【ネタバレへの注意】
「=====」で「続きを読む」という表示をだすはてな記法も増田じゃ使えないみたいだし。
とりあえずそこで困ったという文章を書いて字数を稼いでおけば多少はマシになるだろう
【ネタバレ開始】
今までになくとてもわかりやすく、不快感がなく、気持ちよさが残るエヴァだった。
ゲンドウが庵野監督を象徴してるのはわりと異論なく解釈されてるところだろう。
ならばシン・エヴァンゲリオンは
生まれたのがエヴァというアニメ(シンジ)で、たくさんの悪影響(ニアサードインパクト)や
悪影響をうけたファン(インフィニティのなりそこない)をうんでしまったけど、
庵野監督が時を経て成熟したエヴァというアニメと関係を結び直せた結果、
ちゃゃんと原点から自省してガンダム(神)とかみたいになることを
断念してエヴァという膨れ上がったカルト神話をきっちり解体して畳むことができました」
ほかをあてはめていくと
ゼーレ版の人類補完計画がエヴァを商業的に成功し続ける作品にしようという方向性
ゲンドウ版の人類補完計画がエヴァをカルト神話的であり続けて、ファンを呪縛しつづけることで進化させようという方向性
(富野由悠季監督がニュータイプという概念を視聴者に押し付けるような)
アヤナミ(仮)は多分パチンコなどIP利用(お年寄りにも触れられたという点で)
アスカはエヴァで実現したかったものの象徴みたいなもの?みたいな感じになるだろうか
オトシマエをつけるために振り返った結果、宇部新川駅から旅立ったあたりから駄目だったねという身も蓋もない自省が展開されるのだけど
不思議と説教臭さも不快さもないどころか、謎の爽快感まで発生している。
それは、ユイがアニメ文化の象徴であり「庵野監督のアニメに対する夢や野望」だったと解釈すれば
かつて憧れてキラキラ輝き続けるガンダムなどの数々の作品のように「自分の作品よ、神話になれ」とにするのを諦めて
実際、今の庵野監督にとってエヴァを稼げる商品にし続けることも
この内容で不快感を発生させない圧倒的な力量とクオリティーをみても明らかだが
あえてそれをせず、全力でエヴァを終わらせるのは清々しさがある
こじれた人間が間違いで作ってしまった程度のものなのだと解体しきっても
現実にエヴァはリアル世界に良かれ悪かれ様々な影響を残してる。
ゲンドウがシンジ(エヴァという作品)のなかにユイ(アニメへの夢)を再び見出し、
最後にユイ(アニメ文化)がシンジ(エヴァという作品)の身代わりになって出発を祝福する。