①『明らかな』異常を認めません
つまり、「異常ありません」と言ってしまうともし異常があったときダメなので、
『明らかな異常』を認めません、と言えば、微少すぎて物凄く頑張ってみないと100人中50人見落とすようなそういう異常に対しては言い逃れできている。
この言い回しをすることによって、「ガイドライン」を作ることができる。
つまり、ガイドラインを作るときに『明らかな』異常といえるものを定義する(C-Pアングル、第○弓突出、心胸郭比≦50%など、見る部分を明確に定義されている)ことによって、『明らかではない』あるいは『非典型的な』異常を逆に定義できている。
医療訴訟になったときも、カルテにこのような記載をしていれば大丈夫という共通認識もある。
患者さんに説明するときは、「大きな異常は特に見られませんでした」くらいの言い回しにする。
②『○○は否定的』『○○を否定できない』『鑑別として○○を上げる』『○○を疑う』
医学ってのは、何がおこるか分からない。どーみてもインフルエンザの人が肺がんだったりする。
そういうときに、カルテに「インフルエンザではない」とは書けない。インフルエンザのとき責任問題になる。
そういう時は、『インフルエンザは否定的』という推論形式に保留する。これなら仮にインフルエンザだったとしても、「その時の検査や身体所見から積極的に疑うものではなかった」と言うのがもし正論だった場合には責任を逃れられる。
また、いくつか原因が絞れない場合は、すべて書いておくけど、症状から一番確率が高いものを3つくらいと、症状から緊急性が高いものを3つくらい頭に浮かべる。そういうのを『鑑別』っていうんだけど。そういう風に、いくつか考えて検査中ですよっていう記録を残しておく。どれかが原因で仮に不幸な結果になったとしても、「その他の病気を考えるべき状況だったし、他の病気の検査も進めていたので、対応が遅れた、でもそれは論理的に時間的にしかたなかった」と責任を逃れられる。
③『時間をください』
でも、告知するタイミングってのもある。突発的に自殺とかってありうるから。
そういう場合に、「病状をもう少し見させてください」的な会話はありうる。
これもうまいなあと思う。
④『一秒を争うという話ではないですが』『一日を争う話ではないですが』
つまり、明日には病院行くべき、とかそういうことを伝えたいわけですね。
はっきりと行けというと、これは営利目的じゃねーの?とか問題になるから、言えない。
患者さんも自分で治療を決定する権利を持つべきだから。治療したくないなら自己責任で判断してもらう。
⑤共感的態度を取る
自分でもこれがどの程度有効なのか分からないんだけど。確かに自分が患者になってみたときはこれは大事だなと思う。
共感的な態度を取ってることで、相手が気分よくなるってのもあるのかもしれないが、俺にはそういうのは無い。
無いんだけど、共感的態度は責任を逃れやすいと思う。なぜなら患者が自己決定しているのを促すから、医者の独断っていうことになりにくい。
責任の所在をはっきりさせずに事を進めるっていうのが本懐なのかなって思う。
医学教育ではこの当たりは目的をはっきり言わずに、「やさしさ、思いやりのある医者になろう」ってことになってるけど、そっちが本当にメインなんだろうか。
なんか、ホストになってる気分なんだよねー。おじいちゃんおばあちゃん相手のホスト。
ホストとか、ホステスとかって本当にそういうハイハイみたいな共感とかで客は喜ぶんだろうか。
でも、確かにホステスには話しやすい雰囲気は出るよね。そういうことで、患者に話してもらうほうが医者はノーリスクで事を進められるね。患者も話しやすいから自己決定しやすいし。
そういう意味だろうね。やさしいどうこうって話では無いと思うんだけどなー。
患者さんが何か言ったときの返しを選ばせるんだけど、オウム返しを選ばせる。
これで、患者が話しを続けやすくなりますよってことらしいけど。
当の受験生や医者からも馬鹿にされてる。なんじゃそりゃってw話すすんでねーよw
⑥何かあったらスグ来てください
何かあっても、医者の自分ですら、仕事即効中断で医者行くとかできねーのに。ましてや普通の人には無理だろって思うんだよなーw
あと、救急なんかで、処置しても、それが正しい処置だったか分からない。なんたって夜に非専門が見るわけだからさ。そういう場合は、「早い内に専門の先生に診てもらってください」とか治療前に「現在居るのは非専門医だけです、ですので専門的な処置はできかねますし、応急手当しかできませんが、よろしいですか」と必ず了解を取る。まあ責任逃れだよね。
⑦とりあえず全部認める
ミスがあったら、さっさと腹ばいになって、全部正直に話す。正直にありのまま言う。
嘘ついたらアウト。
で、嘘つかないメリットは何かって言うと。ガイドラインどおりやってれば訴えられても問題にならないこと。
あと、裁判に成るかならないかってのは別に医療ミス関係無いことも多い。裁判のあの場所に医者をよんでやるっていうそのためだけにやる人が多い。
だから、患者感情を逆撫でせずに訴えられないことが大事であって、医療ミスしたしないはあまり重要ではないって論文がある。
だから、医療訴訟になっても負けることは無いんだからとりあえず嘘なんかつかない、ガイドライン通りにやってればまずまず大丈夫。
問題は、裁判に時間をとられることやストレスや体力奪われること。
ってかさ。これ言ったらアレなんだけど。医者の1日って結構な人数の命を救うわけだからさー、法廷に呼ぶっていう行為自体が殺人的だよね。そう思うんだけど。そういうの関係無いからねえ。純粋に法律で裁かれるわけだし。
あと、医療ミス関係無いって書いたけど。ぶっちゃけ医療ミスなくても有罪になるときは成る。だって、法律はゲーム化しちゃってるから。腕のいい弁護士やとわれたら終わり。そういう理不尽な運ゲー感ある。
いやだよねえ。
「うまい」言い回しじゃなくて「正しい」言い回しだよ、バカ。 あと医者じゃなくて医師な、バカ。
うまいか? 日本語を正確に使ってるだけでしょ。
まさかの2月号(いろいろな意味で)。 http://anond.hatelabo.jp/20160202122127 香りの記憶 香りとかメロディとか、言語化しにくい感覚と記憶が結びつくと、その記憶が掘り起こされたときよ...