はてなキーワード: 田園調布雙葉とは
雅子さんすげえ
雅子さまは田園調布雙葉中学校に通っている時、クラスメイトの有志たちと一緒に、ソフトボール部を創設された。雅子さまの打順は3番で、ポジションはサード。チームの主力としてレギュラーの一角を占めていた。当時のことを伊藤さんはこう振り返る。
「雅子さまは運動神経が優れていらっしゃり、強烈な打球が飛んできても、逃げることなくキャッチできることから、サードに抜擢しました。とても責任感が強く、打撃でもここぞという時の長打力は、チームのポイントゲッターとして期待されていました」
ところが、メンバーは皆、ソフトボールの経験がなく、なかなか技術的に上達せず、最初の練習試合は惨憺たる敗戦となってしまった。その悔しさを胸に、雅子さまをはじめメンバーたちは強くなるんだという思いが芽生え、練習にまい進していった。
■雅子さまたちのチーム、快進撃が始まる
そして、雅子さまたちが中学3年生の夏を迎えた時、奇跡のような出来事が起きる。田園調布雙葉は中体連に加盟し、世田谷区の大会に出場したのだが、1回戦から優勝候補の強豪校と当たってしまった。
実力の差はいかんともしがたく、相手ピッチャーの剛速球に手も足も出ず、3回が終わった時点でワンサイドゲーム。伊藤さんはコールド負けを覚悟したというが、ここでまさかの展開が待っていた。
勝ちを確信した相手校が、エースから2番手投手に代えてしまったのだ。これが田園調布雙葉の打線とぴったり波長が合ったのか、立て続けにヒットを連発。その時、空がにわかに掻き曇り、あっという間に雨が降って、再びエースが登場。
しかし、雨でボールが滑ってスピードも出ずコントロールも乱れ、田園調布雙葉はあれよあれよという間に大逆転してしまったのだ。
その時の様子を伊藤さんは…
「最後は、相手チームが打ったボールがピッチャーゴロになり、セカンドランナーをフォースアウトにしようと、サードの雅子さまにボールを投げました。そのウィニングボールを雅子さまが見事に受け取られたのです。そこでゲームセットとなり、まるで桶狭間の合戦のような大逆転でした」
と、昨日のことのように話してくれた。
私は東京育ち、東京で働いているが出張に行っては飲んでいる。ススキノにはススキノの、天神には天神の良さがありその街の良さを実感する。
大阪に行く。まず豊中で一仕事。阪急に乗る。友達の奥さんが豊中出身だと言うことを思い出す。すごいお嬢さんで、ずうっと小林聖心といってたな。東京だと雙葉?いや豊中は田園調布とすると田園調布雙葉か、すると乗っているのは東横線なのか。
仕事が早く終わって先輩を呼び出す。鶴橋を案内してもらう。東京では大阪出身だけど標準語で話す人がいる。先輩もそういう人だったが今は関西弁だ。
「それってなにわのベートーベン的なこと?」
「李明博だよ」
ハイテンションでタン塩とカルビを繰り返し、ビールを飲む。。先輩は明日早いから9時でお開き。だんだん酔っ払ってきてどこにいるのかがわからなくなる。
東京のように人がたくさんいる。東京のように電車に乗り換える。高知の街並みに映える棕櫚や、金沢のような古い街並みも見えない。電車の広告も脱毛やデパートや予備校で総武線と変わりがない、ないのだが細かく見ると違う。酔っ払っているから細かいところが入らない。東京に似た異世界にいる感覚が増してくる。鶴橋から山手線で神田に降りる。そこに宿をとった。東京駅から繋がる高架下に飲み屋が連なる。このまま非現実のあわいで一杯やることにしよう。その駅は「福島」と書いてあった。わし東京もんやさかい大阪のことはようわからんわ。