2022-07-30

生徒が科学する心を表現する話

よくブラック部活やり玉に挙がる部活といえば、文化部だと吹奏楽部が筆頭だろう。

でも論文を書く系の部活だっていくらでもブラックになりうる。

それも大学院研究室とかでありがちなピペドなどとは全く違う次元で。

そもそも初等・中等教育レベル児童・生徒が書く論文なんて、その内容が訴える「科学する心」で読者をいかに感動させるかくらいしか評価できるものがない。

から研究テーマも、実験結果考察も、全てはその手段に過ぎないわけで。

こういう事書くと特に博士持ちの奴が色々うるさく言ってきそうだけど、学部とか院とかの学生プロ学者が書く論文とは、そもそもゲームルールが違うんだよ。

このルールの違いを理解していてもなお異論がある先生方は、トラバにでも書いといてください。

さて、とにかくこの「科学する心」の表現は、「めちゃくちゃ頑張って、たくさんのボリュームをきちんと綺麗にまとめた感」をどう出すかがポイントになる。

これなら多少科学リテラシーのないアホでも形になるので。

そうなると、論文原稿も昔だったら万年筆手書き鉄板だったけど、流石に今の時代パソコンでいいとは思う。

ただその場合はページ数を稼ぎにくいのと、高品質組版ソフトに高品質な商用フォントを揃えるのがほぼ必須になるので、多分結構なカネがかかると思う。

そしてページ数を稼ぐのに忘れてはならないのが実験データで、これは数字連続してたくさん出てくる内容のものを、数十ページにわたってひたすら並べて印刷したものと、それをこれまた長大グラフ化したものの両方を用意する。

これを全ての実験で行えば結構な量になるので、最終的には200~300ページの成果物を目指す。

関係者への謝辞にも、きちんと頭を悩ませる。学生らしい爽やかなイメージを稼ぐ貴重な箇所なのだから

実験写真は見栄え第一なので基本全て偽装する。当然だろ?

野帳は清書し、論文の本編と整合性が取れるようにする。

ポスターレイアウトはもちろんカラーパターンにも熟慮し、フォントサイズや種類も複数用意する。

この他にも凝ろうと思えばいくらでも凝ることができるが、大抵ここまでやると週末も出てくる必要があるし、夏休み合宿スパートかけるのはお約束というくらい、やることが増えまくる。

搬出の数日前は日付が変わるくらいまで作業しないと回らないと思うし。

で、ここまで読んでこれまた「姑息」などと謂れのない非難をする奴が絶対いるだろう。

一生懸命やり込んだことを、そういう一言で切って捨てるとか人でなしにも程があると思うが、そこまで言うなら他にどうやって小中高のお子様が「科学する心」を表現するのか、ぜひとも対案を伺いたい。

どうせないんだろうけど。

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