私ははんこ屋を経営していた。
しかし、世間がはんこ撲滅を訴えはじめると、すべてが変わってしまった。
店の経営は傾き、愛想を尽かした妻は家を出て、愛人と暮らし始めた。
いまは亡き父の言葉を思い出す。
はんこが無くなったら、自分はほんとうに自分なのだと、他人に示すことができないんだよ。
思えば30年前、市役所で提出した婚姻届には、私と妻のはんこが押されていた。
父が作ってくれた特製のはんこである。
名前の横で赤く輝くはんこの文字は、私たちの未来を祝福するかに見えた。
いま私が手に持っている離婚届には、はんこが無い。
「問題ありません」
私は納得できなかった。
「でも、この離婚届にははんこが無いでしょう」
役人は困った顔をする。
「はんこの欄はとうの昔に廃止されましたよ。あなたもご存知でしょう」
「はんこが無いのに、この離婚届を提出したのが私本人だと、どうやって分かるというのです」
「いま身分証を見せてくださったじゃないですか。それで十分です」
「いや、いまここで見せたって、あなたが見ただけだ。本人だったのか、あとから確認できないでしょう」
「じゃあ、はんこがあれば十分だというのですか。あなたの名前のはんこなんて、どこでも買えるものなのに」
私の声が荒くなる。
「違う。大量生産のはんこだって、必ず微妙な個体差がある。だからこそ、本人だと証明できるのだ」
役人はもはや呆れ顔だ。
「そうかな。そのはんこさえ手に入れば、だれだって押せてしまうでしょう。もちろん、身分証だって手に入れば他人だろうと使える。
いまこの役所では、身分証さえあれば、それであなた本人だとみなすことに決まっているんです。それで十分でしょう」
「この男に見覚えはありますか」
「なぜですか」
私は反論する。
「はんこぐらいで犯人にされちゃ困りますよ。真犯人が私の名前のはんこを買って、置いていったのかもしれないでしょう」
「いや、はんこには必ず微妙な個体差があるんだ。これは紛れもなくあんたのはんこだよ」
警察官の言うとおり、テーブルの上に置かれたはんこは、間違いなく私のはんこだった。
それも、妻との婚姻届に使った、あのはんこだった。
そのはんこには、あの愛人のものだろう、赤黒い血がべったりとついている。
妻が犯人で、私を陥れるためにはんこを置いていったのだろうか。
なぜそんなことをしたのか?
私はあの間男を憎らしいと思っていた。
それに、市役所に行くまでのあいだ、私の意識はぼんやりとしていた。
無意識のうちに間男の家に行き、あいつを殺してしまったのではないか?
もちろん私にはなんの覚えもないが、はんこは私の存在を証言している。
薄暗い取調室のなかで、はんこの存在ははっきりと私の実在を証明していた。
はんこの欠けた離婚届よりはるかに、その証明には説得力があった。
私がいま刑務所にいるということを通じて、はんこは自らのもつ決定的な力を誇示していると思えた。
その力に思いを馳せるとき、私自身の存在もまたたしかだと思える気がした。
はんこ屋は倒産した。
妻はすぐ別の男と再婚したらしい。
ちげーよ その600円が買えないんだよ さっしてやれよ ふつうこんなもん めんどくせぇから買うよ
そもそも、サインといったって、ゲルインクの時代に何を言ってるんだ?というのが半分 何故はんこなのか?というのをIT業界のプログラマーの俺がいってどうすんだ その上で俺はは...
ごめんなさい はんこがゲシュタルト崩壊して全部ちんこに見えてしまいました
うんこ
いま私が手に持っている離婚届には、はんこが無い。 ここで今離婚届を持ってるのに、後半で 私は犯行を自ら認め、やがて有罪となった。 このスピード感なんなの?逆転裁判かよ
すごい!読ませるねぇ。 …でもこの投稿は自演かもしれない。はんこがないから証明できない。
つまんね ご都合主義やん そもそもはんこ屋がはんこを個体差を元に本人確認になる完全なものみたいなことを主張してる時点で、なんかもう物語にありがちな「主人公がバカ」なやつで...
そもそもハンコだって身分証明書だって、限りなく本人らしいってだけだからな