異性に対しカッコいいな、仲良くしたいな思う気持ちはあるにはあるが、その先、つまり性愛的なことに全く興味がない。
興味がないというよりは、性愛的なことが酷く気持ち悪くておぞましく、手をつなぐことすらに強い拒否反応が出る。キスなんてもってのほかで、自分がそれをしているところを想像するだけで吐き気を催す。
20代も半ばを過ぎ、それまでは「思春期特有の潔癖を拗らせただけ」とのんきに構えていたが、異性に「好きだ」と言われるだけで手が震え、水すら喉に通らないような状況は、はっきり言って自分でも異常だと思った。ネットで調べたら、自分と同じような人が見つかった。非性愛者と言うらしい。恋愛感情はあっても、性愛感情のない第4の性。しっくりきてしまった。
ただ、診断を受けて非性愛者のレッテルを得たところで現状に諦めてしまうだけなのは目に見えているので、診断は受けていない。だから本当に非性愛者なのかは私はわからないが、多分それに近い状態なのではと思っている。
相性が良く話が弾むし、良き理解者で良き友人だ。出会ってから数年後に告白を受け、付き合うことになった。
が、大好きだった友人が「彼氏」に変わった瞬間、私にとってそれは恐怖の対象になりかわってしまった。
あんなに仲が良かったのに何を考えているのかわからなくなり、一挙一動に怯え、近づかれるものなら脱兎のごとく逃げ出したりもした。そうして彼をひどく傷つけて、結果別れた。別れたどころか、一方的に逃げだようなものだ。
彼には今でもこのことを申し訳なく思っているし、完全に負い目を感じている。
だが、若い私には自分が彼を拒否する理由を知る由もなかったし、とにかく恐怖の対象である彼から逃げるほかなかった。
数年たち、進路も違えて生活も落ち着いた頃、彼に再会した。
就職を経てあえる時間も少なくなったが、私たちは微妙な空気を残しながらも友情を育んでいた。と、思う。
彼に新しい彼女が出来た時、「彼女を大事にしたいから連絡はとれない」と言われた。寂しさは感じたが、素直に納得した。心からおめでとう、よかったね、がんばって彼女を大事にしなよと伝えた。誇張ではなく本心だったこと、嫉妬を抱かない自分に驚きも覚えた。
それから数年、彼の言葉に従って、私は彼にコンタクトをとらずにいた。
時たまもらえるSNSへのしょうもないコメントに喜んだりしながら、自分の生活を楽しんでいた。
彼との関わりが途絶えたことで、私も少し思うところがあったのか、婚活パーティーに手を出してみた。もしかしたら、思春期も終えて当時の恐怖心も克服できているかもしれない、自分も恋愛をしてみたいと思った。
何度か足を運び、また何度かカップル成立もしたし、告白してもらえたこともある。
が、やはりダメだった。気持ち悪い。おぞましい。そんな感情が先だって、前と同じく逃げるように男性の前から姿をくらました。電車で横の席に座るだけで冷や汗が出たし、声も震えた。
調べてみたら、非性愛者の可能性があるように思えた。
恋愛感情はあるけど、性愛を抱くことはない。なんて面倒くさい女なのかと、自分も呆れた。
でも、理性とは全く別のところで拒否するものを、自身ではどうすることもできない。
私は途方に暮れた。一生、結婚することも、子を持つことも出来ないのかと愕然とした。
恋人と別れたそうで、もう遠慮する相手はいないのでまた遊ぼう、というニュアンスだったと思う。
単純に友人と再び遊べることがとても嬉しかった。
電話をして、くだらない話をした。とても話が弾む。
久しぶりに遊ぼうよ、となるのは自然な流れだった。旧友に会えるのはとても嬉しい。
それと同時に、一抹の不安が頭をよぎる。
恋人と別れた彼は、私をその代りにしようと思っているのではないかと。
可愛い、と言う意図はなにか別にあるのかと、妙に勘ぐってしまう。
言葉の端々に感じる元恋人への不満を聞いていると、こちらも不安になってしまった。
彼は私が当時逃げた理由を知っている。
怖かったからだ、ごめんなさいと何度も伝えたし、ありがたいことにそれに関してはもう許してもらえたことと思う。
私が負い目を感じながらも彼と友人でいる理由は、彼が好きだからだし、一緒にいて楽しいし、なにより信頼できる数少ない人であるからだ。
私は一生結婚できない。唯一、可能性があるとしたら、彼しかいないと思う。
特別美人でもないのにこんな面倒な女が、新しい人と出会い、理解してもらい、そのうえ人生を捧げてもらえる自信がない。他人への興味が薄く、おまけに警戒心の強い自分が知らぬ誰かを好きになる確率も加えると、これはもうほぼ0であるように思う。
どうでもいい人間に対して我慢は出来ないが、彼ならば信頼できるし、性格の相性も悪くない。おそらく我慢できる…と思う。我慢してまでそうしてほしいのか、彼が思うかはまた別として。
普通の人である彼にこんな重荷を背負わせてしまいたくないという気持ちと、彼を逃すと自分には可能性がほぼなくなるという現実。
彼が連絡をとってくれたのは、元恋人にたいするただのあてつけなのかもしれないこと。埋め合わせに過ぎないかもしれないこと。
そして、もし受け入れてもらえたところで、私が嫌悪感を克服できるのかわからないこと。
彼と会うことが、楽しみで、怖い。