母さんは死んでしまった。
病院から様態悪化の連絡があってから一緒に病院へ行ったね。死の二日前だった。
あなたは会いたいというより義務感から僕に付いてきたという感じだった。
前々から気になっていたんだ。
嫁いでもう50年だもんね。そりゃあ、実家にいたときとは違って当り前だよね。
顔を見ても誰だか分からなくなってしまった母に会ってもしょうがないから......
しょうがなくてもしょうがなくなくても、心配してしまうのが血縁というものじゃないの?
忙しくてもつい気になって会いたくなるのが身内というものじゃないの?
家に来るとあなたと母は大声でしゃべり合い、大声で笑い合ってた。
同じ町内だもの。嫁いでからもいつも実家に来て明るい性格な者同士でそりゃあにぎやかだったよね。
同居の義父母の世話は完璧だったのに。
毎日、病院へ行って本当の親子みたいに尽くしてた姿が脳裏にある。
でも、あなたは実母の世話は1年に2~3日でも多い方だった。
それも僕が頼んだ時だけ仕方なくという感じで。
実母の世話の優先順位がかなり下の方にあるのに気づいた時はショックだったのを覚えている。
何回も見損なったものだ。
そして見損なうたびにあなたとの心の距離は離れて行ってしまった。
取り返しのつかないくらいに。
でも、変わってはいけないもの、忘れてはいけないものがあると思うんだ。
でも、いい方向に変わりたいよね。
僕にとっての母は、自分の次に大切な人だった。
あなたにとっての母は、おそらく7番目か8番目に大切な人だったんだろうとは思う。
死を前にした母に対面するとき思ったんだ。
同じ温度差の人と一緒に対面しないとしらけると。
あなたは、衰弱してしまった母を見て、よそのおばさんでも見るようによそよそしかった。
そして、いよいよ危篤となったとき、あなたは電話に出なかった。
父の時もそうだったね。
そりゃあ、深夜にスマホで起こされて病院へ駆けつけるなんてしんどいさ。
そして電話があったら飛び起きて駆けつけない?
僕は、深夜、ひとりで母親の死と対面した。
父の時もそうだった。
(どうしてひとりかって?)
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姉は僕がゲイなのを知っている。
(親にもカミングアウトしたけど、なんかイマイチ理解できなくて困惑した。大正生まれだもんな。でも姉の世代なら理解できていると思ってたけど違った。
今後、あなたが結婚するかもしれないからとか訳のわからないことを言っていたね)
そして僕が母を一番大切な人だと思っているのも知っていると思う。
長女が死に、長男が死に、末っ子次男として生まれ、田舎の農家の跡取りとして大事に育てられたのにゲイで結婚できないという悪夢のような現実。
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葬式の時、あなたは悲劇を一手に背負いながらも気丈に振る舞うという女優を演じきった。
仏壇のお花も四十九日の法要もご香典も誰かが見てる前では完璧に良い娘を演じきった。
でも、本当に大事なことはそういうことかしら?
本当に大切なことっていうのは、生きているうちにしないと意味がないのよ。
生きているうちにいっぱい会って、いっぱい話して(ボケててもいいから)、いっぱい介助しないと意味がないのよ。
死んでしまってからいくらお花を飾っても、いくら拝んでも、いくらお金を積んでもなんにもならないのよ。
でも、あなたはそのことを後悔しないのよね、たぶん。
忘れてはならない大切なものとして兄弟ふたりで共有していると勝手に思っていた。
でも違った。
そのことが残念でならない。
もらった愛情の半分も返せなかったけどね。
それが心残り。
ジ・エンド。