アガった👆
── 追記 ──
それは嘘だ。
映画『とんかつDJアゲ太郎』が、あの頃の気持ちを取り戻してくれるからだ。
『とんかつDJアゲ太郎』は渋谷が舞台だ。
主人公・勝又揚太郎(北村匠海)は、やりたい事がないために実家のとんかつ屋「しぶカツ」を継ごうとしているモラトリアム青年。
しかし、父親の勝又揚作(ブラザー・トム)に「(その気がないなら)継がなくてもいいんだぞ」と言われてしまう。
気落ちしていた揚太郎が出会ったのがクラブ「WOMB」だった。
プレイリストを見ても納得が行く。CCMusicFactoryの「Gonna Make You Sweat」やMaroon5の「Sugar」等ポップな曲を使いつつも、クール・ハークが発見した「Apache」を何度も使用するなどクラシックへのリスペクトは欠かさない。全体的にヒップホップ・EDM・ポップの新旧曲を満遍なく使用している印象がある。パンフレットを見てみると、監督や音楽プロデューサー等複数人で選曲をしたらしい。それが偏りを避けることにつながったのだろう。
そして、美術が素晴らしい。
しぶカツのセットはまるで映画「タンポポ」に出てくるラーメン屋のようで、「円山町のソウルフード」らしい説得力のある店に仕上がっている。
出てくるとんかつも美味しそうだ。湯気に包まれ、金色の衣から油がしたたる映像を見ると生唾が止まらない。パンフレットには「とんかつ濵かつ」の協力があったとのこと。本物のプロの仕上がりなのだ。
とんかつ屋の主人を務めるブラザー・トムに至っては、もはや美術と定義していいほどに頑固オヤジがハマっている。
それでも、本作における一番の貢献者は北村匠海さんかもしれない。
揚太郎の真っ直ぐで不器用なキャラを表現しつつも、ダンス・キャベツの千切り・DJを自身で行っているスーパーマンだ。カオスパッドを器用に操る彼の姿にはビックリした。バンド「DISH//」でボーカルを務める彼は、映画『サヨナラまでの30分』でも美声を披露していたが、やはり音楽センスがずば抜けているのだろう。
各所で批判されているYoutubeシーンの安っぽさだが、僕は評価している。
何も持たない所から、ビデオカメラを引っ張り出しお手製のミュージック・ビデオを撮る。これぞ、まさにヒップホップじゃないか。しかも、アメリカの文化そのままにスケート・ボードやグラフィティを撮るのではなく、現代日本風のタッチに置き換えたのも素晴らしい。
乱れ打ち方式ではなく、じわりと笑わせてくれるギャグ。何度壁にぶつかっても立ち向かう揚太郎の姿。そして、余韻のあるハッピーエンド。エンタメ作品として上等に仕上がっている。
DJシーンも、あれほど長尺で用意されているとは思わなかっただけに不意を突かれた。やっぱり音楽映画はライブシーンがたくさんないとね。『涼宮ハルヒの憂鬱(ライブアライブ)』も『けいおん!』も『響け!ユーフォニアム』もそうだろ。
コロナもなく事件も起きなければ、第二の『翔んで埼玉』になってもおかしくなかった。今や叶わぬ夢だ。
だが、あの頃の渋谷の、あのアガった街を確かに描写している。それが『とんかつDJアゲ太郎』なのだ。