「お父さん、これ気持ち悪い…」というツイートを発端にもう何度目かわからない表現の自由論争が巻き起こっている。
ただ今回の問題、いつもとちょっと様相が違うのではないだろうか?
というのもこれ、数多ある意見・見解を突き合わしていくと、事の本質は「ある人たちにとって不快感を催すものがそれを見たくない人の目に入ってしまう場所に置かれていることへの是非」に収束する。
それがラノベなのか、それともBL本や女性誌であるかどうかや、表現されてる内容が教育的に不適切か否か、はたまた昔に比べて今は云々、女性蔑視、オタク差別等々は枝葉の議論に過ぎない。
敷衍するとこの問題の第一の当事者と呼べるのは、「過激な表紙の本を目立つところに並べている特定の書店の担当者」と「見たくないものを見せられてしまっているその書店の利用者」であり、「過激な表紙を描いている人(創作者・表現者)」や「過激な表紙の本を作っている人(出版社)」の当事者性は一段低いところにあるのだ。
だから「本屋で不快感を催す人」と「表現自由を守りたい人(創作者等)」がいくら言い争ったところで、微妙に話が食い違うだけでこの問題はなんら前進も後退もしない。
つまり、この論争はいくらやったところで決着が付くはずもないもので、こんなものはさっさとやめるべきなのだ。
...で終わってしまうと本当に無益なので、問題解決の一助になればと、拙いながらも私見を披露したいと思う。
先に述べたように、この問題の当事者は「過激な本を並べる本屋」と「不快な思いをしているあなた方(やその子供)」だ。
ゆえに本当に今の状況をどうにかしたいのであれば、ネットでブツクサ言うのではなく、その本屋に直接クレームを入れるべきだと考える。
本屋さんを利用する一顧客として、「子供の目に映るところにああいうの置いてあるとちょっとアレなんで少しばかり置き方を考えてもらえませんか」と苦情をいれるのだ。
もし反応が悪かったり個人で言っても効果がないなと感じたなら、子供の通うPTAに掛け合って不健全店舗として校則なりに指定して子供が行かないよう指導してもらうように活動する。
ちなみに出版社に苦情を入れるのは無駄なのでやめたほうがいい。
過激な表紙の本を売る出版社にとってあなたは別に「お客様」ではないからね。
(もちろん、書店への苦情が功を奏して売り場改装がすすめば出版社も最適化して穏当な表紙に変えていく可能性はあるが。)
あくまでもそのお店の利用者として、あるいはそのお店を利用する子供の保護者として、意見しよう。
お店だって「大事なお客様の貴重なご意見」なのだからきっと何らかの策は講じるはず。
さて、ではもしあなたの身近なお店に過激な表紙の本が売っていなかったり、売っていたとしても目立たないところにそっと置かれているのであればどうするか?
それは幸運にもあなたはこの問題の当事者ではないということだ。
この一連の論争に参じても、時間と精神を浪費するばかりで何も得られるものはないから、心の平穏のためにもこれ以上追うのはやめよう。
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