2020-12-28

肉を食っても(倫理的に)かまへんやんか

菜食主義ベジタリアンヴィーガン議論(直近だと anond:20201226231316 に対するコメントとか)において、特に肉食側から倫理的議論が少ないように思えるので、簡単ではあるが、倫理的観点からの肉食擁護を書いてみたい。

私はあくま素人であり、以下の文章個人見解以外の何物でもないことは最初に断っておく。

差別とは

 肉食を倫理的観点から批判する際の最も大きな論点は「種差別である。種差別とは、「単に種が違うからという理由だけで、ヒトとそれ以外の動物差別すること」である。肉食が相手の"命"を奪う行為であることは万人が認めるだろう。また人間同士では相手の"命"を奪う行為に大きな制限をかけるべきであるということも大多数は認めるだろう。であれば、「"命"を奪うことについて、相手人間以外の動物からという理由人間と同じだけの制限をかけないのは差別である」というのが種差別の考え方である

 この考え方は性差別人種差別形式と近い。例えば、男性利益を"男性から"という理由で優先して、女性には"女性から"という理由配慮しないことや、白人利益を“白人から”という理由で 優先して、黒人には“黒人から”という理由配慮しないことは現在では大多数の人が差別であることを受け入れている。同じ用に、人間利益を"人間から"という理由で優先して、人間以外の動物には"人間以外の動物から"という理由配慮しないことは差別であるというのが主張になる。

 一方で、関係する全員に対して平等な考えに基づいた適切な理由によって、ある存在と別の存在の取り扱いを変えることは差別ではなく、倫理的問題はない(※ここでいう差別とは”不公正な扱い”を意味しており”不平等な扱い”ではない)ことも重要である。「菜食主義だって植物の"命"を奪っているじゃないか!」という批判はよくあるが、多くの菜食主義者は"苦痛を感じる能力(sentient)"の有無を理由にして動物植物区別しておりそこに倫理的問題はないと考えている。(なお、植物本体を傷つけない果実のみを食べるフルータリアンはこの点で他の菜食主義者を批判する)

 このように倫理的観点から肉食を擁護するためには、人間動物を食べることについて、すべての生命に対して平等な考えに基づいた適切な理由検討して採用する必要がある。

肉食を擁護する適切な倫理的理由とは何か

 すべての生命に対して平等な考えに基づいた適切な理由検討といっても、何から手を付ければよいのかは難しい。考え方はいくつもあるが、ここでは、伊勢田の「動物から倫理学入門(2008)」の議論を元に進めていく。余談だが、この本は倫理学入門書としてはかなりオススメであるタイトルから菜食主義の本のように思えるがそうではなく、各主張を紹介した上で応用の一つとしてそれを動物に当てはめるとどうなるかを検討している。また、伊勢田自身菜食主義者ではないとのこと。

伊勢田はこの本で下記のように主張している。

倫理判断普遍可能である

遺伝差異自体差別をする理由にはならない

動物人間と同じように苦しむ

認知能力契約能力等、動物人間区別する道徳的重要な違いとされている違いは人間同士の間にも存在する(すなわち、限界事例の人たちが存在する)

限界事例の人たちにも人権があり、危害を加えてはならない

これらの組み合わせから容易に「動物にも「人権」があり、危害を加えてはならない」という結論が導ける

(p320 終-3 結局動物とどう接すればよいのか)

「①~⑤を認めると動物危害を加えてはならない」ことが正しいとすると、肉食を擁護するためには少なくとも1つを削除する必要がある。それは①~⑤のどれにすべきだろうか?

倫理判断普遍可能である

 普遍可能とは、簡単に言えば"ある状況である倫理判断を善いとするなら、同じような他の状況でも同じ倫理判断を善いとしなければならない"ということである。例えば、私が借金を貸す側のときに「借金を返さないことは悪いことだ」と言うならば、借りる側のときも同様に「借金を返さないことは悪いことだ」と言わなければならない。

 これを削除すると、多くの倫理判断社会ルール無効化されてしまう。例えば、貸し手のときは「借金を返さないとダメ」と言いながら、借り手のときは「返さなくても問題ない」と言えてしまう。こうなると強者弱者を思い通りにできる(少なくとも倫理観点から批判することは出来ない)社会になるが、それを良いとする人は少ないだろう。また「人間動物はお互いを殺してよいし、両者ともそれに抵抗してもよい」という方向で普遍化することも可能だが、それでは「人間人間を殺してもよい」を否定する理由が難しい。

遺伝差異自体差別をする理由にはならない

 (双子を除いて)完全に同じ遺伝子を持つ人間がいない以上、遺伝差異差別理由とするのは難しい。例えば肌の色を黒くする遺伝子を持つから差別していいとは多くの人は賛成しないだろう。生物学的種を考えて、交配して子孫を残すことが可能かという観点区別するという主張はあるかもしれない。だが種差別議論を考えると、交配の可否を"なぜ"差別理由としてよいか説明することは非常に難しい。また、(進化論を認めれば)すべての生物連続しているので、AとB、BとCは交配可能だがAとCは交配不可というA, B, Cが絶滅種も含めれば必ず存在する。Aの立場で考えて、Aと交配可能なBは差別してはいけないが、差別してはいけないBと交配可能なCは差別して良いとするのはルールとしての一貫性を欠くだろう。

動物人間と同じように苦しむ

 確かに、例えば未来概念や愛の概念の有無などによってその苦しみの程度は異なるだろうし、動物権利を主張する人たちも犬と人間が溺れていた場合に、より苦しみが大きいであろう人間を優先して助けることを否定するわけではない。しかし、多くの動物が少なくとも痛みや苦しみを感じる(sentient)ことは事実であり否定はできない。

 先にも書いたように、多くの菜食主義者はこの③について、「脳を持たない植物(主張によっては一部の貝なども含む)は人間を含む動物と同じようには苦しみを感じない」として植物動物区別し、植物を食べることに問題ないと考えている。「植物も実は苦痛を感じているかもしれないじゃないか」というのもよくある批判だが、これはあまり意味のある問いではない。確かに植物苦痛を感じている"かもしれない"が、動物は"明らかに"苦痛を感じている。何かを判断するときに、よくわからないことが1%あるから残りの明らかな99%も無視して良いとはならない。また、将来もし植物が"苦痛"を感じることが明らかになった場合は、菜食主義者の多くはフルータリアンなどに態度を改めるだろう。

認知能力契約能力等、動物人間区別する道徳的重要な違いとされている違いは人間同士の間にも存在する(すなわち、限界事例の人たちが存在する)

 これも事実であり否定はできない。人間の知能を動物の知能と直接比較すること(牛は人間でいうと何歳程度の知能か?など)はほぼ不可能であるが、それでも例えば0歳児や重度痴呆症、ある種の知的障害者などの限界事例の人たちと比較して牛や豚や鳥のほうが"賢い"と考えることは大きく間違っているとは言えないだろう。

限界事例の人たちにも人権があり、危害を加えてはならない

 ③に関係して、動物人間と同じ用に苦しむのは事実だが、動物を苦しめずに殺すことは問題にならないと主張できるかもしれない。未来概念がなければ生活計画を持たずにその時だけを生きているので、殺害して未来を奪うこと自体倫理的問題がなく、苦痛を与えることだけが問題であるという主張である。また、④に関係して、認知能力契約能力などの"賢さ"によって人間動物区別でき、"賢くない"動物は殺しても良いと主張できるかもしれない。

 しかし、これらの主張からは、未来概念がない人間や"賢く"ない人間=限界事例の人たちを殺しても良いという主張が直接的に導かれてしまう。もし、限界事例の人たちを殺すのは良くないと考えるならば、その根拠人権であろう。であればこれを否定することも難しい。そして限界事例の人たちに人権を認めるなら、動物たちに「人権」を認めないとするのは一貫性に欠ける。


 以上のように①~⑤を検討してきたが、どれも削除するのはなかなか大変そうだ。「現代代表的倫理学者で動物問題について発言している人はほぼ例外なく動物が直接の配慮対象になるべきだという立場である伊勢田, 2008)」というのもよく分かる。

 しかし、倫理的観点から肉食を擁護するためにはどれかを削除する必要がある。私は差別であるという批判を受けることは承知の上で、⑤を削除することを提案したい。

続き:anond:20201228220146

記事への反応 -
  • anond:20201228215958 ⑤限界事例の人たちにも人権があり、危害を加えてはならないを削除する  ホッブスの言う「自然状態」を考えよう。これは自分も他人も倫理的な制約に縛られない状態...

    • 長すぎうぜえ。 読んでほしいなら原稿用紙一枚にまとめろ

    • 非常に面白かったが、やはり政治学・法学・倫理学という片方の視点からこの問題を論ずるのは限界があるとも思う。 あくまで上の3つの学問は人間が定義するものである。 生物学や医...

      • 関係ありそうな言葉を並べるだけでなんか良いことを言った気になってるコメントの典型的な例だな

        • 教養のキャパとか理解力こえたらとりあえず叩いとこう

          • 教養 笑 生物学や医学、環境学、自然科学といった視点も取り入れないと包括的な議論はできないし、 さらに本件は人類の農耕史と狩猟の歴史にも関わってくるうえ、仏教・ユダヤ教...

            • まあたとえば生物学でいうと魚類は痛覚があるかないかという点で議論されているし、 農耕・宗教学からは日本のケガレの概念とかアニミズムの議論だな もちろんすべての分野で専門な...

              • わざわざ倫理学の観点からって書いてる元増田に肉を食うのが自明とかいうコメントをする意味は?って言ってんだよ

                • その点は気を悪くしたらすまんな 興味のない分野を自己の学問分野の視点から勉強する姿勢はすばらしいと思ったぞ

      • お前は高校生か?

      • 興味深いと言っていただきありがとうございます。 他の視点もというのはもちろんその通りなんですが、菜食主義者からの肉食批判のメインは倫理(動物がかわいそうというのも倫理の問...

        • 議論が気にくわなかったら相手をクズとか言っちゃうのは人格の問題で、 学問とか教養以前の問題だよ 教養がないのも問題だけど、それ以前の段階、つまり人間として問題を抱えてるこ...

          • 意味がよくわからないんですが、返信先を間違ってませんか?

    • 頼むからうちの知的障害者をどうにかしてくれ。

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