私と同じように苦しんでいる。死ぬこともできず、かといって正気を保つのも難しい。ただ歳を重ねていくだけの人生。
「若いうちは何でもできる」と言う。でも、それは嘘だ。若さは、ただ自分の無力さを痛感させるだけだ。可能性は無限大どころか、むしろゼロに近い。
明日も、明後日も、来年も、10年後も。変わらない日々が続くのだろう。希望も夢も持てない。ただ、時間が過ぎていくのを待つだけ。そして、いつか訪れる死を、恐れと期待が入り混じった複雑な思いで待つ。
これが、20代前半で人生が終わるということなのだ。残された時間は、ただ生物学的な意味で生きているだけ。心はもう、死んでいるようなものだ。
そして、最も恐ろしいのは、この状態がずっと続くかもしれないという事実だ。死ぬことも発狂することもできず、ただ歳を重ねていく。
心は死んでいるようなものだ って言いながらめっちゃ楽しそうに長文書いてて草
同じ24の増田だけど誰かワンチャンありそうな異性お茶誘ってみたら。自分は誘った末結局フラれたけどな
お前もなめたこといってねーで 100年間休まずに毎日桑持って畑を耕せ 食料自給率100%達成に貢献しろ
何言ってんだお前 お前はこれから毎日桑持って畑を耕し続けるだけの人生を100年やる義務があるだろ 100万ヘクタールやれ やり遂げるまで死ぬのは許さんからな