はてなキーワード: フリーザとは
※ここでいう純粋反差別主義者というのはあくまで理論的な話であり、現実的にこういう人がいるという話ではありません。
反差別主義者は、己の理想が本当に現実になることを望んでいるかかなり疑問になることがある。
例えば最近話題になったwakabafukudaさんは、すべての発言が「ヒャッハー!汚物は消毒だー!」にしか聞こえない。
おそらく「言葉遊びとして」程度にしか差別というものを理解していないからああいうモヒカンのような雑魚っぽい発言しかできないのだろう。
よろしい、あなたの望みがかなってあらゆる差別がなくなったとしよう。
それをわかりやすく描いているのは北斗の拳とドラゴンボール(フリーザ編)である。
他のあらゆる言い訳は存在しない。あらゆる保護(=優遇)は考慮されない。男と女の差すら容認しない。役割分担を考慮することもない。
北斗の拳のように全体の資源が少なければ、焦点は資源の奪い合いになる。力のあるものが力の弱いものから略奪する世界になる。
ドラゴンボールのように、高度に科学が発達し、エネルギー問題が解決され、食糧や住居はおろか、労働力さえサイバイマンという形で供給されるならば、焦点は尊厳の奪い合いになる。
そこで生き残れるのは覇王か、エリート戦闘民族だけである。彼らがすべてを決める。
能力の中途半端な人間は、せいぜい覇王や聖帝の下でヘコヘコしながら、より弱いものを虐待しておこぼれに預かるしかない。
トップの人間以外にとっては、もはや今の日本にあるような自由は存在しない。
まして、ドラゴンボールの世界観であれば、役に立たない人間はそもそも不要だ。だから、資源がないなら星ごと潰されても文句が言えない。
本当にあらゆる差別に反対し、ひまにあかせて言葉遊びに興じ、どんな些細なことにでも絡んでいく暇な人は、北斗の拳の世界観を望んでいることになる。
私のように能力に絶対的な自信がなく、しかし一定の自由は欲しいという人間は、北斗の拳の世界よりは今のほうがまだましかなぁ、と思っているのだけれど
それでも彼らは「間違った自由などいらない」「どんなに間違ってても今の社会をみとめるよりはまし」といってはばからない。
どれほど現実に絶望したらこんな投げやりで思考停止した言動ができるのであろうか。
そして、そんなに現実いやなら一人で死ねばいいのに、そうはしない。
真摯に人間の平等を願うならまず宗教の1つも学んでみるものだ。神のもとの平等という概念に興味くらいは持つはずだ。でもそうはしない。
なぜなら、彼らは現実に絶望なんてしてないからだ。そういうポーズを取りたいだけだ。
絶対に自分を否定したくない。世界が間違っていると信じてやまない。
そんなに自分が好きならもっと努力して自分の望みを自分で叶えてみろと思うけれど、それもしない。
世界が間違っているのだからと、自分はふんぞり返って世界からの謝罪を求めるだけ。世界を断罪するだけ。
しかもその基準を学びもしない。 自分の価値観を万能なものとして振る舞うだけ。
ガキか。
ガキです。
幼稚園児だったらそういうおままごとをしてる姿も微笑ましいかもしれない。
でも、そういうのは一人でやってほしいし、大人になったらやめて欲しい。
激しく!もっと激しく!
肉と肉がとろけ合うまで交わり続けろ!
いづれは学校中の生徒も参加させてやる!善人顔した教師達もだ!
学校中の女達の穴という穴すべてに精液を流し込んでやる!
校長も教頭も皆、家畜の様によがらせて、可愛い教え子達の膣にペニスをぶちこむのさ!
学校の次はこの町、全てを巻き込んでやる!
ただすれ違っただけの見ず知らずの奴ら同士を、いきなりセックスさせてやる!
例えそれが親子であろうと!兄弟であろうと!
女同士であろうと!男同士だろうと!
全員残らず、性器を結合させて、愛液と精液にまみれさせてやる!
どいつもこいつもセックスさせてやる!
膣やペニスがすりきれて、血まみれになっても腰を振り続けさせてやる!
血と精液と愛液にまみれながら、喉が渇けばそれをすすらせ、
腹が減ったら互いの肉を噛み千切らせる!
セックスだ!セックス!セックス!セックス!セックス!セックス!セックス!
純粋反差別をとなえられるくらい十分に頭の悪い人の求めている世界ってこういうことだと思うんよ。
で、奴隷に対して自分のコンプレックスをぶつけてカタルシスを得たい。
中二病ってある程度知性がないと自分がヒーローになれる設定とかストーリー作れないんでこの人達には無理です。
だから一番原始的な欲求に忠実に従うとこういう単純な妄想になるんですよね。
中学生の頃にはよくある妄想です。まぁできれば高校生のあたりで卒業していただきたい幼稚な発想ですね。
wakabafukudaさんを見てると、「中学生日記」を読んでるようで微笑ましいです。
これは http://anond.hatelabo.jp/20110316202255 の続編です。
GTをやる前に改を書いてくれている人がいてとてもしっかりした内容なのでちゃんと勉強したい人はそっちを見てね!
d:id:ryoasai:20110317 - ドラゴンボールで学ぶオブジェクト指向 改 | 達人プログラマーを目指して
またオブジェクト指向については
d:id:m-hiyama:20080109 いまさらながらだけど、オブジェクトとクラスの関係を究めてみようよ | 檜山正幸のキマイラ飼育記
がとても詳しいです。合わせて読むとかなりしっかりと理解出来ると思います。
ホットエントリに行くとは思っておらず、皆様ありがとうございます。
「ドラゴンボールをオブジェクト指向にする」というコンセプトではなく、「オブジェクト指向を(無理矢理)ドラゴンボールで説明する」という遊びだったので
プログラマーの方々にはツッコミを受けてしまいましたがここは遊びだと思って楽しんで下さい…。
ドラゴンボールは小さい頃から大好きでしたが流石にうるおぼえ過ぎました。
それはさておき「説明する題材を決める→好きな漫画から無理矢理当てはまりそうな例を考える」という思考実験なので、気が向いた方は色々考えてみると楽しいと思います。僕は楽しかったです。
これは難易度が高そうです。
やっぱりドラゴンボールで例えると分かりやすいな!
無理がある!
デザインパターンとはドクターゲロが考えた「こうやって設計すれば色々捗るぞ」という例のことです。実際はGoFという人たちが考えたもので23個のよくあるパターンに名前を付けて整理してくれたわけですね。
23個の中にはブルマさんですらわからないものが多いので(さすがドクターゲロですね)良く使う、代表的な物をいくつか紹介します
Singletonは世界に一つだけしか存在出来ないようにする方法です。
balls = new DragonBalls(); //これでは誰でもドラゴンボールを作れてしまう! balls.callShenron();
クラスの中にはいくつかのメソッドがありますが、簡単に言うと外から呼べるもの、外からでは呼べないものの
二種類があります。そうやってメソッドを保護することで世界の崩壊を防ぐわけですね。
基本的な戦闘力をアップさせるには本人の努力が必要になり、外から簡単に挙げられてしまうとジャンプの三本柱が外れてしまいます。
ただナメック星の最長老や界王神などはかなり偉いので、本人の才能を引き出すことが可能でした。
現実には思いつきのような仕様を後から言われることが多々あります。困ります。
//地球上にひとつだけ存在するドラゴンボールをつくろう class DragonBalls{ private DragonBalls(){ //ドラゴンボールを作れないように生成メソッドを保護します。 } static function sagasouze(){ static singleton_dragonball; //ドラゴンボールを生成。 //DragonBallsクラスの中なので、保護してある「new DragonBalls()」を呼べます。 if(!singleton_dragonball)singleton_dragonball = new DragonBalls(); return singleton_dragonball; } }
地球のみんなは地球語しか話せませんが、ナメック星にいるクリリンを通して願いを叶える必要があります。
クリリンももちろん地球語しか話せませんが、ナメック語を話せるデンデがいるため、地球のみんなは願いを叶えることが出来ます。
class Kuririn{ private dende = new Dende(); function request( wish1, wish2, wisth3){ this.dende.request(wish1); this.dende.request(wish2); this.dende.request(wish3); } } kuririn.request( "ピッコロを生き返らせてくれ", "ピッコロをナメック星へとワープさせてくれ", "ナメック星にいる孫悟空とフリーザ以外を全員地球へとワープさせる" );
この場合のメリットはデンデが何をやっているかクリリンをプログラミングした人が知る必要が無いということです。
地球の人はナメック星にいるナメック星人が「デンデ」であることを知る必要もありません。
それでも願いは叶うんです。
本来であればデンデやクリリンは願いが叶うのを待つ必要がありましたが、地球の人は一気に伝えることが可能なように設計しました。
//デンデクラス。ナメック星人は英語でNamekianらしいです。 class Dende extends Namekian{ function translate(word){ namekian = *****//ナメック語に翻訳します。 return namekian; } function request(wish){ static polunga; if(!polunga){ polunga = DragonBalls.spell("タッカラプト ポッポルンガ プリピット パロ"); } polunga.ask(this.trasnlate(wish)); } }
大まかなアルゴリズムだけ決めておいて、実装はサブクラスに任せる設計がTemplate Methodです。
ナメック星に行く方法を考えた時いくつかの方法がありました。古い宇宙船を探してきて直して載せて…っていちいち書くより同じメソッドでナメック星に行けたほうが便利ですね。
abstract class WayToNamek{ abstract function prepareSpaceShip(); abstract function launchSpaceShip( ship ) ; function gotoSU839045YX( people ){ ship = prepareSpaceShip( ); //船を修理します ship.load(people); //人を載せます this.launchSpaceShip(ship); //船を出発します。 } }
ナメック星に行く方法を定義したので「ブルマ、クリリン、悟飯」組と「悟空」をそれぞれナメック星に連れて行きましょう。
way = new WayWithKamisamaShip(); way.gotoSU839045YX( buruma, kuririn, gohan ); way = new WayWithSaiyajinShip(); way.gotoSU839045YX( goku );
と簡単に方位SU83、距離9045YXまで乗員を連れて行くことが出来ます。
二つの方法を実装します。神様の船を修理して行く方法と、サイヤ人の船(悟空が乗ってきた船)で行く方法の二つです。
//神様の船で行きます。 class WayWithKamisamaShip extends WayToNamek{ function prepareSpaceShip(){ return new KamisamaShip(); //船を準備します。神様の船を使います。 } function launchSpaceShip(ship){ ship.inputByVoice("ナメック星に出発"); // } } class WayWithSaiyajinShip extends WayToNamek{ function prepareSpaceShip(){ return new SaiyajinShip(); //船を準備します。サイヤ人の船(フリーザの船?)を使います。 } function launchSpaceShip(ship){ //audio = new HighSpecAudio(); //ship.setAudio(audio); ship.turnOnCenterButton(); //真ん中のボタンを押すだけ } }
元になる船も違いますし、発射の仕方も違いますが同じ呼び出し方が出来ます。
オーディオの位置が決まりませんでしたが、今回の運用では不要とのクライアントからのご意見でしたのでだったので
せっかく用意したオーディオも無駄になりましたが、コメントアウトしてあります。
この記事、ひどいよ……。
「なぜ Twitterで何万人にフォローされていても一万人以上フォローしている人は カッコ悪い人なのか?」
http://blogs.itmedia.co.jp/fukuyuki/2011/02/twitter-d1b3.html
いくら8万人もフォローをしてるからって
Twitterブームに便乗した「株式会社なう」とかいう会社を突然立ち上げたからって
Follow7(http://follow7.com/)というスパム的な自動相互フォローサービスを他社から買って運営してるからって
Follow7でTwitter認証した人は全員、@saisiki を強制フォローする仕組みでフォロワーを自動的に増やしてるからって
戦闘力7万8千フォロワーの才式フリーザさんのことを名指しで悪く言わないで下さい!
フォローしてね!
「死ぬほど英語」第三弾。
第一弾: http://anond.hatelabo.jp/20100620143255
第二弾: http://anond.hatelabo.jp/20100621000447
あ、ちなみに俺増田でこれ以外は書いてないです。
ブコメとトラバを見渡していて、やっぱりもう一度書き足しておくことに意味あるな、と思ったので。コミュニケーションって難しいよねー日本語ですら。
ブコメの伸び方を見て、やっぱり日本人には英語ってオオゴトなんだなあ、と痛感する。しかし俺はそのオオゴトっぷりが正に問題であると思っている。もっとどうでも良くなればいい。「死ぬほどキヴンジョ語を勉強してきたからわかる、キヴンジョ語学習の限界」というエントリぐらいの扱われかたがいい。そうなったら、英語で不幸になる人がずっと減るはずだ。俺は日本人の英語力向上とか心底どうでもいい。だけど日本から英語で不幸になる人がいなくなるといいと思っている。
結局のところ、俺が叫びたいのは、で自分の学生には実際に叫んでるんだけど、まあそれは何かというと、「自分の英語力にプライドを乗せるのはやめなさい」ってことになるんだと思った。「自分は英語ができない」ことを自尊心に対する脅威と受け取って萎縮したり反発したりするのも、「自分は英語ができる」と鼻高々に吹き上がるのも、どっちも誰かを不幸にする(そしてその二つは大抵表裏一体だったりする)。俺のTOEICは600点あいつは900点とかうだうだやってたって、ネイティブに対しては所詮フリーザの前の地球人だ。そしてその意味では、死ぬほど英語を勉強してきた俺だって変わらないんですよ、ということなんだ。
で、自分で書いたときは全然意識して無かったんだけど、俺が例として挙げた、「指導教官に英語表現を直された」「学部生にあいつの英語はだめだと言われた」。沢山の人が、これを「苦杯」もしくは「挫折」の例として受け取ったようだ。「俺はこんなに英語を勉強してきたのにこんなに出来ないことがあった!俺の努力は報われなかった!」という愚痴を引っ張る枕詞としての例。
自分の文章を読み返すと確かにそういう取り方もできるなあ、と思った。でも実際は全然そんなことないのだ。例の出来事が起きたとき、まず頭に浮かんだのは、「うっわーアメリカ来てよかったー」という安堵感だった。日本にいたら多分こういう指摘をされることは無かっただろう。アメリカ来て、自分では見えていなかった自分の英語力の実態が分かって、これからはそれに合わせて対策をとることができる。よかったなーホント来てよかった。そんな感じ。落ち込む要素は全然ない。
考えてみたら俺は、自分の英語力に全く思い入れがない。XBOX360の実績ポイントって知ってる?XBOXのゲームには、「実績」という要素があって、例えばあるゲームであるボスを倒すとXXポイント、という風にポイントが獲得できる。そのポイントは各ゲームとは独立にハードウェアに記録されて、色々ゲームを遊んでいくうちにどんどん増えていく。XBOXを起動して自分のアカウントでサインインすれば、今までの実績ポイントの累積が表示される。現在5480ポイント、とか。
俺にとって英語力は、実績ポイントみたいなものだ。そりゃまあ増えればそれなりにうれしいけれども、別にポイントを増やすためにゲームをやってるのではない。面白いと思うゲームを楽しんでやってたら勝手に溜まっていく。自分の実績ポイントを人に自慢するとか、他人の実績ポイントを見て一喜一憂したりとか、そういうことには何ら興味がわかない。俺のポイントは俺のポイントで、こないだよりは多少増えている。それだけ。
で、そういうわけで俺は、これまでの人生で自分の英語力に誇りを感じたことも、苦い思いを味わったこともないんだよね。うーん、それでも大学合格した時はちょっと誇らしかったかなあ。地元では周りにやたら持ち上げられたし。でも入学してみたら、同級生には帰国子女がわんさかいた。そもそもお前らもう英語なんか勉強しなくていいだろ、って連中ですよ。誇ってる暇なんか全然なくて、むしろ「クラスメイトからも英語を教われる」ことがすごく嬉しかった記憶がある。だっておっさんネイティブ教師より、かわいいバイリンガル女子に聞いた方が楽しいじゃないですか。授業でわかんなかったとこを丁寧に教えてくれた女子に告白して玉砕したのは、まあ苦い思い出と言えなくもない。
真実として、英語は、英語だ。「たかが」でも「されど」でもない。「英語なんか」でも「英語こそ」でもない。英語。自然言語の一つ。英語。「死ぬほど英語を勉強してもネイティブ並にならなかった」という事例には、俺にとっては何のドラマ性もない。ただ「そうだった」だけである。そうだったからにはどうすればいいのか考えればいいだけである。そこに苦いドラマを見いださずにはいられない人がいたら、その人はたぶん英語をオオゴトにしすぎている。
前のん: http://anond.hatelabo.jp/20100620143255
前回エントリのブコメ/トラバに逐一答えることはできないけど、眺めていて誤解があったかなと思う点について補足しておく。
まず一つ言っておくと、俺は自分の英語学習の成果としての英語力に「満足している」。俺の英語力は俺に対して果たすべき役目を十分に果たしてくれている。そして同時に、自分には場合に応じてネイティブの力を借りなければならない状況があることを知っている。しかしその自覚は、決して自分のコンプレックスを掻き立てるようなものではない。
なんつーかな、例えて言うなら、超サイヤ人になれなくてもクリリンにはなれる、ってことです。フリーザ一味のザコならガチでボコれるし、フリーザ相手にだって気円斬駆使して、クラッチプレイヤーとしての役割を果たすことはできるわけですよ。しかしやっぱり最終的にはサイヤ人やナメック星人の力を借りて立ち回らなきゃいけないわけ。
「クリリンにだって重要な役目がある」ことと、「でも結局クリリンはクリリン」との間のバランスを取ることはとても大切なわけですよ。「どうせフリーザには敵わないんだから俺何もしねえよ」でもなく、「俺はもうフリーザとも互角だぜ」でもなく。修行の成果を自分の糧とし、修行していなかったら見ることのできなかった世界を見ることの意義は、「ラスボスを独力で倒せない」ことによって失われるものでは無いんです、全然。
しかしですね、今日本人に向けて英語をやれと言う人達。主として経営者であり役人であり、もしくは煽り口調でいうなら「中途半端に英語ができる人間」ですね。英語をやれと言うこと自体はものすごく合理的だし理解できる。そこを問題視しているのではない。問題は、往々にして彼らは、「(今の段階の)クリリンにできること」の限界がわかってないと思われる点にある。そこから出てくるのは無いものねだりであり、無いものねだりされた側に植え付けられる英語コンプレックスである。その意味で、俺が指摘したかった問題は「レベルの高い」ことではなく、むしろ日本における初級以降の英語学習者の扱いなんである。
一つ例を挙げましょう。金谷憲の「英語教育熱 過熱心理を常識で冷ます」より(今手元に本が無いので記憶に基づいて。多少不正確かも)。文科省の高校英語の学習指導要領に「実践的コミュニケーション能力の育成」という項目が入った。で、教師が「実践的コミュニケーション能力って何、具体的には何を教えればいいわけ?」と問うた。当然ですな。そしたら文科省側は「例えば英語で電話をかけることができるような能力です」と答えた、というエピソード。
しかし(ここからは金谷さんではなく、俺の意見)、英語圏で生活をしたことがある人間なら皆実感として知っていると思うんだけど、「英語で電話をかける」のはものすごく難しい。
これはちょっと考えれば当たり前の事なんです。まず、今時「電話での会話」が必要とされるのは、緊急性が高く、複雑なコミュニケーションが必要な状況に限られる。それ以外だったらメールや、自動音声ガイドに従ってプッシュホンのボタン押すので済むわけ。わざわざ電話で相手と話さなければならないのは、何かすぐに解決しなければいけない問題があって、その問題は単純なYes/No疑問文の応答では解決しないようなものである場合、ということになる。
そして電話である以上、視覚情報は全て遮断される。ジェスチャーや指さしを使うことも、相手のジェスチャーや指さしや表情から情報を得ることもできない。単純な音の聞き取りにすら視覚情報は大きな役割を果たしている(「マガーク効果」でググれ)。さらには頼みの綱の音声すら、電話回線を通して劣化していて、生で聴くよりも情報量が減っているのだ。この失われた情報の埋め合わせをするのは、確固たる英語能力に基づくトップダウン型解釈しかない。
というわけで俺は、日本人の高校生に電話での会話能力を習得させるのは実質不可能だと思う。そもそも順番がおかしい、「面と向かってなら十分に会話ができる」レベルに達して初めてそれよりも困難な電話に挑むべきだ。しかしお上にやれと言われた教師は、とりあえずやらざるを得ないわけですよ。なので電話での定型文を適当に教えてお茶を濁すことになる。Hello, this is Bob speaking.
で、高校生は卒業後、アメリカに旅行に行く。そしたら目的地の空港でスーツケースが出てこない(アメリカの国内線ではよくある)。空港のカウンターに行ったら、「後でここに電話しろ」と電話番号を渡される。ホテルの部屋から電話する。全然向うの言うことがわからない、こっちの言いたいことが伝わらない。惨めな思い。「学校英語なんて役に立たない!」となる。俺は六年英語をやらされたのに電話一本かけられない、ああ何て日本の英語教育はクソなんだ、もう英語はイヤだ。
しかし、仮にこれが中国だったらどうか。中国の空港でスーツケースが出てこない、ここに電話しろと言われた、電話したら中国語で何言ってるか分からない。大抵の日本人は、ここで頭を抱えて自分の中国語能力の無さに身悶えたりしない。まあ当然わからんよねーそりゃ、あーまいったなーと言いつつフロントに向かい、フロントマンに筆談や身振り手振りや片言の英語/中国語を組み合わせて意志を伝え、代わりに電話してもらうだろう。首尾良くスーツケースが届いたら、上手いこと言語の壁を迂回した自分のコミュ力にニンマリするはずだ。
この非対称性を日本人は深刻な問題と捉えるべきだ。例えば、「学校英語が役に立たないのではなくて、学校英語ではできるようにならないことがあるだけ」という、ごく単純な真実を覆い隠しているのものは何なのか。それは元を辿れば、「クリリンは超サイヤ人にはなれない」という認識の欠如で、さらにその大本にあるのは「超サイヤ人にならなければ生き残れない」という思いこみなんじゃないか、と思うんだよね。違う違う。学習のどんな段階においても、英語に関して「できないこと」は無くならない。どうしてもそれをやる必要があるなら、ネイティブにやってもらえばいい。「ネイティブにやってもらう」のは、恥ずかしいことでも、難しいことでもなんでもないのだ。
個人的には全く違う。
ある会社が2ちゃんに書き込むような奴は採用したくない(もちろん増田に書いてる私もアウトだろう)がTwitterはそうでもない、くらい違う。
Twitterはおとなメディア。2ちゃんは中二病メディア(例外大いにあり
キャズム越えとか言ってる人がいるが、日本ではTwitterは絶対に一定年齢以下には広がらない。
「Twitterは嫌なら見るな」が成り立つのは、それが
「他者に向けたメッセージでない」「他者への言及でない」場合に限ると考えている。
つまり、他者について言及したものでない限り、発言を自重する必要はない。
誰に向かって話してるわけでもない、影響力を与える意図もない。
Twitterにおいては、読んで不快になったり、影響力を受けることはフォローしている人間の責任である。
特に自分が他人から影響を受けやすすぎる自覚がある人は、Twitterを自重したほうがいい。
Twitterは2ちゃんと比較すると「おとなのメディア」である。子供にはちょっと早い。
この2つを守ることだけがルールである。
逆に言えば、Twitterを利用する条件は、他人を他人として尊重できること唯一つだけだといえる。
他人を尊重することは自分を尊重することにも繋がる。
<多様性・ムラ化が促進されやすいのは2ちゃん>
「影響力がある人間は発言を自重すべき」と主張する人間には、全ての人間の立場をフラット化する2ちゃんが向いている。
2ちゃんはいつまでも中二病でいることが許される「ピーターパンメディア」であるから
中二病のあなたにピッタリである。
基本的にTwitterの使い方についてゴチャゴチャとしたマニュアルにする必要はない。
フォロワー数の多い有名人を3ヶ月ROMってればそのうち振舞い方がわかる。
Twitterは理系の人が多いのか妙にマニュアル化をしたがる人間が多いが、
普通の人としては、まずROMって、わからないところは質問したほうがいい。
質問をしても「ggrks」とか「マニュアル嫁」とか言われないので安心していい。ですよね?>Twitterのみなさん
※有名人の中に、たまに他者を攻撃するような発言を平気でして
反論されると自分の発言の責任を取れないで、適当にごまかそうとして失敗している人がいる。
就活の時期になってきました。就職戦争へ向かう前にあなたの強さをはかっておきましょう。
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5万:東京外国語 横浜国立 千葉 筑波 奈良女子 広島 同志社 立教 明治
3万:電気通信 東京海洋 東京農工 首都大学東京 大阪市立 大阪府立 京都府立 京都工芸繊維 中央 法政 青学 立命舘 関西
1万:岡山 金沢 横市 名古屋工業 九州工業 熊本 学習院 東京女子 日本女子 成蹊 成城 明治学院 聖心女子 学習院女子 南山 西南学院 フェリス女学院 神戸女学院 芝浦工業 同志社女子 京都女子
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5000:新潟 埼玉 信州 静岡 日本 獨協 文教 武蔵 国学院 専修 武蔵工業 東京農業 北里 東邦 清泉女子 白百合女子 東京工科 武蔵野 桜美林 神田外語 京都産業 近畿 龍谷 甲南
3000:群馬 茨城 高経 滋賀 岐阜 三重 東洋 東海 駒澤 神奈川 玉川 近畿 日本社会事業 東京経済 共立女子 東京電機 工学院 愛知 大東文化 亜細亜 名城 東北学院 京都産業 福岡 大阪経済
1000:山形 小樽商科 岩手 麗澤 東京国際 実践女子 昭和女子 東洋英和女学院 立正 千葉商科 関東学院 愛知学院 中京 大阪工業 桃山学院 神戸学院
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350:鶴見 和光 城西 城西国際 杏林 九州産業 その他多数
5:ニート
10万:税理士 公認会計士 高度情報(マネジメント系) TOEIC990 英検1級
3万:TOEIC860 簿記1級 高度情報(スペシャリスト系) 英検準1級
1万:TOEIC730 応用情報
オプション(複数あるなら全て加算)
3万:リーダー体験 体育会系の部活に所属 飲食店でアルバイト ボランティア活動
フリーザ:53万
ベジータ(復活後):20万
孫 悟空:12万
ギニュー12万
リクーム、ジース、バータ:5万
ベジータ:3万
ザーボン:26000(変身後)
ドドリア:22000
キュイ:18000
孫悟飯:14000
クリリン13000
グルド:10000
ピッコロ:3500
天津飯:1830
ヤムチャ:1480
餃子:610
農夫:5
参考サイト
http://study.milkcafe.net/test/read.cgi/gakureki/1214981450/l50
http://edentheworld.zero-yen.com/sentouryoku.htm
それを覗こうが盗み聞きがそれは人の勝手。
盗み聞きした人は、その結果腹を立てても、盗み聞きした自分の下世話さをのろうべきだよ。
盗聴した結果ムカツク発言をしていたので殴ったとか、それは通用しないよ!
でもTwitterはそうじゃないよ。
きっちりブロックしない限り人は見てるよ。
ブロックしても安心じゃないよ。
RTで漏らすバカがいるよ。すっごい危険だよ。
僕もひどい目にあったことがあるよ。
ついでにいっておくとTwitterは自分の家ではないし、mixiとも違うよ。
某新聞記者から聞いた話とか、犯罪自慢とかを大声でやってると、
僕はそれを見てm9(^Д^)プギャーとかしてたよ。
リアルなら勇気を出して絡めば、内心はともかくその場は相手にしてくれること多いけど
しかもログ取られて、本来伝えたかった相手以外にネタとか変態として消費されちゃうよ。
Twitter神は5時間も変態の相手をするヒマがあったら荻上さんとのインタビューを3時間くらいやって欲しかったよ。
暇つぶしとはいえ、リアルタイムでずっと見ていた僕はすごい暇人だと思うんだよ。
最後にいっておくと、僕みたいにTwitter上での人の振る舞いにけちつける行為はTwitterらしくない行為だよ。
でも自己責任だから何か問題が起こったらまずは自分で何とかしようとするんだよ。
いろいろ理不尽なこともあるけれど、僕はTwitterを楽しんでるよ。
【追記】
でも増田のコメントに吹き上がるのはちょっと恥ずかしいって意味だよ。
Twitterは逆に書く側が気をつけようって意味だよ。
最近嫌ならリムブれ意見が強くなりすぎてて気持ち悪かったので書いたよ。
もちろんリムブればいいんだけれど、だからといってわざと嫌がらせとか書いちゃダメだよ。
@なしで私の名前出して文句かいてる人がいてちょっと腹が立ったんだよ。
ピッコロ大魔王と違って、支配することに興味ないんじゃない?
でも、「星の収集と支配が趣味」って書かれてるんだよね…。
しかしフリーザって、それぞれナメック星と地球に出張ってるけど、前者は「不老不死の願いを叶えるため」、後者は「半殺しにされた相手への仕返し」と、普段のビジネスとは違う位置づけの「出張」だよなあ。
説っていうか、ずっとそうだと思ってたよ。
ピッコロ大魔王と違って、支配することに興味ないんじゃない? 永遠の命には興味があるけど。
だから売る買うみたいな秩序はそれなりに尊重していたとか。ナメック星でのドラゴンボール収集も、一応金銭の提示みたいなものはしてたりして。そういう描写はなかったけど。
先週のドラゴンボール改のギニュー隊長もそうだけど、並ぶものがいないほど強いことに対するむなしさみたいなものを背負ってる感じがするんだよね。
ギニュー隊長もフルパワーを試したことがなくて、ようやく悟空相手に試せそうなところをジースに邪魔されたから、しばらく考えた後悟空を解放するじゃん。
あのしばらく考えた「間」がなんか物悲しい感じがすんのよね。
ピッコロ大魔王(初代)もそういう哀しさみたいなものが底にあったような気がする。
一方、フリーザって言うのはもうそこはとっくに突き抜けてる感じがする。哀しさの段階はとっくに終わって享楽的になってるっていうか。逆に幼児に返ったみたいな。大人でありながら幼児。
元増田。
http://anond.hatelabo.jp/20091117113027
単行本21巻80ページ以降で、重傷を負わされたベジータの逃亡先について考えるブルマの以下の台詞が決定打になるだろう。この台詞に対して「ブルマたちの想像はけっしてまちがってはいなかった………」ナレーションが入り、その直後のシーンで登場する(ベジータが逃げ帰った先の)星の名前が「惑星フリーザNo.79」。さらに、傷を治癒させたベジータがフリーザについて「もうこの星があきやがったか」と口走っている事からも「(星を買う)異星人」とはフリーザ一族と考えるのが妥当のような気がする。
う~ん……
前に孫くんの
アニキってのが
いってたわね……
"われわれは
環境のよい星に
住む者を 絶滅させて
異星人に売る"
んだって
その異星人の
ところで治療して
もらうのかしら…
たとえ宇宙最強でホイホイ星を木っ端微塵に出来る力を持つフリーザといえども、だだっ広い宇宙を単身かけずり回って一つ一つ星を制圧するのは面倒臭いはず。ナメック星には宇宙船でやってきている事や、ナメック星内を全力で移動してもそれなりに時間がかかっている事から、自分の手足となる有能な戦士達を集めて使役させる方が良いと考えるのは当然だろう。
そうやって「(ポロリの声で)わたくしの趣味に協力する戦士達を募集しますよ」とあちこちに広報し、星の売買ビジネスを生業にしてきたサイヤ人が応募してきた、という流れだと、あまり不自然ではない気がする。いや、サイヤ人はフリーザの趣味のために星の売買ビジネスに手を出したという可能性もある。
動物の剥製(星)を集めるのが趣味で、普段は専属契約してるハンター(サイヤ人など)から購入してるけど、気が向いたときは自分で狩りに赴く(ナメック星の件)こともある。
といった感じか?
まだまだ未解決な部分もまだあるが、少しはイメージが見えてきた気がする。
フリーザでも金を出さなきゃ手に入らないものがあるんじゃないの?
たとえばある一定の種族でしか伝承されていない科学技術とか(たぶんそいつらはナメック星人みたいなストイックさのやつら)、
脅迫や侵略だけじゃあ手に入らないものがあるんじゃないのかなぁ
買う側:フリーザ
売る側:サイヤ人他
ってことじゃね?
金持ちのボンボンが個人の趣味で高い買い物をしてると考えれば辻褄も合う。
フリーザの直接配下はギニュー特戦隊のような連中だけで、サイヤ人のような他の連中はフリーランスの戦闘員。
スカウター等の装備品はフリーザ側から貸し出されてるんだろう、たぶん。
何やってんだ、オレ…
銀河の中にはいくつもの星が連合を作っている治安の良いエリアがあるのでは?
また、それらの星はフリーザ一派よりも遥かに科学技術が進歩しているので
それでビジネスはそのエリアの中の悪い連中とこっそりやってるとか。
みたいな妄想をしてみた。
鳥山明の人気少年漫画「ドラゴンボール」に登場する悪役、宇宙の帝王とすら呼ばれているフリーザを頂点とする一派。
彼らの普段の活動について、主人公である孫悟空の兄ラディッツは単行本15巻71ページで以下のように述べる。
われわれ サイヤ人は
戦闘民族だ
環境のよい星を探し
そこに住む者を
絶滅させてから
適当な星を求めている
異星人たちに
高く売るのが仕事だ
当初はサイヤ人という種族そのものがそういう「星間貿易」みたいなやり方で外貨を獲得しているのかと思いきや、74~75ページですぐに否定されてしまう。
サイヤ人は もともと
少数民族だったうえに
巨大隕石の衝突で
爆発してしまったのだ
………
のこったサイヤ人は
おまえを含めても
たったの4人しかいないのだ!
彼らはたった3人で星を売買してるのか?というとそうでもない。
単行本29巻153ページでフリーザ直属のエリート戦士集団「ギニュー特戦隊」が、登場直前まで別の星「ヤードラット」を攻略中だったと明かされている事からも、フリーザ一派とはフリーザを頂点とする様々な星の種族の戦士達の寄り合い所帯のようなものだと推測される。言うなればフリーザは派遣企業の社長で、サイヤ人を初めとする配下の戦士達は派遣社員みたいなものか。まとめると「フリーザ一派」はおおよそ以下のような存在と推測できる。
スカウターという機械の存在もこの説を補強してくれる。スカウターとは主に任意の相手の強さを数値化し表示する装置である(他にも遠方の相手との通信機能などもあるようだ)。フリーザ一派の殆どがこれを装備しているあたり、携帯電話並みにありふれた存在と言える。
星を売る商売をしているとなれば、効率的に対象となる星の原住民を排除する必要がある。そのためには、投入する戦力は常に適性に配分されなければならないのは明白だ。地球のような脆弱な民族しかいない星に、ギニュー特戦隊のようなエリート戦士を大量に投入したり、もしくはエリート戦士でなければ対応出来ない屈強な原住民がいる星に下級戦士を逐次投入して人的損害をいたずらに増やすというのは無駄以外の何物でも無い。よって排除対象の戦力を正確に把握するデバイスがラディッツのような下級戦士にまで広く普及しているのは必然と言えるだろう。
さて、ここで気になる点が出てくる。
一つは、会話の中で触れられながらも「ドラゴンボール」作品中に最後まで登場しなかった存在。前述のラディッツが語った「適当な星を求めている異星人達」である。彼らの存在は非常に厄介である。なぜなら、具体的な姿が想像しにくいからだ。
考えてみると良い。フリーザ一派のトップであるフリーザおよび彼の一族は宇宙一強いと広く認知されている(原作では父親、劇場版アニメでは兄の存在も明らかになっている)。その配下の戦士達も、質、量ともに大軍団と言うべき規模を誇っているはずだ。はっきり言って彼らを止められる存在など宇宙には存在すまい。
であるならば、相手とまともなビジネスを展開する必要があるだろうか。
何せ星を丸ごと滅ぼして商品にしてしまうような戦力・組織力をもった一派である。顧客の星も有無も言わさず収奪してしまえば良いではないか。
二つ目の気になる点は「高く売る」という表現である。「売る」という行為は基本的に、手元の商品や権利などを相手に差し出し、それと同時に相手から対価をもらい受ける事である。では、惑星丸ごと一つと同等な対価というのは存在しうるのだろうか。
仮に「売る」が物々交換を意味しているのならば、対価は少なくとも以下の条件を満たすものである必要がある。
貨幣で売買しているシチュエーションはさらに難しい。フリーザ一派以外の誰がその貨幣の価値を担保しているのか、という問題からして解決不可能。
仕事中の眠気覚まし程度にはなったが、結局結論は出ずじまいだった。誰かスパーンとこの辺を解決出来る説を頼む。
単行本21巻の扉絵特集でフリーザについて「星を集めて支配するのが趣味」と解説が。利益とか度外視の道楽でやってんのか?
もしかしたら、星の売買は副業程度の位置づけなのか?
「地球もろともこなごなに撃ち砕いてくれるぞーーっ!!よけられるものならよけてみろ!!! きさまは助かっても地球はコナゴナだーーっ!! オレのギャリック砲はぜったいにくいとめられんぞっ・・・!! 地球もろとも宇宙のチリになれーーっ!!」
「かんがえたな!ちくしょう!!」
というシーンで、ある友人が、
「いやいや、アンタも死ぬでしょ(笑)」
と一言。
DB読者には常識ですが、サイヤ人は宇宙空間では生きていられません。
そこで、屁理屈で解決しましょう
屁理屈1
コナゴナになるのは時間がかかる。
フリーザのデスボールのように、惑星の中枢を破壊することで、数分後に爆発するのかもしれません。
宇宙船のある自分は逃げのびられる、と、実質ベジータの勝利は間違いありませんね。
普通に考えてこれかもしれません。
しかしフリーザのデスボールとギャリック砲が同等の威力を持つとは考えづらいので、自分はこれを否定します。
屁理屈2
本当はコナゴナにできない。
実は惑星を消し飛ばすだけの威力などなく(自分も死ぬのを防ぐため。)、ハッタリでは?
よければ地球がコナゴナになると脅しをかけることで悟空がギャリック砲を正面から受け止める形を作るわけです。
屁理屈3