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2018-10-11

オリヒメサ

私の地元にはオリヒメサマという風習がある。年頃の娘がその年のオリヒメサマに選ばれ、6月1日に墨染山の頂上でおでこデカデカとハンコを押す。「オリヒメサマ、この娘の体をお使いください」という目印らしいが、最近子供大人観光客にも押すようになった。

オリヒメサマに選ばれた娘は、年末までオリヒメサマとして振る舞う七夕短冊を焚き上げて願いを本物のオリヒメサマに届けたり、8月半ばのオリヒメ祭り彦星役と舞を踊って酒を飲み交わしたり、糸紡ぎの儀、機織の儀、衣染めの儀、灯籠流し、えびす講、松の文字下ろし、はては最近カラオケイベント盆踊りにまでも引っ張りだこだ。

最後仕事大晦日の飽体祭・滝流しの儀だ。

オリヒメサマにいい加減帰ってもらうために、皆してオリヒメサマの悪口を言いながら山を登る。山を登った先では仏僧とオリヒメサマが参列者の頭に御神酒を注ぐ。年暮れだから当然凍えるように寒い

かくしてオリヒメサマは天の彼方へと帰って行き、娘は解放される。

が、たまにオリヒメサマが帰らないことがある。

1月1日を過ぎてもオリヒメサマとしての言動が抜けなかったり、何やら奇妙なことを口走るようになって、その後半年で半分廃人のようになってしまうことが十数年に一度の頻度であったらしい。

昭和中頃までは「もらわれた」「よばわった」、あるいは「いらっしゃる」、「いごいた」など、我々はそのような娘を好き勝手に呼び、半分憐れみ、半分尊び、注目しながらも、目を背けつつ、みんなで世話をした。21世紀になって思うに、宗教的ものというよりは、年端も行かぬ若娘がまったくの別人格を無理やり与えられてチヤホヤされ、崇められ、その他全ての町人の上に立つという経験自体精神に良くないのかもしれない。が、私は医者でも学者でもないので詳しい事はわからない。

昭和後半になって、これらの行事はどこからともなく現れた「正式名称」で呼ばれるようになり、「正しく」紹介されるようになり、行事はやんわりと修正された。もっとソフトでポップな雰囲気が欲しかったのかもしれないし、観光資源化のために必要だったのかもしれないし、何か良くないことをしているから変えなければならないという自覚旦那衆にもあったのかもしれない。

若い衆は何も知らずに、単にイベントとしてこれら行事を楽しんでいることだろう。しかし、年寄りあのころディープ記憶を持っている。

最近はオリヒメサマ選びはただの美人コンテストなのかもしれない。ただのまちおこしなのかもしれない。

でも、あの頃の記憶は忘れられない。オリヒメサマを持っていることによる神秘的な高揚感。他町民への優越意識。そして、どこかいけないことをしているような共犯意識

今の行事には、あの頃の妖しい魅力と強力な毒はない。腑抜けた、という表現がぴったりくる。でも、きっとこれでいいんだろう。我々が皆死にゆけば、この町は普通の町になる。

 
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